闇に潜む鳥たち 3
「磐王と息子はなんの話をしている?夜鷹」
磐王の宮を望む菟田の野に数本の大樫の木の繁み。その木の緑豊かな枝の先が風にそよいだ。
鳥が休んでいるかと見えたが、そこに潜むのはふたりの男のようだ。
「双子のことを聞いている。それと、皇后が三輪山の神の娘というのは本当かと」
夜鷹と呼ばれた男はどうやら目が利くらしい。遠く離れた宮の窓にいる磐王と多芸志の唇の動きを読んでもうひとりに伝えた。
「皇后が、立太子を望んだらしい。双子を手元におきたいと望んでいるとも」
「やはり、な。まだその時期ではないと諫めたのに、どうも女というのは浅い」
傍らの男は苦々しくつぶやく。「で、息子は?」
「百舌、お前の出番は案外早いかもしれないぞ」夜鷹は面白そうに笑った。
「御馳走を手に入れるには鈴を手に入れること。だと」
「まずいな。いま、息子が動き出すと」
「そうか?俺は退屈だね。子どもと老人の見張りばっかりでは」
「肝は草の心を読むことだと大老様がいつも言っているだろう。まだその時は熟していない」
百舌は最後に諭すように夜鷹に言った。
「双子はどうする?」夜鷹が百舌に聞くと
「竜だからな。われら鳥たちに手に負えるかどうか。しかしなかに引き入れればこの上なく頼もしい仲間となろう。大烏方も同じ考えだろう」
男たちは自分たちを鳥たちと称した。そういえば夜鷹も百舌鳥も鳥だ。大烏も。
そう言えば、磐王様がヤマト帝国を建国するときに助けられたという伝説の黒男は烏を思わせる。なにか関係があるのか。
草とは誰のことなのだろう。
「珠水彦、ここにいたのか!」背後から双子の兄、巴矢彦の声がして我にかえった。
宰相の家の庭、白い小さな花が無数に咲いている。
漂う香りに蝶も無数に集まり、ひらひらと舞うように飛び交っう中心に、少年は立っていた。
「秦の者が持ってきた茉莉花という花だそうだよ。香りに誘われて蝶が、こんなに」珠水彦と呼ばれた少年はにこやかに答えた。
「宰相の息子はひとり、もうひとりは娘だ、と陰で言われているぞ。すこしは武芸を訓練しろよ。建国したてのこの国ではいつ謀反が起こるかわからない。常に鍛錬しておけと、父上がいつも言っているだろ」巴矢彦は大きな声で言いながら、双子の弟の肩を抱いた。
「それで?また何か聞いたのか?」
珠水彦は静かに微笑みながら「そうだね。苦手とは言え稽古もしないのでは言い訳もたたないな。昼から相手をするよ」と笑いながら、袖で口を隠した。
「蝶がね。うるさいんだ。菟田野に何か探っている者がいるらしい」
「弓や太刀の豪の者はあまたにいるが、おまえの才は稀有なものだ。父上にだけでも打ち明けたらどうだ?」
ささやく巴矢彦の耳に珠水彦は口を寄せて
「その者は唇の動きを読むらしい。気をつけよう」とささやいた。
「鳥の名を持つ者たちのこと、聞いたことがあるか?」