神代/救・@主
東京は今、黒い煙に包まれている。もう目を開けられない、その正体は全て蠅だ。『白』に襲われた東京は完全に蠅に支配されている。こうなってしまったのも、全てあの『白』のせいだ。あいつが現れた場所は例外なく人は皆殺しにされた。『白』は躊躇無く人間のみを選ぶように殺して行く。生存者は存在しない。どこに隠れてもまるで見透かすように容赦なく命だけを刈り取っていく・・・。ただ、一つだけ違うのは前は人も建物も全てを破壊してきたのに、何故か今回だけは狙ったかのように人間だけを殺していった。おかげで蠅の大群にペット達は野生化し、上空には空を覆うほどの鳥の群れで溢れている。どこに居ても人の腐っていく臭いが漂い、そして同じようにそれを感じる人達もまた『白』によって殺され、その遺体は腐っていく・・・。
私が『救世主』となった最初の行動は『白』という存在を見極める事だった。彼が一体何者なのか?どうして人を滅ぼそうとしているのか?彼の行動から出来るだけの情報を得ようとした。感情任せに『白』を殺そうとしなかったのは他ならぬ、この力のおかげだった。私の力の根源は『白』に殺された人の悲しみや憎しみ、無念、そして生きていた頃の記憶や、生きがい、そう言った人が生み出すエネルギーが何らかの形で死にかけの私に託した力なのだ。だから私は私であっても私一人ではない。大勢の命のかけらの集合体、それが『救世主』という私なのだ。
でも『白』の行動は見れば見る程、理解に苦しむものだった。
殺しを楽しむどころか、出来るならしたくなさそうな顔で淡々と人を殺すのだ。でもそれはけして哀れや同情の類じゃない。虫けらを見るような目で、面倒くさそうに殺している。母親が泣き叫び命乞いを必死にしているのに、あいつはまるで何も聞いてなんかいなかった、いや、何も考えてさえいないのかもしれない。
・・・『白』あんたは一体何様なの?
なんで何の罪もない人間をそうまでして殺せるの?
なんであんたにそんな権限があるの?
激しい憎悪が爆発しそうになるも、それを宥めるように力が制御されていく・・・。
そして皮肉にも『白』が誰かを殺すたびに、その命のかけらは私の元に集まり糧になっていく。そう、私は『白』のように無秩序に力を解放できない。これを託した皆はもう死んでいるのだ、だから使い方は慎重でなければならなかった。
これは・・・『白』を滅ぼす力なのだ!
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それは明らかに人では無かった。人ではないが人の形をしていた。誰に似てるなど無論である。だが俺はそれが同胞だと言う認識にはならなかった。何故なら、俺の中で誰かが「あれは危険な存在だ」と言う危険信号を鳴らし続けているからだ。それは、何となくあの時夢に見た大きな光、神のようにも思えた。
女の形をしたソレは俺を睨みながら徐々に力を解放させているようにも見える。女の周りに集まる空気の層がより一層濃くなっていくのが分かった。まるで何かしらの自然現象を操っているようだった。その辺りでも俺の使う『糸』とはその性質が大きく違った。
だが・・・・・・・。
俺は地上に降り、女と対峙する事にした。
もし、疑問が的中するならこの時点で色々と聞き出した方が良いだろうと思ったからだ。
「『白』!!!私はあんたを絶対に許さない!!!」
こっちが何か言う前に女の方から挨拶してきた。女が手をかざした瞬間、大地が焦げる音と共に大きな雷龍が俺を瞬間的に捉えていた。避ける間もなく俺はそれを受け、女が米粒になるぐらいまでに吹っ飛ばされた。・・・なかなかの挨拶をしてくれる。俺はむくっと立ち上がり、再び女の元へと近づいていく。
「・・・女、お前は何者だ?」
女は俺の事を『白』と言った。それは人間どもが俺に付けた名称である。と、言う事はこの女は人類の味方か正義の味方なのかもしれない。
「・・・私は『救世主』お前に殺された後、皆のおかげで存在している」
「ほぅ・・・」
俺に殺された奴の中である種の奇跡が起き、俺を殺せるレベルまでの力を得た存在という訳か。
「私は・・・皆普通に生きていた、私もそうだった、なのにあんたは何の意味も無く馬鹿みたいにみんな殺していった・・・ねぇ『白』?あんたは一体何なの?なんで人間を滅ぼそうとするのよ?」
本来なら、人間風情がそんな言葉を言う前に殺していたから誰かに対してそのごく真っ当な疑問に答えた事などは無い。だが、この女が人間代表というのならその栄誉を称えて答えてやっても良いか。
「俺は、神代・・・神に代わってこの世を治癒すものだ」
「なお・・す?」
「何もおかしい事は無いだろう?神が与えし命は、その都度自らを驕り、星を破壊し続ている」
「だから人間は一旦皆殺しにして、再び、いや今度こそは神の望み通りの生命を誕生させるのさ」
「・・・ふざけないでよ!!!人間はそんな事の為に死ねって言うの!?」
「そんな事?」
この馬鹿女、よりによって神の使命をそんな事だと?
「そんな簡単に、失敗したからまた一からやり直しだなんて!そんなの子供じゃない!!何が神よ!!誰にだってね、命を弄ぶ権利なんかないのよ!親が子供を産んだから子は親の所有物じゃないでしょ?神が人間を作ったとしても人間は神の玩具なんかじゃない!!」
・・・もう、いい。
もういい、茶番はもういい。
「神代!!今なら私はあんたを殺せる!!あんたを殺して、世界を救ってみせる!!『救世主』である私が皆の無念を晴らさせてやる!!!」
女は手を天にかざして最大限の力を集め始めていた。
そんな緊迫した状況の中、俺は必死に冷静を保とうとしていた。だが、内面は心穏やかでは無い。必死に、自分の中にある感情を押し殺していた。だが、女が何か言う度にそれが口元から綻びそうになる。
俺は確実に混乱していた。
そう、あの時の俺はどうかしていたんだ・・・。
女の上空に巨大な雲の渦巻きが形成されている。雷鳴がバリバリとけたたましい音を立ててその中を暴れまわっていた。そこから巨大な稲妻が放たれればさすがに無事では済まないだろう。
「・・・神代・・・罪を償・・・・・・・」
次の瞬間、女の体は真っ二つになっていた。一体誰がこんな真似をしたのだろうか、気づけば女は真っ二つ・・・まっぷたつ・・・・・まっぷ・・・・
俺はとうとう、いよいよ我慢が出来なくなる、もう限界だった。
「ぷっ・・・ぷふふふふふ、ぷーっ!!!」
笑うべきじゃない、そんな事は分かっていた。
だけど、ダメだ・・・腹が捩れて息なんかしてないはずだと言うのに肺が苦しくて死にそうになっていた。
「ひひひいひっーひっひっひー!!!あははははははは!!!あっはっはっはっは!!!」
女は何が起こったか分からないと言った目で俺を見ていた。実際にまだ自分の身に何が起こったのかすら分からないでいるに違いなかった。それがより一層俺の笑いのツボを刺激してやまない。こんな体になって初めて誰かに助けを求めたい気分にさえなっていた。
俺がおかしかったのは他でもない。
女が弱すぎたのだ。確かに人間ならば女は人類最強なのだろう、だが俺からみればゴミに毛が生えた程度に過ぎなかった。それなのに、女の台詞は何から何まで偉ぶり、挙句の果てには説教までしてくる始末。まるで俺の足元にも満たない小さいねずみが自分の事を棚に上げてチューチュー喚いているとでも言えば、俺の気持ちだって理解できるだろう。まぁどのみち、こうなる運命であった事には変わりなかったが・・・。
「いやー悪い悪い、君があまりにも俺を殺す事前提で色々言ってくるもので、ついに堪えきれなくなった」
俺は非礼を詫びた。
でも、どこかで「お前も悪いんだぞ」という気持ちは拭えなかった。
女は何かを悟ったのか、顔を真っ赤にして涙を流している。
まぁそりゃ恥ずかしいだろうさ、救世主?人類代表?俺を滅ぼす?
終いには神にさえも仇をなそうとしていたのだから。
「うぅ・・・ううううぅ・・・」
女は悔しそうにその上半身のみになった両手で地面を叩き続けていた。
さすがに哀れだ。
「おい、もう殺した方がいいか?」
そう言った瞬間だった。
女はキッっと俺を睨んだ後、俺に当てるはずだったあの巨大な稲妻を自分の死にかけに放った。耳をつんざくような轟音と共に、女の体は粉々に、跡形もなく消し炭になった。余程の屈辱だったのだろう、自分という存在そのものを自分自身で消滅させたのだから。
死体に蹴りを入れるつもりは無いが、あれが人類の救世主というなら最早これ以上何か起きる事も無いだろう。考えて見れば神の力を無限に操る俺と、俺が殺したささやかな人間の残滓で作られた存在が同等なはずがないのに・・・。
全く、最後に人間の滑稽さを見れて良かった気さえした。
「さて」
気を取り直して・・・再開するとするか。
俺は再び空へと飛んだ。