8話 二人きりのお茶会
一体どこへ連れて行くのだろう。疑問に駆られたテティスだったが、到着したのは屋敷に来てから何度か散歩に訪れたことのある中庭だった。
(何で中庭……?)
婚約者同士が二人きりになるといえば、どこかの密室だろうかと思い込んでいたが、どうやら常識がズレていたらしい。
「ノア様、ここで一体何を?」
「ああ、今準備させるからテティスは少し待っていて」
「準備?」
はて、一体何のことだろうと小首を傾げると、同時にノアが親指と人差し指をパチンと鳴らす。
すると、中庭を囲むように生えている背の低い木の物陰から、目にも止まらぬ速さで現れたのはヴァンサンとルルだった。ヴァンサンの身なりは完璧だが、ルルは頭に葉っぱを着けているところが何とも可愛らしい。
「ヴァンサン!? ルル!? どうしてここに!?」
そういえば、執務室を出たときにルルの姿がなかったので、先に仕事に戻ったのかと自己完結していたのだが、どうやら中庭に先回りしていたらしかった。
「旦那様の希望を直ぐに叶えられるよう、先回りするのが、このヴァンサンの務めでございますゆえ。因みにルルは心配そうに執務室を覗いていたので、人手として強制的に連れて参りました」
「はい。首根っこを掴ま……ゴホン、失礼いたしました」
(ああ、だからルルは何がなんだか微妙な表情なのね……)
涼しい顔のヴァンサンとは対照的に、表情を歪めるルルに、テティスは同情の瞳を向けたのだった。
そんな中、ノアがヴァンサンに「簡易的で構わないから二人分の茶会の準備をしろ」と命じると、ものの数分でそれはセッティングされた。
「な、なんて早業でしょう……」
中庭にはいくつかの区画に分けられて花が植えてある。それらを全て見渡せる位置に、瞬く間に準備されたテラステーブルと椅子。
そんなテーブルの上に置かれた両手の指の数を超える種類の焼き菓子と、ルルが入れてくれたダージリンにテティスは鼻孔が擽られた。
「さあ、お席へどうぞ、テティス」
「ノア様、ありがとうございます」
ノアにエスコートされ着席すると、ノアの指示によりヴァンサンとルルはテティスからは見えない位置にまで下がって行く。
当初の話通り、二人きりになった中庭の小さなお茶会で、テティスはノアと同時にダージリンで喉を潤した。
「ハァ……ホッとします。美味しいです。それに、こんなに美しいお花を見ながらだと、また格別ですね」
「ああ。喜んでもらえて良かった」
「それにしてもノア様、どうしてわざわざここに席を設けてくれたのですか?」
「二人でお話するだけなら、私の部屋でも良かったのですが……」と続けるテティスに、ノアは一瞬だけ顔を強張らせた。
「君の部屋で二人きりになんてなったら、枷が外れるかもしれないからね。俺が我慢すれば良いだけの話だが……確信が持てない以上、辞めておいた方が無難だろう?」
「な、なるほど……?」
ノアの言葉の意味がてんで理解出来ないテティスだったが、分かりやすく説明してくれというのも失礼なので、適当な受け答えで流した。
「まあ、その話はこれくらいにして。テティスはクッキーは好きかい?」
「はい! 甘いものは何でも大好きです! クッキーは苺のケーキの次に大好きですわ!」
「それは良かった。ならはい、あーん」
「!?」
さも当たり前のように、自身の指先にあるクッキーを食べさせようとしてくるノア。突然のことに、テティスはピシャリと固まった。
(どどど、どうしましょう!? どう反応すべき!?)
しかしテティスはここで、そもそもそのどうしようという考え方が間違っていたことに気づいた。
何故なら今、テティスはヒルダの言動を真似ているのだ。……突然茶会が開かれたことで驚いて、正直今の今までそのことはすっかり忘れていたけれど。
とにかく、ヒルダならこの場合、動揺などせず『あーん』を受け入れるはず。
テティスは一度息を呑んでから、羞恥心によって自身の頬が真っ赤になり、瞳が潤んでいることなど知る由もなく、おずおずと口を開けたのだった。
──パクン。
「……っ、どう? 美味しい?」
何やら険しい表情をしているノア。しかしテティスはそんなノアの小さな変化に気づくことはなかった。
というのも、恥ずかしさやノアの態度よりも、クッキーのあまりの美味しさが上回ったからである。
「んんーー!! バターの芳醇な香りにサクサクとした食感! 砕いたアーモンドが良いアクセントになっていて、いくらでも食べられそうです……!」
まるで小動物のような可愛さから一転、以前苺のケーキを食べたときと同じような興奮気味の解説に、堪らずノアはフッと笑みを零した。
「テティスを見ていると、本当に飽きないな」
「ハッ! また私ったら……つい美味しすぎまして……」
「今日はやけに積極的だし、色々な君が見れて嬉しいよ」
まるで愛でるような瞳を向けたままそう言ったノアは、テティスが食べたものと同じクッキーを一口かじって「美味しいね」と呟いてから、再び口を開く。
クッキーの美味しさに、テティスは再び言動をヒルダに寄せることを忘れてしまっていた。
「ねぇテティス、何か欲しい物や、してほしいことはない? 俺ばかり幸せをもらって、申し訳ないんだ」
「えっ、私、ノア様に幸せをあげられていますか?」
「もちろん。君が傍に居てくれるだけで、俺は毎日幸せだよ」
「……っ」
(お姉様の代わりの私に向けて言ってる言葉なのに)
そんなことは分かっているのに、どうしてだろう。
テティスは感じたことがない胸のざわつきを感じ、全身の血が沸騰したのかというほど、体中が熱くなってくる。まるで、自分自身が愛されていると勘違いしそうだ。
優しい瞳で見つめてくるノアを見ると胸がきゅうっと苦しいくらいに締め付けられたテティスは、そっとノアから視線を逸らした。
(何これ、何なの、これ。多分これ、知っちゃだめなやつだ)
本能的にそう感じたテティスは、淑女らしさなど何処かへ置いて来たかというような早さで、目の前のクッキーにガツガツと貪りつく。
力強く咀嚼し紅茶でそれを流し込むと、なんとか平常心を取り戻したテティスは、この機会に聞いてしまおうと勢いよく口を開いた。
「それでしたらノア様! 最近魔法省の研究機関で力を入れている、魔力の増加研究について知っていることがありましたら、教えていただけないでしょうか……!」
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