奇特令嬢様の婚約破棄騒動
「婚約破棄されましたわぁ!!!!」
そう言って飛び込んできたのは、私の親愛なる相部屋の相手こと、奇特令嬢ヒュリエーチェ・サザンカ侯爵令嬢様である。
なにって、本来なら一人部屋だったはずのヒュリエーチェ様がよくわかんないけど気づいたら私とかいう根暗と同じ部屋になるどころか、毎朝から毎晩まで根暗の代名詞こと私に付き纏ってくる侯爵令嬢様である。
何度だって繰り返す。
侯爵令嬢様、なのだ。
ちなみに私は子爵令嬢。
一応この学園に来る前にヒュリエーチェ様には会ったことはあるけど、それだって二言三言交わした程度の挨拶程度。
何がどうなって今の状況になっているのか。
それは私が一番聴きたかったりする。
「えと、それは」
「ですから、婚約破棄、されましたわぁっ!」
「……はい」
今日も元気な奇特令嬢様。
……婚約破棄って、そんなにテンション高く叫ぶものだったのだろうか?
「あの、サザンカ侯爵令嬢様」
「違うわ、ヒュリエーチェ、でしてよっ」
「ですから、私のような子爵令嬢ごときが――」
「賭けに勝ったのはわたくし。覚えてらっしゃらないの?」
胸を張ってらっしゃるヒュリエーチェ様に、思わずため息を落としそうになる。
賭け。
そりゃ、覚えてるっちゃ覚えてる。
「覚えております。ですが」
「賭けは賭け。そしてわたくしが婚約破棄された以上、あなたは賭けに則りわたくしのことをヒュリエーチェと呼び捨てで呼ぶ義務がありましてよ」
「そう、ですが……」
賭けの内容で婚約破棄という文字が入っていたわけではない。
ヒュリエーチェ様と賭けたのは、最近冷たいらしい婚約者様との関係に決定的な亀裂が入るかどうかというもの。
期間は学園を卒業するまで。
何を気迷ったのか、あるいはすでに気迷ってらっしゃるのか、ヒュリエーチェ様は婚約者様との仲が決裂する方にお賭けなさった。
さすがに私は、仲が保つことに賭けたけれど。
ヒュリエーチェ様からはよく呼び捨てで呼んでほしいとは言われていた。
だが私が子爵令嬢である以上、それは許されない話。
これ以上、私のせいでヒュリエーチェ様が『奇特令嬢』と呼ばれるのは嫌なのだ。
だってそのことでもし万が一侯爵家から責められてでもしたら、子爵家ごとき簡単にどうにかできてしまう。
厄介ごとは抱え込まないに限る。
それが私の考えである。
だから。
まさか婚約破棄をされるだなんて、考えてもなかったのだ。
『関係に決定的な亀裂が入る』という賭け自体、曖昧なもの。
何か言われてものらりくらりとかわせばどうにかなると考えていた私の脳天をかち割ってしまいたい。
ちなみに。
ヒュリエーチェ様が私に求めたのは呼び捨てで呼ぶこと。
私がヒュリエーチェ様に求めたのは、なぜ私に付きまとうのかの説明をしてもらうことだ。
「さぁ、ハリア。わたくしのこと、ヒュリエーチェと呼んでみなさい!」
これ以上、危ない橋を渡りたくない。
とはいえ、ここでヒュリエーチェ様のの言葉を無視することも『危ない橋』とやらに含まれていそうだから。
「……わかりました」
ここは諦めるしかないのだろう。
「ヒュリエーチェ」
「ふぇ!?」
「これでいい……どうしたんですか? 顔赤くして」
「なななななななんでもないわっ!? ……ふふっ、ハリアに呼び捨てで呼ばれてしまいましたわ」
本当に。
なんでヒュリエーチェさ……ヒュリエーチェは、私に付き纏っているんだか。
「いいですの!? これからずっと、わたくしのことは呼び捨てで呼ぶんですからね!」
「はいはい、わかってますって」
これは友情です。
……たぶん