表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オルザランドクロニクル 破滅の章  作者: サイコパスおっさん
破滅の章
3/25

その参

嫌な予感で目が覚めた。


何時か、何処か以前に、目の前の絵面に思考能力を根こそぎ奪われた。


真っ裸で、足を開かれて、見知らぬ男が上に覆い被せて、ナニか熱いモノが股間に当たって入り込もうとする直前だった。


感覚が戻ってすぐ、異様に敏感していて、舐め回されたばかりに所々濡れていると分かった。特に股間は唾とは別の液体で一際多く溢れていた。


体が火照る。


寝ている人に対してはえらく念入りだな。


私が目覚めるのを見て、驚いた男の動きが止まった。


「けふ!?」


寝たきりだったが、男一人を蹴り落とすだけなら充分だ。


起きてシートで体を包む。


頭が重い。体も相当鈍くなった。太ももに垂れている粘液が鬱陶しい。


折られた首はとうに治ったようで、時間がかなり過ぎていると察した。蹴りの力も落ちていて、男の顎は無事のようだが、未だに起きようとして踠いている。


近付いて拳でもう一発顎に見舞う。


「カッ……!」


今度こそ倒れて動けなくなった男の傍にしゃがんで、目を合わせる。


「やあ。お楽しみ中に済まないが──貴方に聞きたい事はいっぱいあってね」




男はアシュサイファ家の警備の新入りだったらしい。見知った顔なら私に協力しかねないと危惧して、エブリンが勝手に手配したそうだ。


そして私を犯せよと、彼女に唆されたとか。


いったい何故私をそこまで恨んでいたのかを一旦置いといて。どうせこの男に聞いても分からないだろう。


どうやら私は1ヶ月ほど、睡眠薬入りの点滴で寝かせられていたそうだ。


その間にカインが起こした軍事クーデターで、帝都は落とされた。本来ならそこまで容易く成せないことだったが、彼に三つの条件を揃われた。


大公を継ぎ、帝都に私兵を潜り込むこと。


私がいないから、嬉々として議長の座に舞い戻り、見事に貴族たちの反感を買いまくった父上。


そして一番大事なのは、議会に除名されたあの日、父上が口に出した言葉。


──この際ドラゴン族との約束はどうでもいい、と。


あの時は捨て台詞なだけだと思っていたが、あれは着実な影響があった。


議長でなくなったとはいえ、あれは依然としてプロムデールの皇帝だった。その皇帝の口から出す言葉は、ドラゴン族にとっては魔力を込めた宣言と同然。


その日を境に、ドラゴン族の戦士たちは帝都を去った。私への教育が終わってなお、近衛として残ったババァもそれで別れを告げた。


ドラゴン族の守りを失った帝都は簡単にカインの手に陥り、父上はラゼニアに殺された。彼女はどうもかなりの前から父上を暗殺するように、カインの指示によって嫁に来たそうだ。


ラゼニアが王妃になったのは私の七歳の頃。つまりこのクーデターは、それ以前からカインが計画したとのこと。


それと、一番動揺させられた報せも。


私を助ける為に戻って来た兄上は、カインに殺されたこと。


二人の鍔迫り合いで周りの兵士たちに原型を失くすほどの被害を被せたものの、やがて本気を出したカインになす術もなく葬られた、と。


私が動揺した隙を突いて押さえようとする男だが、股間と顎を一発ずつ喰らわせたことで沈めた。


ここは長居無用だ。


シートで体を簡単に拭いて、男の服を拝借してアシュサイファ邸から脱出した。体はまだ言うことを聞かないが、潜行だけなら何とかなる。


とはいえ路銀がない。


男の財布に少しはあるが、帝都に戻るや他の場所へ逃げるには流石に足りない。


とりあえず人形に変化して、目立つ髪と目の色を変えて、服屋に立ち寄った。幸いなことに、人間は色違いだけで認識が齟齬する生き物なので、見知られずに済む。


街の管理を見習う時に入り浸ったからな、ここは。


男の有り金で素質の服を買い、髪を纏めて街中に戻る。着てたものを質に入れたいが、アシュサイファ家の警備服と家紋の入った短剣は流石に不味いから適当な路地裏で捨てることにした。


さて無一文になった。


どうするかを考える内に──冒険者ギルドの看板が目に入った。








「ここは売春宿じゃないぞ」


「失礼な」


カウンターのおっさんと話し合った。


「売春婦の服じゃないでしょう、これは」


「いや最近は多いからな。普通な装いをして見ない内に客引きするやつ」


「ホイホイ付いて行く男も悪いのです。というかそんなことはどうでもいい、ちゃんと冒険者を応募しに来たのですよ、こっちは」


「そいつは悪かった。んで、規則を教えようか」


「省いて構いません。知ってますから」


そういっても、おっさんに一応確認をされた。最低ランクから始まるとか、最初は見習いの認識票を着けて採取や物探しみたいの簡単な仕事からこなすとかを答えたらパスした。


シャルという母上の愛称で登録し、見習いの認識票をもらえた。正直一刻も早くこの街から出たいが、金がないと野垂れ死ぬ未来しか見えないから、できる限り顔を出さないようにした。


冒険者のいいところは、顔を隠してもあまり問われなくて済むことだ。




案の定、私の指名手配が出回った。


初日だけ顔を合わせて、髪色も目の色も誤魔化していたからカウンターのおっさんにも疑われずに済んた。最初の報酬でマントと安い武器を買い、地道に装備を整って見習いから正式冒険者になるところで、隣街の依頼を受けてこの街に出た。


出る時に審査でやむ無く顔を出したが、事前に染料で肌を少し黄色くして雀斑を付けたから、事なき通れた。


人間はやはり誤魔化し易い生き物だ。




「なあなあ、顔を出そうぜ。そばかすだけで照れんなよ、かわいいのに」


そして思わぬところに顔出しが仇になった。


荷車に同乗したチャラい男に付きまとわれる羽目に。


認識票にしては一階級上の冒険者なのだが、やたら先輩風を吹かせて、世話をするから顔を見せてとか煩くて堪らない。おまけに遠慮なく体をベタベタ触りに来た。鬱陶しい。


荷車から放り出すのは簡単だが、悪目立ちはしたくないので敢えて放置する。


「じゃあさ、パーティーを組んでみようか。守ってあげるから、条件として依頼の最中だけでいいから顔出して?」


「謹んでお断りします」


「つれないねえ」


「そう言われても、先輩はもうパーティーがあるでしょう?私に加えてもバランスが崩れるだけですよ」


さっきから女騎士と魔法使いさんに睨み殺されそうなのだが。


「いやいや、僕、弓使いだから、前衛が二人になんなら完璧だろ」


「私、軽装と短剣です。前衛には向かないのですよ」


「まあ細かいことはいいって。パーティーに入ろうよ」


良くないだろ。前衛の子を殺す気か。


「だから、ことわ──」


「いい加減諦めて、パーティーに入ったら?」


また断わろうとする前に言葉が遮られた。女騎士に続いて、魔法使いの子もうんざりそうに声を上げた。


「そうよ。折角ノランが誘ったのに、無下にするなんて何様のつもりよ」


あれ。


貴女たち、今でも私を睨み殺そうな目をしているじゃないか。


それにこいつ、ノランっていうのか。名乗った覚えは……ありそうだが、うざ過ぎて忘れた。


「まあまあ。無理矢理入れようなんてしてないから、そんなに責めるな」


どの口か。


しかしこれ以上目立つのも得策じゃなさそうだから。


「──分かりました。パーティーに入ります。けれど前衛には本当に向かないから、あまり期待しないでください」


「やった!では、親しみの印で」


「あ、ちょっと」


やられた。


ここまでするとは思わなかった。


周りから刺さりに来る視線が煩わしい。


「ほら、やっぱりかわいいじゃん。少し着飾ったら美人になるぜ、僕が保証するよ」


「それはどうも」


外された帽子を被り直す。


ノランはムッとした顔をして、またへらへら笑った。


「まあいいよ。依頼の最中、顔は出してくれよね」


「考えておきます」






結果として、私は屈した。


ノランがあまりにも煩いから。煩いけれど、相変わらずベタベタ触りに来るんだけれど、別に殴り飛ばすほどの一線は越えていなかった。


染料も肌に悪いから、パーティーを組んで早々素顔がバレた。言い触らせたら逃亡しかねないが、釘を刺すと逆に疑わしいから言わないでおいた。お陰でノランはさらに鬱陶しくなった。


因みに騎士の子はアニタで、魔法使いはルミエラという。二人とも如何にも教養のある出身で、ノランは平民だそうだ。


アニタは地方の騎士家系出身で、親からしつこく婚約を持ち込もうとするのをうんざりしたので家出、ルミエラも大体同じ理由だった。それから冒険者になってノランと出会い、そのまま落とされた。


よくある話とは言いたいが、実際それほど多くなかった。二人とも姉妹がいて、家出する勇気があるのだから、勘当されで済むだけのこと。


親はどれだけ婚約相手に弁償したのかは知らないが。


私はどう足掻いても平民に似もつかずのだから、似たような理由で適当に誤魔化した。それで何故か女子二人と打ち解けて、しばしば家族への愚痴に付き合わされた。




「あ、今日は僕が夜番するから、シャル達はテントで寝てていいよ」


「じゃあお言葉に甘えます」


数度の依頼をこなしてから知ったことは、ノランは私が思うようなチャラ男ではなかった。


言動こそチャラいのだが、約束を破ったことは一度もない。初日から『誓って同意なしで寝込んだ君を触らない。触ったら好きなだけ僕を殴っていい』と言ってから、本当に寝ている時だけ触って来ることは無かった。寝ている時だけだが。


だからかな、私も少し油断した。


ちょっとした違和感で目が覚めたら、ノランは隣にいた。


私に抱き枕にされながら、満面の笑みで寝顔を覗いて来た。


「……先輩、これは反則ですよ」


「僕からは触ってないよ。あと寝起きのシャルもかわいい」


「詭弁です」


「勘弁してね。テントは一つしかないから」


「……」


これを許すと、これからはきっと常態になるのを知ってる。


しかし説得するのは面倒臭い。


そうか。こいつは普通のチャラ男ではない。


普通より数段上のチャラ男だ。


私は諦めて二度寝した。ノランに抱きついたまま。






何度目なのか。


テントの中の騒音で目覚めると、ノランとアニタがセックスしているのを目撃した。


「あ、起こしちゃった?ごめんね」


「……人が寝ている時にやらないで欲しいのですが。もういい、私が夜番します」


テントを出た。


中に僅かな話し声が聞こえる。


「あれ。想像してた反応と違う」


「だから言ったでしょう。あの子はこんなので落とせないのよ」


「いつの間に僕より仲良くなったの?君達」


「女の子のッ……秘密よ……ああん」


喘ぎになった。離れよう。


「あれ、シャル。寝てるのじゃないの?」


「起こされた。私が夜番をするから、ルミエラも混ざりに行っていいよ」


「本当?ありがとうシャル」


ルミエラはウキウキとテントに入って、しばらくしたら喘ぎ声が一つ増えた。


盛りが付く猿か。


私も別に性欲が無い訳じゃない。貞操なんて、王家として産まれたらいないものだと思ってもいい。


ただ、何というか。


そんな気分じゃない──としか言えない。


ノランは悪い人じゃないとは知っている。ただし身を捧げるほどの魅力はまだない。


テントに気付かれないように、私はこっそりと自分を慰めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ