闇に潜む鳥たち 2
「父上、、いや磐王様、どうかされましたか」
窓の外を眺めたまま物思いにふける父王を、多芸志は心配になった。
父、磐王の性質はよくわかっていた。
この人は王の器ではない、小心で善良なのだ。
まつり上げられた王の座で、使いこなせない権力を息子のために使ってやれず、心を傷めている。
故郷に妻を残し、息子を連れて長い戦いの旅にでた。
帝国は建国したものの、内政は征服した他国の家臣たちが主力だ。彼らが薦めるままに土地の権力者の娘を皇后として娶った。
「いや、多芸志、五十鈴姫、皇后を」
「皇后さま、を?なんでしょうか」
「皇后のことをどう思う?」
「お美しく聡明であられると思います」
父の質問の意味を測りかねて、つい慎重になる。
「あの姫が三輪山の神の娘というのは本当だろうか」
「まさか、、、人間であればこそ、王との間に三人もの皇子をお産みになられたのです。三輪山の神の娘というのは、あの方の美しさへのたとえ話が大きくなったものでしょう」
三人も皇子をつくっておいて、いまさら何を言い出すのか。
「あの姫を皇后にと強く勧めたのは志麻児だ。五十鈴姫を皇后として迎えれば他の豪族たちは従わざる負えない。それほどあの姫には大きな後ろ盾があると」
「それが、三輪山の神だと?」
多芸志は磐王と皇后の婚姻の経緯をうすうす知っていた。
征服者がその地を治めていた王の親族と婚姻関係を結ぶのは当然のことだ。そうやって民や豪族たちを納得させて治めるのだ。
三輪山の神の子という触れ込みだが、実際は速玉王の血筋の姫だろう。
「三輪山におられるお方と、志麻児は言っていたが、あの山は神の山として誰も入らぬ。つまり三輪山におられる神ということではないのか」
「三輪山におられる方、、、ですか。なるほど。たしかにそれは神しか考えられませんね、、、。それで、皇后さまがどうかされたのですか?」
多芸志は磐王には言いたいことがあるのだと感じた。それも自分には言いにくいことだ。そのために回りくどい言い方をする。
この人のいつもの癖だ。もしかしたら、、、。
「皇后は、皇太子をたてて志麻児の息子たちを宮中に入れて仕えさせてはどうかというのだ」
磐王は言い放って目を閉じた。
多芸志の予感は当たっていた。立太子か。
わかっていたことだが、実際に父の口から聞かされると悔しさが込み上げた。
思えば、日向の国を出たのは十五になったばかりだ。
父に従って初めての遠征。
行く先々で血を流し、人を殺し、そして自らも死を目の前にしたことが幾度あったことか。
ヤマト帝国を建国するまでの苦労を一番知っているのは、自分だと思っている。
宰相とは言え、敵国の皇太子だった志麻児を心底信用しているはずがない。
父がこの帝国のなかで唯一心を許せる腹心は、このわたしなのだ。だが、跡を継ぐのは敵国の姫が産んだ息子だ。
もし、王が死んでその息子が王になったら。
そこまで考えた時、父王が案じることを悟って胸が熱くなった。父が本当に心配しているのは、わたしの身の安全なのか。
「多芸志よ、この国を手に入れるには五十鈴姫だ」
多芸志がはっとして目を上げた。磐王は目も口も固く閉じたまま動かない。今の言葉は磐王が言ったのか。それとも心の声なのか。もしくは、風に乗った魔物の声か。
声は多芸志の心に種となって落ちた。
日々の仕事が忙しく積み重なっていき、種はいつしか奥深くに埋もれていった。