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体育祭を、ぶっ壊す。2

「三十木。お前を吹き飛ばしたいのはやまやまだが、先にぶっ飛ばす相手ができた」


 開幕部室に入ってきて怒号を覚悟した三十木にかけられたのは、こんな言葉であった。


「え、誰っすかそれ」


 驚きと共に、三十木は京香先輩に尋ねた。許されたのではないだろうが、何かがあったらしいことだけは、彼も察しがついていた。部室内の空気が異様に張り詰めていたからである。いつものぐでんとした感じの、延びきったそうめんのような雰囲気ではない。


 和やかな反応で癒やしを提供していたイムちゃんや、子鉄くんまでもが、眉軒志和高校生らしい精悍な顔つきで部室中心の「島」を囲んでいた。


「あの、葛杉誠だ」


「あの葛杉誠っすか、本当に、あの」


 三十木は自己否定をこじらせていたがゆえに、葛杉自体に対するひがみや劣等感を周囲の面々以上に感じていた。そう、彼は自己評価が異様に低い男である。


「あのリア充、爆発させましょうよ」


 興奮気味に三十木が言うと、極めて平静に京香先輩が返す。


「既に、爆破したぞ」


「えっ」


「足下を火薬で爆破しましたね、確かに」


「本当に面白かったんだよ、でへへ、その後はめっちゃ怖かったけどお、ふへ」


 次々に飛び出す信じられない証言に、三十木は顔を拭った。


「本当です、それ」


 立ちこめる硝煙の匂いが、それを本当らしく物語っている。


「まあ、本当ならお前がその被害者になる予定だったのだが、命拾いしたな」


 傲慢不遜、短気で変態でしつこくて、これでもかと言うばかりに性格の終わっていると噂の、あの葛杉誠を怒らせて撤退させるなんて。どんな火力で彼を威嚇したらそうなるのだろうか。


「一体、何やらかしたんすか、俺のいないところで」


「まあ、ちょっとねえ」


 私は簡潔に状況を説明する。三十木が逃げた合宿の日、サッカー部の下っ端が長岡さんに対して変な絡み方をした。それを注意したところ、どうも部長の葛杉に変な形で伝わったらしい。

 そして、逆恨みしたあげく、この部室を勝手に改装すると言い出したのを、たたき出したのである。


「ああ、そういうことですか」


「三十木くんもいればよかったのにねえ、でへへ」


 そうなると、三十木に復習を宣言し、「喰らえ」などと言ったタイミングで、葛杉の靴が爆破されるという非常にカオスな状況になっているに違いない。

 つくづくいなくてよかったと思うのであった。


「とはいえ、目をつけられたのは確かだ。今後は慎重にいかねばならんな、ああ、もどかしい」


 攻めた活動ができなくなったと京香先輩は嘆く。


「お、そうすか。それなら俺たちとしてもありがたいんすけど」


 場にいるほぼ全員が、頷くことで同意した。


「ぐぬう」


 京香先輩は唸ると、駄々っ子のようにわめき始める。


「嫌だろう、そんな退屈なのは。もっと刺激のあることをしなければ、刺激がないと死んでしまうのだよ、私は」


 幽霊騒動で一番辛い思いをしたであろう長岡さんはうんざりしたような目つきをしている。


「勝手にご逝去なされてはいかがですか、どうぞご自由に」


「そんな冷たいこというか、この薄情者めらが」


「勝手に言ってくださいよ」


「ひとでなしー」


 先輩が某国民的名作漫画のロボットよろしく、ややかすれた声を上げると、部室内は笑いに包まれた。


 だが、どうしようか。

 このままではうちの部室がこざっぱりしたトレーニングルームへと変貌してしまう。


 最新のラットマシンとベンチがあるのは確かに肉体派の人間たちからすれば魅力的なのかもしれないが、そんな血と肉と汗にまみれたむさくるしい空間で生活するのは、私には難しかった。それはどうやら蠱毒の面々も同じようで、なにやら顎に手を当て、考える素振りを見せている。


 むろん施工計画を細かく策定するのには時間がかかる。それまでにサッカー部に何かしらの制裁を仕掛け、やめさせればいいのだ。しかし、そんな案があるのだろうか。

 事態は私が考えているよりもずっと深刻なようだ。安全部・存続の危機である。


「みたところ、どうも案がなさそうなんで、俺からいいすか」


 三十木がきょろきょろと見回しながら、手を挙げた。


「や、なんか自信ないからあれっすけど、「体育祭」で、部活対抗戦があるじゃないですか」


 ああ、と思い出したように面々は顔を上げた。

 この学校の体育祭は特殊なルールで、通常の色別の対抗戦とは別に、部活動にもポイントが入り、表彰される仕組みになっていた。そしてその頂点に立った部活には賞品として部費が学校の運営費から補助される。その額はなんと、15万円。一部活に与える「おこづかい」の価格としては、破格のものであった。

 それに、高校生にとって15万という金は、大金として映る。


 蠱毒の面々が一瞬目を輝かせるのに十分であった。


「ただ、私たちの実力じゃあなあ」


 そう、この蠱毒もとい安全部に集った人間は、それなりにここに至った理由がある。そして一定数共通しているのは、運動が明らかにできなさそうであるということ。これでも体育の授業を履修しているから一般の大人に比べれば体力が有り余る方ではあるけれど、同世代の運動ガチ集団との対戦には、明らかに力不足だった。


 しかも相手は地方大会にも進出している、強豪である。


「いや、賞金を狙うのもいいんすけど、うちらの目標はちがくて」


「じゃあ、なんだっていうんです」


 長岡さんが噛みつく。


「サッカー部の連続優勝を、阻止するんすよ、うちらしい方法で」


 うちらしい方法という言葉に、聞いていた京香先輩がへそを曲げる。


「それは、私の立てたこの安全部が卑怯・反則・姑息なやり方しかしないと言いたいのか」


「いや、そうではなく」


 蠱毒の面々が疑問符を浮かべる中、三十木は京香先輩に両手を広げて訴えた。


「もっと、刺激のあることをしましょうよ」


 「体育祭」。それは、厳しい鍛錬に耐え、日頃の部活動という素晴らしい青春を謳歌している運動熱心な高校生が、その鋼の美しさにまで鍛え上げた肉体の真価を発揮する企画。青春とはほど遠い自堕落な生活を送っている蠱毒の面々にとっては、単なる劣等性のプロモーションビデオ撮影会、または公開処刑の日と化すこの日は苦痛でしかない。

 

 それをどう刺激的に、魅力的な祭典へと変貌させようというのだろうか。


「俺には、いい方法があるんすよ」


 不敵に笑う三十木。学習机を向かい合わせた「島」に集った面々は、三十木の側に固まって、耳を傾けた。

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