闇に潜む鳥たち 1
「宰相の双子たちは優秀らしいな」
傍に控えている息子の多芸志は「はい」と、磐王に答えた。
「それよりも、第三皇子のご誕生、おめでとうございます。さきに生まれた皇子様たちも病ひとつなくお丈夫で。これも磐王様のご人徳の賜物かと」
磐王は日向から自分に従ってともに戦ってきた、この息子を不憫な目で眺めた。
本当なら長子であるこの息子が、皇太子になるはずだ。だが、今は家臣の身に甘んじている。
ヤマト帝国の重臣たちが定めた法では皇太子は皇后から生まれた男子、と決まっている。
そして皇后は定められた血筋の姫、それが彼らの条件のひとつ。
溜息をついて、窓の外を眺めた。
雲一つない空に、大和の山々がなだらかな線を描いている。
春先の恋を求める鳥たちのさえずりが、そこここで聞こえる。
穏やかな、こころ静かな風景だ。
十数年前まで血みどろの戦いがあったことを、忘れ去ってしまったかのように、青く静かに済んでいる。
いや、人間たちの争いなど山にとってはとるに足らないことなのだ。
ヤマト帝国を平定する戦いで、我らの犠牲は大きかった。
この地を治めて一歩も引かない長曾根はまるで鬼人のように強かった。知り尽くした地の利を味方に、神出鬼没の攻撃で我らを殺戮しまくった。
血の海のなか、味方の屍を踏んで我らは逃げた。
長曾根にはあの素戔嗚の末裔、速玉彦もついていた。
彼らはかたい友情で結ばれていた。長曾根の妹は速玉彦の妻だ。軍神と鬼人が義兄弟となり、手を結んで我らの東への道を阻んだ。
本当ならこの帝国の王となるはずの兄が倒れたとき、わたしの心は撤退の一歩手前まで追い詰められていた。
だがあの夜、ひとりの男が闇に紛れてわたしの陣営にやってきた。黒ずくめで、顔も黒く墨で塗られていた。眼の光だけが異様に強く、獣のように光る不気味なやつだった。
言うようにすれば、必ず勝てる、と、黒い男は言った。
もう、陣営にはわずかな手勢しか残っていなかった。
相手の懐の地のなかで四方を敵に囲まれ、進むも退くも出来ずにいたわたしは、その男に賭けるほか道がなかった。
そして、導かれるままひたすら南へと向かった。
それからは不思議なくらい全戦全勝だった。道々で援軍が増えた。会ったこともないその地の長たちが加勢を申し出た。
長曾根の軍は戦うことを避けるように逃げた。
あの鬼人と軍神が、こちらが進むと退いていく。
どこか、狐につままれているような気分で兵を進め続けて、 大和高原の長曾根の陣営まで迫った時、和睦の大使として志麻児がやって来たのだ。