東京/救世主
あの日、偶然にもマスコミのヘリが上空に浮かぶ謎の物体を映像に収めていた。それは、人の形をした人形のようなものにも見えた、白い狩衣を身に着けた長髪の男のようにも見えた。カメラがそれに気づき、ズームをしようとした瞬間に映像が乱れ途絶える。その数時間後にヘリが謎の爆発によって墜落したと言うニュースが流れた。その出来事は日本中、いや世界中をも震撼させた。今やその謎の男こそが一連の大災害の元凶であり、全人類への恐怖の対象だと誰もが確信したからだ。
ニュースでは専らその人物を『謎の人物X』と謳った。ネットでは白い悪魔、またはもっと単純に『白』と言う名で広まった。それからは、どうするべきか、などを只管に議論するのが人々の日常にまで化していた。何とかして話し合いの場を設けるべきだと言うもの、全人類の叡智を終結させ白と対抗しようと言うもの、今からでも地下に避難場所を作り、白の脅威から身を守ろうとするもの、そして白が何故人類を執拗に殲滅させているか?など、対策や原因、その動機など、今やどのメディアやSNSもその話題が尽きる事は無かった。
一部のネットでの掲示板では白が次は何処を狙うかなどを自虐するように賭けるような発言も見られ、また国連の会議では、各首脳が日本の今後の対応などについて話し合っている様子も映し出された。さすがに自分の命は欲しいのだろう、誰も自ら日本へ足を運ぶものなどはいなかった。
同盟国であるアメリカや韓国も海上での封鎖止まりで、積極的に白に対しての介入はしてこない。意外だったのは中国が日本に積極的に応援を支援する意思があるというニュースがあり、実際に九州へ支援を行ったのは中国人民解放軍と自衛隊の混成チームだったと言われている。あの時、白を撃ち落としたのは中国の駆逐艦だったという事だ。
だけどあの時、白は死んでなどなかった。
それどころかより強力になってまた各地を滅ぼそうとしている。
私は、皆は、日本は・・・世界は・・・
何も出来なかった。
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それからわずか数週間。
宮城県が滅ぼされ、
白が北海道に手をかけようとした時、
悲劇は起こった。
およそ12に及ぶ核弾頭ミサイルが北海道へ向けて発射されたのだ。白を欺く為に、北海道の人達にはおろか、私たちさえも、誰もそれを知らされていなかった。最後にそれを承認したのは日本だが、その首を強引に縦に動かしたのはアメリカだった。いや、アメリカに並び、EU諸国やカナダ、オーストラリア、今まで仲良く手を握り合ったような連中が『北海道を破滅させる』というボタンを押させたのだ。
北海道に全てのミサイルが着弾した時、国連の会議は拍手に包まれた。これで白は確実に死んだ。世界はごく僅かな犠牲で救われたのだと・・・。
私は吐き気がして、その場で嘔吐した。
白のせいで全てが狂ってしまった。
北海道にいた500万以上の人間を僅かだと言い切る人類に
それを本気で正しいと思い込んでいる人類に
大した犠牲も出さずに笑顔で拍手する人種に
私はその吐しゃ物をぶちまけたいと心から思った。
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私は夢を見ていた。
夢?いや、これは本当にあった記憶だ。
それはある人との言い争いだった。
黒髪多恵、彼女は私と同じ高校の二年生だ。お世辞にも周りと上手くいっているとは言えず、いつも一人で居る事が多い子だった。特に目立つ訳じゃ無く、話しかけても反応も薄いので気づけばその存在すら気にかけなくなっていた。
そんな子が嫌でも目に付いたのはあの出来事が起こってからだ。
『白』と呼ばれる存在が、初めて鹿児島を滅ぼしたあの日が日本中へ広まった時から、彼女は長い事空に祈りを捧げるようになったのだ。その時は、きっと神にでも祈っているのだろうと思った。あんな惨劇の後だ、誰かが神に祈ったとしてもけしておかしくはない。私は彼女にそんな心があったなど思いもしなかったので意外と思う反面、そんな彼女の行為に心が少し救われたような気がしたのだ。
だから、また彼女に話しかけようと思った。祈りが届くといいね、そんな風な言葉をかけたくなったのだ。そして私は彼女へゆっくり近づく。近づくにつれ、何か小さく呟いているが背中越しからも聞こえてきた。その声は何処か怯えるように、何かに訴えるように声を震わせ、呟いていた。
「・・・・さま・・・・どうか・・・・世界を・・・こんな世界を・・・」
その声があまりにも必死めいていたので思わず声をかけるタイミングを見失ってしまった。しかし、自分の足取りは確実に彼女へと近づいていく。そして、ついに彼女の祈り声が、明確に聞こえてきた。
「ああ、白様、お願いします、どうかどうかこんなクソみたいな世界を早く滅ぼしてください、早く私を殺してください、そして、私を虐めた連中も、それを知って平気で何もしない連中も全部全部殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください殺してください」
・・・・・・・私は思わず背筋が凍る。それは祈りでは無く、恐ろしいまでの呪詛だった。白が現れてから今日に至るまで、この子は、ずっとその呪いの声をあのおぞましき存在に送っていたのだ。
私は思わず彼女の肩を掴み、その行為を強引に中断させた。
「黒髪さん!なに馬鹿な事言ってるのよ!!」
私は思わずそんな事を口にした。
なんで彼女がそんな事をするのかというよりは、それが本当になる事が心底怖かったのかもしれない。彼女は何時ものように反応が返ってこないようにも思えた。その髪はロクに手入れもせずにボサボサで、前髪で度が強そうな眼鏡を全部覆い隠している。だからその目が何処に向けられているのかなど、私には見えなかった。
「・・・ばか?何が馬鹿なの?」
だから彼女があんな言葉を発した時、私は目を見開き驚いた。
「アンタみたいに、何の苦痛も受けないでのうのうと生きてる人間に、私の何が分かるっての?何も分からない馬鹿に、なんで私が馬鹿って言われなきゃいけないの?」
「く、黒髪さん・・・」
「こんな世界、早く滅べば良いのよ!!私も死ぬけど、皆も死ぬ!!私は皆を殺したかった!!みんな死ねばいいって思ってた!!白様はそれをしてくれる、白様こそ私の救世主、白様、早く、早くみんな殺してください!!!」
私は突然怖くなってその場から逃げ出した。
彼女から気味悪く聞こえてくる笑い声、思わず耳を塞いだ。
何でこうなったんだろう?
何がいけなかったんだろう?
彼女の言う通りだ。
私には何もわからなかった。
そして、夢は終わった。
逃れられない強烈な痛みが全身に襲う、それで今が現実だと理解する。
私の周りの地面は濡れ、体は全身が泥まみれになっていた。
まだ小雨の雨が降り続いている・・・。
白が来たのだ。
白がこの街に来て、皆を殺しにきた。
そして、私も白に殺された。
いや、生きている・・・生きたまま横たわっている。
なんでこれが現実なのだろう?
私はもう起きれない自分の体を感じ、そして泣いた。
もうそれを自分で確認する気にもなれなかった。
たぶん、私は、お腹から下がもう無くなっていた。
内臓が、空いた空洞から潰れて出ている気がした。
そこに目線を向ける事も出来ない。もう、何も出来ないのだ。
私に出来ることは、泣く事だけだった。
私が何をしたの?
皆が何かしたの?
なんで殺すの?
なんでなんでなんでなんでなんで?
死にたくないよぅ
私は泣きながら叫んだ。
もうあとわずかで死ぬと言うのに、何故こんなに声が出るのか不思議だった。
でも、もうすぐ死ぬ。私は死ぬ。みんな死ぬ。もう何もかも終わり。死。
その時だった。
先に死んだ人から、ゆっくりと黄金の『糸』がこちらに向かってくるのが見えた。
他の人からもその糸は現れ、そしてゆっくりと私に近づいてくる。
やがて、その糸は無数になって私の体を覆う。沢山の人間の意識が私の中に入ってくる。それは皆の生きたいという強い気持ちだった。生きたいと願った強い気持ちが、今、糸となって私を包み込んでくれる。
私は・・・全てを統合した。
人類の奇跡を受けて、私は生まれ変わったのだ。
私の名は『救世主』
私は『白』に立ち向かえる唯一の存在。
私は人類の希望、私は人類の希望、私は・・・人類の希望!!!
意識がはっきりした時、私の全身に大きな力が宿った。
私は『白』を止める。
それが私の使命だ。