その弐
「そろそろパーティー恐怖症になるぞ、私」
「やらなきゃいいのに」
「うちの父上に説得してみて、頼んだアンジュ」
「ごめん無理だわ」
誕生日パーティーの控え室。
着飾りが終わり、アンジュに髪を編ませて、人払いをした。今ここにいるのは私と彼女だけ。
「まあ、とりあえず下準備は済んだ。パーティーが終わったら議会を招集して、父上を議会から追い出す──その為に今まで聞き分けのいい子を演じて来た」
「……そう上手く行くのかしら」
「行かせるのよ。多数決など温い手は取らないから」
「殆どの貴族はもう説得済みって聞いた時は驚いたわ。流石はアリーシャなのね」
「別に父上を皇帝の座から追い払いたいわけじゃないのだからね。変わらずに皇帝なんかをやらせて、実権を剥奪するだけよ」
「それを受け入れるのかしら」
「受け入れなかったら、今度こそ皇帝の座まで頂くだけのことよ」
アンジュは怯えたように乾いた笑いを見せた。
「まるでクーデターね」
「実質クーデターよ。まやかすつもりはない」
「……はあ、アリーシャって凄いわ。皇女だけあって、という事なのかしら」
「何を言う、貴女たちの領地もほぼ国そのものよ。私からすると、寧ろ帝都だけ管理する王家の方が怠って見えるわ」
「そんな訳ないでしょう。王家は全国領地の監督もするじゃない」
「うちの父上、あんな事をしてるように見えた?」
「……異例は異例だから」
鼻で笑った。
「あれは異例の中でも最悪の類いに違いないね」
「陛下にだけ容赦ないわ、アリーシャは。できたわよ」
「ありがとう。そろそろパーティーも始まるどころだな……気が進まないよ」
「はいはい行くわよ」
渡された書類を見ると、ゼオスは青ざめた。
次の瞬間、その顔は怒りで赤く染められて、娘に向けて怒鳴り込んだ。
「認めんぞ!この俺を、皇帝を!議会から放逐だと!?こんなことは許される筈がない!」
「許されるかどうかの問題じゃないよ、父上」
金色のドラゴンの目が、彼を見詰めた。
美しく成長していて、誰もが認める稀代の天才皇女。
十歳の披露宴以来、各地の貴族達からのパーティーの誘いは絶えることなく、年中あっちこっちに飛び回っていた。その最中、滞在先の街の領主会議や領民会議を見学名義で参加し、大人達も仰天するほどの改革をさりげなく押し広めた。
こうして少しずつ各地に功績を残し、実績を積み上げて、国中の有力貴族達の支持をほぼ全部手に納めた。未成年なので帝都で行われた貴族議会には見学だけ許されるが、もう大人に介しての発言権を持っていた。
一部を除く貴族達からすれば、彼女の意見は皇帝以上の影響力を見なしつつあった。
そして十四歳の時、彼女は自分を支持する貴族達に懇意して、ある提案を申し込んだ。
──皇帝ゼオス•ホロベンノを議会から除名すること。
最初は勿論皆躊躇していた。
あんな皇帝だとしても、帝国の最高位であることに変わりはない、下手をすれば反乱の罪まで問われる可能性がある。
ただしそれすら見越した彼女は、事前に御四家の合意を得たことを手札として、その貴族達を一人残らず説得し遂げた。寧ろ御四家の方が遥かに手強い。
十歳の時からこの計画を打ち明けられたアシュサイファ大公に至って、四年掛かって積み上げた実績を見せてようやく首肯を得ることだった。
「これは議会の総意である。陛下はこれ以降、貴族議会に対して全ての権限を剥奪し、意見にすることを一切許されないことになる」
「ッ……!解ったぞ。全て解ったぞ!これは謀反だ、大公!貴様、始めから議長の席を狙ったな!」
「否。議長を務められるのは王家のみ、その権利にワシにはおらぬ、求めもせぬ。陛下の後に議長を務めるのは──」
視線はこの場にいる私に集まった。
「は、はは、ハハハハハ!ならば簡単だ。もうドラゴン族との約束はどうでもいい!貴様も勘当だ、アリーシャ!今すぐここから出ていけ!」
「お言葉ですが、父上」
父上に迫る。
相変わらず、その複雑な目に向けられて、父上は後ずさった。
「父上にはもう議長としての特権がなくされました。皇族を追放するなど一個人では収まらない大事に、決め付ける権力も同様、失くしていた」
「何だと……父親である俺は、娘の貴様を勘当するもできないというのか!」
「そうです」
「……認めんぞ!なら皇帝としての権限で議会を解散する!」
「その権限も、父上は失くされました」
「んぐ……」
「更に」
もう一歩。コツンとヒールの声が響いた。
「父上がどうしても厄介ことを起こすつもりであれば、議長権限で皇帝の座を奪うことも可能だと、心にして下さい」
羨望も、嫉妬も消えて無くなった。
残されたのは、化け物を見る目と恐怖のみ。
顔が一気に白くなり、父上は何も言わずに、ふらふらと議事堂から出ていった。
一人目の膝に蹴りを入れた。
膝蓋骨の砕けた声を聞いて、二蹴り目で崩れ落ちた人の顎を粉砕した。
残った三人はもう用はない。全員の首を跳ね飛ばした。
「ヒーラーに告げよう。会話ができる程度まで癒せ、所属と本拠地を吐かせろ。必要なら手足を切り落としても構わない、自害をさせるな」
「は」
「あと、侵入ルートを判明次第、ルート上の当番全員一週間減俸とする」
「畏まりました」
「これ、何回目?」
警備たちに死体と生き残りを任した後、現場から離れるところでベックと出くわした。
「今月で二度目ね」
「主犯、聞き出さなくていいの?」
「聞いてどうする」
「うーん、厄介だな。いっそ追い出せば?」
「そうしたいのは山々だが、あの清算された元貴族どもと合流させたら今以上に厄介だと思うよ」
「面倒な」
「面倒だよ、だからこうして手を打つしかないんだ」
暗殺組織の本拠地を割り出し、そこを潰して大いに宣伝する。あと幾度を繰り返せば、いずれ誰も父上の依頼を受けなくなる。そこまでしてまだ何かを起こる気なら、こっちにも相応な打算をする、それだけのことだ。
私も身内になんだかんだ甘い、という自覚がある。
父上でも雇える暗殺者の遅れを取る未来はまったく見えないが、一応用心はしているつもりだ。
「カインには言わないでね」
「言える筈がないだろう。言ったらあいつ、何をするかは分からないから」
「それにしてもあいつ、いつもは穏やかなのに、身内のことだととんでもなく苛烈になるよね」
「……」
「何よ」
「いや。俺の言うことじゃないな」
「何の話だ」
「何でもない。んじゃ、俺はこっち。ラウラと待ち合わせしているんだ」
「……」
最近明らかになった事実。どうやらこいつ、ラウラと密やかに交際することになったらしい。しかもかなり前から。
キャラ性としては対極な二人だったが、なぜ惹かれ合うのは当人たちしか知らないこと。妹のアンジュですら知らされていなかった。
ただしラウラはゼノタイル侯爵の一人娘で、ベックはサリット家の長男。同じ跡継ぎの二人がどうやって上手く行くのかは当面の課題になるかな。
アンジュとルオンが中々互いの気持ちを打ち明けないのも。悩み事はいっぱいだな。
そんな余計なことを考える暇はないと告げるように、悪い報せが舞い込んだ。
カインとラゼニアの父であるアシュサイファ大公が暗殺された。
一瞬、父上の顔が頭によぎったが、それを即座に否定した。私ですら手も足も出ない暗殺者ごときに、帝国第一武人に誉れたアシュサイファ大公に何かをできるのかは考え事だ。
何より父上にそんな度胸はないと言い切れる。
葬式に参って、領民たちの悲しい顔を目に当てると、やはり大公は愛された領主だと再認識した。
朝から始まった葬式が終わって、記録オーブによって再生された生前映像の合間で、親交のある貴族たちが次々と壇上に上がって思い出や追悼の意を語り、それから遺族への会釈を一通り済ませると夜になった。
「御愁傷様」
やっと静かになる霊堂にて、カインと二人きりの話ができた。
何故かカインの妹に睨まれたが。
カインはただ微笑むだけ。こんな時でさえ感情を隠す必要はないと言いたいところだ。
「犯人の手がかりはある?協力できるところがあったら、遠慮なく言ってね」
「ああ。だが大丈夫だ」
「そう。死因を聞いても?」
「毒殺だそうだ」
「大公家で毒殺?かなりの手練れでなければ……」
「親しい人か、親族からの犯行だと考えるな。どちらにせよ、もう掴めるところだ」
「そうか。余計なお世話をしたな」
「いや。気持ちは嬉しいんだ」
暫しの沈黙が訪れた。
思考を巡ると、いささかの違和感を覚えた。
大公はそんなにうっかりな人じゃなかった筈。大公家までになると、家主の毒味役も欠かせないほど重要だった。
親族とはいえ、毒味役まで引き込まれるほどの存在はかなり限られている。あるいは、毒味の段階を飛ばす人からの贈り物とか──
「ねえカイン、やっぱり……」
近い。
振り返ると、カインの顔が間近にあった。
初めて、その目に燃え尽くされるほどの強い感情を目の当たりにした。
首元の激しい痛みと耳障りの響きとともに。
感覚を失った体が崩れ落ちた。変化が解けた感じがする。
何か、あった。
「──済まない」
カインの声がした。
「だが君はこれだけでは死なないから」
そういう問題じゃないと思う。
首か火傷のように痛い。そうか、折られたのか。
体はまったく動けない。息をするだけで億劫だ。
「安心するといい。君が目覚める時には、全ては終わった筈だ」
頭が外れないように抱き起こされた。
優しい手付き。
「あとは私に任せるといい」
離れの一室に運ばれた。
とっても嫌な顔をするカインの妹、エブリンはそこで待っていた。
「暫く起きないようにして、死なないように栄養を与え続けろ」
「……はい」
「そんな顔をするな。終わったら褒美に君の言う事を一つ聞く、と約束した筈だが」
「……」
「いい子だ。あとは任せた」
「はい──お兄さま」