竜が転生した双子貴公子 4
放たれた矢が美しい放物線を描いて繁みに吸い込まれていった。周囲に潜んでいたのだろう野鳥たちが一斉に飛び立った。
「お見事でございます!」
従者は一目散に繁みに飛び込み、先ほどの矢で喉元を撃ち抜かれた大鹿を引きずり出した。急所を貫かれた鹿はすでに絶命していた。
「今日は邸のみなにも鹿をふるまってやろう。お前、一足先に獲物を運んでおいてくれ」
「本当でございますか!みな大喜びでしょう!ありがとうございます。巴矢彦様!では、わたしはお先に、、、」
従者は喜んで大鹿を馬に乗せ、邸のほうに戻っていった。
後には矢を射た少年ともうひとりが残った。
「今日もお前に先を越されたな!巴矢彦。わたしは狩りでお前よりさきに獲物を得たことがない」
「見つけたのはお前が先だ、珠水彦。鹿の潜む場所を教えたじゃないか。また俺に先を譲ったんだろ」
ふたりの少年はそっくりな姿をしている。馬に乗り、片袖を脱いでいなければ女児とも見間違うほどのおそろしく美形の男子たちだ。
このあたりは宰相、志麻児の領地。身なりから見てこのふたりは宰相の息子たちだろう。竜の化身との噂の。
鹿を射たほうが兄の方の巴矢彦。武芸に秀で、弓、太刀、長槍となんでも使いこなす。性分は豪胆で統率力に富むと、名高い。
栴檀は双葉より芳しというが、童のうちから竜の気品がある。
そして、後ろにいるのが弟の珠水彦。陽気な兄と比べて大人しく、兄の影のように目立たない少年。と報告がある。
ふむ、陰陽の理にもかなっている。光の後ろには必ず影が出来るもの。
と!
木影からふたりの少年をうかがっていた男は急に眼を伏せた。
馬の上で兄と話していた弟の方がふいに男の潜んでいる木陰を振り返ったからだ。
まるで男の視線を感じたかのように。
気づかれたか?まさか。野生の獣にも悟られない俺の気配を?
男が目をあげたとき、双子の姿はもうそこにはなかった。
弟の方も侮れぬ。もうすこし調べることにしよう。
竜の星はふたつこの地に墜ちたのだ。あの子も竜だ。間違いなく。
男はそのまま音もなく繁みの奥へと消えた。