学校の怪談・改 2
現時点では初稿を公開しています。投稿してからも編集するので一時的に中途で終わった状態になることがありますが、ご了承ください。
「集まりませんね」
アンケートの回答は、全くなかった。先輩が私にだる絡みし、緊急で「幹部会」なるものを開いた今日、私は友達と駅前で買い物だったはずの予定をキャンセルしてまでこの教室に来ている。
「日程調整の連絡は、まだなのか、こいつら。特に潜入の鍵になるはずの非モテ三人衆のやつらも返信はしないし、あいつら私が500円分くれてやったことを忘れたのか、まったく。時給分は働いてくれよ」
いらついた様子で、京香先輩は画面を連打する。
あれだけ堂々と行くらしき空気を醸し出しておいて、集団の中で調子に乗ったなどと後で冷静になって判断して、逃避行動を選択しているのだろうことは想像がつく。
「京香先輩、私たち、蠱毒を作ったんですよね」
「ああ、そうだ、そうだが」
「なんか、試されてるの私たちな気がするんですけど」
「……そうかもなあ。ああ、無性に腹が立ってきたぞ、全くこの怒りをどこにぶつければいい、今度も学園中の調味料をナンプラーにしてやろうか」
やってきたのは、大久保 美津也。外見は大きな目の下のホクロが特徴の、縄文顔の教師である。彼が嫌いな女子生徒からは「ガマガエル」とも聞く。
「なんかナンプラーとか宣戦布告のような単語が聞こえた気がするが、それはいいとしよう。あの後、出欠はどうなんだ」
「まだですね」
「まだなのか、本当に集まるんだろうな」
表向きは、学校内の清掃だった。ゆえにこの顧問代理も清掃をするということで話を通してある。もちろん、合宿所への宿泊理由は「ボランティアに必要なスキルの練習と共有」というもっともらしい理由である。
「ゴールデンウィーク中にお前たちが手伝ってくれるということで、用務員さんは喜んでたぞ」
「だそうですね」
そっけなく、京香先輩は返した。普段なら先生相手でも早口を崩さない彼女が、無口になっている。
「しかし、よくこんな世間では楽しいことがあるときに、ボランティアをする気になったな」
先輩が肘で私の横腹をつつく。今度は君が答えろ、と言わんばかりだ。
「まあ、経験ですよ」
「経験かあ、そうか」
だが、それでも、先輩に話を聞きたいのか大久保は話を私ではない方向に振ろうとする。
「なぜ受験が控えているお前がこうして」
「私、受けるのAOですし。実績ほしいですし」
先生の問いを最後まで聞かないまま、先輩は答える。
「そ、そうか。お前も大分変わったんだなあ」
といい、後頭部を押さえる大久保。困惑しているのか疑っているのか、彼はなかなか帰っていかなかった。
「あ、来たぞ」
赤いバッジがつく。アプリを起動してみると、個別のチャットルームで送信が行われていた。
「所用により、当日参加は難しいです」だ?
先輩は画面を音読し、拳を握りしめていた。
「わかっていないようだな、三十木」
「うちは強制参加だ、この勘違い野郎の家に突撃して、断ったらどうなるか思い知らせてやる」
この組織、ヤミ金か何かだった記憶はないんだけどなあ。
「君、こいつの住所を把握するんだ。私はすぐに他の馬鹿どもに直電して、予定を聞き出すから」
怖い。そして、なんで私?まさか、高校で一度ネットストーカーと化した私の経歴を、この先輩は知っているというのか。この人だけには知られたくないから隠し通してきたのに。
「どうした、不思議そうな顔して」
先輩は、静かな笑顔で私の顔をのぞき込んだ。なにもかも分かっているんだぞ、という無言の圧が私の首元から下に降りかかる。
「いえ、特に」
ただなあ、と言って、京香先輩は「島」から離れる。そして教室のなかをぶらりと周り、黒板のあったであろう痕跡のある、白く塗装のはげた壁に手をついた。
「みせしめは、一人いるだろう?」
なんだか、青春の全てをこの人に台無しにされている気がする。私、もう少し普通の生活がしたかったのに。
考えたって仕方がない。無心で彼のSNSの過去の投稿をあさった。もちろん、健全な諸君は決してこのような真似をしてはいけない。
電柱が一瞬だけ映るから、それを目印にしておくとして南から日光。
アパートの窓っぽいのもある。これは、縁取りが少し古いから築10年以上立っている集合住宅だ。
これは自室かな。
私がなんとなく割り出している間に、先輩は大声で騒ぎ立てている。
「もしもし。いるよね、いるんでしょー」
完全に、その稼業の人のかけ方だ。
「お母さん、呼ぶよー、前頼み込んで連絡先知ってんだからあ」
廊下で叫びながらぶらぶらとしている先輩をよそに、私は再び情報を画面内から探る。すると、たまたま見えていた「スーパー」という記述と、大まかな名簿のプロフィールから、距離を特定することに成功した。彼は、例の地方都市にあるスーパーから、半径150メートル以内に住んでいる。
あとは、ストリートビューで適当なあたりを探して、特定が完了した。
重ね重ね言うが、良識のある諸君は決してこのような真似はしてはいけない。
「あー、ありがとうございます。では、そうお伝えください。はい」
先輩のほうも母親にコンタクトすることに成功したらしく、一件の成約に至ったらしい。
「あとこれを数件繰り返せば予約完了だ。それと、奴へのお仕置きも考えておかねばな。確実に、男子諸君の心を抉るような屈辱的なものをだ。ははは」
聞くのが恐ろしくて、私はその後のことははっきりとは覚えていない。
その始終を目撃していないか、戦々恐々として大久保に尋ねたところ、特に変わった返事が返ってくることはなかった。
ただ、その翌日全員がきっかりと同じ時間に私に対してSOSを送りつけてきたのだけは、事実だった。
《*》
「あのさ、うちの京香先輩、合宿するらしいんだけど」
私は友人の早紀に対して、そう文面を送っていた。素早い反応が返ってきた。
「ええ、なんの?」
「何だと思う」
なんとなく、そう書いてみた。
「なんか変なことでしょ、絶対。あれとか。グラウンドに落とし穴つくるやつ」
「ありそうだけど、それ去年」
「あったんだ」
私は頭を抱えた。まあ、想像しようもないよね。
「ヒント:最近の流行」と書く。帰ってきた返答は、
「アイドルデビューさせる」
「あ、めっちゃありそう」
と私は送った。
「それな」
「早紀、天才過ぎてやばい」
「でも違うんでしょ」
そう。本当は、早紀の案も実際にやってのけそうな気がする。あの先輩だから、ただまあ実際にあの人がアイドルプロデュースをやるなら、秋の文化祭の時がもっともありがちなタイミングなのだ。
私はその可能性を想像しながら、早紀に本当の答えを返した。
「幽霊退治?」
「だって。
何かめっちゃ張り切ってた」
「今回もおつかれ、」と文面が帰ってくる。
それに誰にも言ってないのにも関わらず、ネトストのことも特定されてるし。
「疲れすぎて足死んでるわ、もう杉」
もう三日後には、合宿だ。
私はねぎらいの言葉をかけてくれる友達に感謝しつつ、寝ることにした。
《*》
時は少し飛んで、5月3日。
合宿、当日 第一グラウンド前にて。
あれだけうるさく京香先輩が言ったのにもかかわらず、実際に来たのは私たち以外に五名だけだった。
一人は、唯一まともに返答をアンケートで送ってきた女子、長岡さん。
一人は、脅されて怖がりながら出てきたのであろう、子鉄くん。
今日はゴールデンウィークのまっただ中、休暇として鉄道を利用する客も多い。
彼はJTBの分厚い時刻表を腕に抱えたまま、やってきていた。うわごとのように「758、C12」と細い声で呟いている。
仕方ない。京香先輩に巻き込まれてこういう経験をすれば、自然と慣れていくはずだ。
余りは非モテ三人衆。全く主張しない色合いの服を着てきた彼らは、相変わらず影が薄い。そして、今回京香先輩の立てた大胆不敵な潜入計画の、主役である。
「で、だ。三十木は後で爆発させるとして、イムちゃんの姿がないのは、どういうことだ」
京香先輩が唸る。
唯一その行方を知っているであろう、子鉄くんがおずおずと言い出した。彼はこの場に出席しているたった一人の一年生である。
「あ、彼氏とデートにいくとかで」
「デートぉ?」
京香先輩が憤慨する。
先輩以外の全員が、その衝撃の事実に打ち震えていた。
「三十木の敵前逃亡はともかくとして、まだ、上があったとは」
彼女のデートがよいことか悪いことかはともかく、祝福されるべきことではあるが、それはそれとして異様な苛立ちを感じ、しかしその感情をどこへともやることができない。
そこにいる全員が、羨望とともに何らかの無力感に苛まれていることは確かだった。とりあえず場をなんとかしようと、京香先輩は震える声を抑えながら、発言した。
「少なくともこの場にいる君たちは、彼らよりは優秀だ。学園の現体制に抵抗する勇敢なる戦士といえよう、うむ」
「彼氏がいるなんて」
「ちょっとだけ、ショックです」
「多分楽しんでるんだろうなあ」
非モテ三人衆は失意ありありといった顔だ。
ここには軽口を言える存在は残っていない。
「ま、まあみなさん、まだ彼女がここに来ないとは限らないですし、来なくてもまあ何とかなりますよ。ほら、イムちゃんいつも携帯とか触ってたし、もしかしたら明るすぎて見つかってたかもしれないでしょう」
私がカバーするも、士気の減退は明らかだった。
「あの、ですね。それがし、これから外で草むしりするんですよね」
長岡さんは申し訳なさそうに言い出した。
「ちょっと偏頭痛もってて」
「ええ」
「汗をかくと臭いでしょうし、わたし……その、ごめんなさい!」
長岡さんは合唱前の小学2年生のごとく素早くお辞儀をするとその場から逃げだした!
「ダメだ」
「ひゃあっ」
京香先輩は腕を伸ばし、彼女の後ろ襟を掴み取ると、小脇に彼女を拘束し戻ってくる。
炎天下の作業は無理なので、などと言って暴れる彼女を制圧しながら、先輩は悠々とこちらに戻ってきた。
「休憩は許すが、敵前逃亡は許さないからね」
「うへえ、こんなにかよわい乙女を働かせるんですか」
「あの、水とかの用意はあるんで」
私は体育館の横に置いてある赤色のクーラーボックスを指す。これは昨日生徒会執行部から拝借したものである。
ちょっとだけ使うんだけど、というと副会長は二つ返事で使用許可をくれたのであるが、ただ内部を汚したり改造したりしないでねと、一言言われた。
「ありがとうございます」
「一応中に氷は詰めてきてあるので、好きなように使って」と私は言った。
ただ生徒会との信頼を大きく損なうことになる元凶となりそうな先輩が、何やら値踏みしている。
「ほう、これはなかなか」
何事もなければいいんだけどなあ。
大久保顧問代理は1人でクーラーの存分に効いた職員室からこちらを見ている。
「いいなあ、先生は」
子鉄くんが恨めしそうに教室を見る。
彼にやめときな、と言った。
「惨めになるから」
彼は黙って頷いた。
午後の日差しが眩しく、反対側のグラウンドではサッカー部が元気よく声出しをして交流試合を楽しんでいる声が聞こえてくる中で、私たちは地道にグラウンドの隅に生えたイネ科の植物の根っこと格闘していた。
「何だってこんなことをしないと、いけないのでしょうかっ」
長岡さんの息が荒い。
「代理人に選んだ先生が、用務員さんから仕事を勝手に斡旋してくるから、止められなくて」
私は申し訳なさを感じながら、長岡さんに謝った。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「いえ、そんな」
「それがしども、一番大変なの、押し付けられましたね」
子鉄くんが嘆く。おでこを拭きながら長岡さんは言う。
「でも、なんだかんだ楽しいので」
「そっか、よかった」
私は彼女と一定の距離を保ったまま笑った。