7話 アプローチを変えましょう
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サヴォイド邸にやって来てから五日が経った頃、ようやく屋敷の内部を把握できたテティスは、ノアが主に書類仕事をする執務室へとやって来ていた。
テティスの後ろに控えるルルの、妖艶な美しい顔がやや呆れているのは、まるで泥棒のように執務室を中腰でこっそりと覗くテティスのせいである。
「テティス様、旦那様は間違いなく喜ばれますから、気軽にお入りになっては?」
「ルル……! しーっよ! しーっ! 覚悟が……覚悟が足りないのよ……!」
「いや多分気付かれて──ゴホン……失礼いたしました」
テティスが何をしているかを語るには、話を少し遡る。
あれは今日の朝、身支度をしているときのことだった。
「ねぇ、ルル。今日からは、以前にルルが似合うって言ってくれていた淡い色のドレスを着ようと思うんだけれど、準備してもらっても良いかしら?」
「や、やっとこの日が……! 喜んで……!!」
輿入れしてきた日から、ことあるごとにルルに「こちらのドレスの方がお似合いになるのに……」と淡い色の可愛らしいドレスを責っ付かれていたテティスだったが、少しでもヒルダに寄せるために断り続けて早五日。
初日から思っていたことだったが、見た目をどれだけ寄せようとノアの態度にこれといった変化が見られないため、テティスは見た目をヒルダ寄りに繕うのをやめることにした。
「テティス様! お化粧も私にお任せいただけますよね!?」
「え、ええ。好きなように……」
「かしこまりました。腕が鳴りますわ!」
美意識の高いルルは、相当我慢していたのだろう。ルルの腕が物理的にボキボキ言っている姿に、テティスは内心ごめんなさい……と謝罪した。
それからしばらくして、身支度を整え終わったテティスは、ドレッサーの前で感嘆の声を漏らした。
「わ、わぁ……これが私……?」
「正真正銘テティス様です! んっもーー! 可愛いですわ!!」
いつもの数倍テンションが高いルルだったが、それはあながち大げさではなかった。
ヒルダに寄せるために施していた濃い化粧の半分、そのまた半分程度の薄い化粧にすると、テティスは自身でも見違えるほど美しくなっていたから。
「ルルって魔術師だったの!? 人を綺麗にする魔法なんて発見されていたの!? 勉強不足だったわ……!!」
「ノー魔術師です! そもそもテティス様の元が良いのです。私はそこに少しだけ手を加えただけですわ! それに今日のミントグリーンのドレス……本当にお似合いです……!」
「そんなに言われると照れるけれど、嬉しい! ありがとうルル! 私、嬉しい……!」
「はい! 私も嬉しゅうございます」
(ルルったら、なんて良い子なんでしょう!)
実家では使用人とこんなふうに楽しく会話をしたことがなかったテティスが嬉しさに浸っていると、「そのお姿を早く旦那様にお見せしましょう」と言うルルの言葉で、ハッと脳内を切り替えた。
(そうだったわ! ノア様!! ノア様に会いに行かなくては!)
というのも、ルルが言うように今の姿を見せたいのではなく。
(おそらくだけれど、ノア様は私の見た目──少しでもお姉様に似たこの顔を求めて婚約したわけじゃないと思うのよね……)
この五日間でそう強く感じたテティスは、見た目をヒルダに寄せることはやめ、違う作戦を実行することにしたのだった。
そして話は冒頭に戻る。
今日は魔法省へ出勤せず、サヴォイド邸の執務室で仕事を行うノアの様子をこっそりと覗いていたテティスは、ルルに、行ってくるわね! と視線だけで伝えると、意を決して執務室に踏み込んだ。
「ノア様! わ、私とお話しませんことぉ!?」
(あああ! 声が裏返ってしまったわ!)
仕事中だというのに、先触れもなく突然の来訪。加えて、相手の予定を顧みずに自身の要求を述べる。──極めつけには。
「お、ね、が、い……?」
(はっ、恥ずかしい……!!)
わざとらしく首を傾げ、普段よりも幾分が高い猫なで声で甘えること。
これら全て、アルデンツィ家で、ときには社交場でヒルダが第二王子であるリーチに頻繁にしていたことである。
(自分の胸を相手の腕に押し付けるところまでがお姉様のワンセットだったけれど、流石にそれは無理……!!)
つまり、テティスが何をしたかったというと、見た目ではなく言動をヒルダに寄せようと考えたのだ。
とはいえ、今までテティスに対するヒルダの姿は、お世辞にも良いものとは言えないことをテティスは分かっていた。あれが本来の姉の姿だが、ヒルダは婚約者や友人貴族の前では、我儘な性格は残れど、可愛らしく取り繕っていたのである。
(ノア様はきっと、そんなお姉様の言動にメロメロになったのね……。だから、一番近くでお姉様のこと見てきた私なら言動も似ているんじゃないかって思って婚約を申し出た。……うん、きっとそうに違いないわ!)
テティスはヒルダからあまり良い仕打ちは受けてこなかったものの、確かに美人のヒルダが可愛く甘える姿というのは、男心を擽るだろうとは思った。
おそらく、ノアもその一人なのだろうと。
「えっと……ノア、様……?」
しかし、ノアからこれといった反応はなかった。
突如現れて猫なで声を出したテティスに対して、ノアは席を立って一瞬目を見開いただけで、身体がピシャリと硬直したまま、無言で立ち尽くしている。
「あ、あのーーそのーー。ノア様……?」
テティスは窺うように、二度名前を呼ぶ。
すると、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がったのは、やれやれと言わんばかりに髪の毛をぐしゃりと掻き上げたリュダンだった。
そんなリュダンに、何かを託すような目を向けた数名の部下たちは「困った主だよ全く……」となんだか小さく愚痴っている姿をテティスは見ながら、リュダンを目で追うと。
「おいノア。あまりのテティスの可愛さに放心状態になってるのは同情するが、あんまりそのままだとテティスが不安になるからさっさと戻ってこーい」
「……ハッ! テティス済まない。一瞬天国に行っていたみたいだ」
「えっ」
リュダンの声かけにより、スイッチをオンしたように話し始めたノアだったが、言っていることが些か意味不明だ。
(けれど、これは大きな反応があったわね……!)
想像していたように、やはりノアは、ヒルダの小悪魔のような言動が好きだったのだろう。
自分の考えは合っていたのだと確信したテティスは、ヒルダの行動を思い出して、これは自分にでも出来そうだとノアの片手を自身の両手でギュッと包み込んだ。
「二人きりで、お話したいです……」
「…………!」
(あっ、間違えたわ! ここは『二人きりになりましょう?』と妖艶に笑うところだったのに! 私の馬鹿!)
自身の失態に頭を抱えたくなったテティスは、次にノアから発せられるだろう『ヒルダはそんなふうに言わない!』『君が彼女の真似なんて甚だしい!』という言葉に対して、誠心誠意謝罪をしなければと考えていたが、直後その心配は不要だったと知ることになる。
「ああ、分かった。直ぐに二人きりになれるところへ行こう」
「えっ?」
「リュダン、急ぎの仕事は全て終わらせてあるから俺はテティスと二人きりで休憩してくる、二人きりでだ。お前たちは適当に休憩を挟みながら仕事を続けろ。良いな」
「あいよ」
そうしてテティスは、またもや花が飛んでいるように見えるほどご機嫌なノアと共に、執務室を後にするのだった。
(…………。あ、あら?)
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