コミック1巻 発売記念SS 〇〇しないと出られない部屋②
【ノア&セドリック】
それは、テティスとセドリックが異空間から現実世界へと戻ってきてすぐのことだった。
ノアが死の直前まで追い込んだ魔物は最後の力を振り、咆哮を上げ、それは多くの仲間を呼び寄せた。
「ノア様、セドリック様! これはまずいです! 喧嘩をしてる場合じゃあ……って、言ってる側から!」
その結果、未だ口論を続けていたノアとセドリックのみが異空間へ取り込まれてしまったのだ。
先程と同じような真っ白で無機質な部屋に、二人は唖然として声を失った。
「……うそ、だろ」
そんな中、ようやく声を絞り出したのは、顔を真っ青にしたノアだった。
「俺としたことが何をやってるんだ……! テティスだけ現実世界に取り残されてしまった……!」
結界魔術しか使えないテティスは魔物を攻撃する術を持たない。
その結界魔術さえあれば、魔物の攻撃から己の身を守ることはできるだろうが、きっと一人きりの状況は心細いだろう。
「ノア、落ち着きなよ。テティスは魔物を倒すことはできないだろうけど、自分の身を守ることはできるんだからさ。僕たちはがさっさと条件をクリアして現実世界に戻ればきっと大丈夫だよ」
「……っ、分かってる」
自分よりも慌てている人を見ると、自然と落ち着くというもの。
セドリックは極めて冷静な口調でノアを諭し、それから唯一の扉の上にあるプレートに視線をやった。
さっきの条件は、ハグだった。
もし今回も同じ条件だとしたら、正直嫌だ。とっても嫌だが、背に腹は代えられない。
セドリックは、そう考えていたというのに、プレートに書かれた文字を見て、これまでの人生で最も上擦った声が出てしまった。
「“キスしないと出られない部屋”!?」
「は……?」
セドリックに続き、ノアもプレートに目をやる。
彼が叫んだのと同じ言葉が書いてあるプレートを見たノアは分かりやすく頬を引くつかせた。
「いやいやいや、ハグより過激じゃん! 何でさ! 無理無理無理、無理だよ! さすがにノアとキスは無理だって!」
一方でセドリックは自分の唇を両手で隠すようにして声を張り上げる。テティスの時とは違い、顔は真っ赤ではなく真っ青だ。
「煩いぞ、セドリック」
「むしろ何でそんな冷静なのさ!? さっきまであんなに動揺してたのに!」
「さっきはテティスと離れてしまったことの衝撃で冷静さを欠いていただけだ。条件をクリアすればテティスのもとに戻れるんだから、ぎゃあぎゃあ叫ぶな」
ノアはハァとため息を零してから、ゆっくりした足取りでセドリックと距離を詰めていく。
「ちょ、待って!? まさかキスするつもりなわけ!?」
「当たり前だろ。テティスじゃ外からこの空間を破壊できないし、方法は一つしかないんだから」
「いやいやいやいや、落ち着いて! いくら美少年だからって、僕は男だよ!?」
「う、る、さ、い」
ノアはセドリックの正面に立つと、口元を覆っている彼の手を取る。
ヒッと体をビクつかせるセドリックにお構い無しに、ノアは彼の手の甲にそっと口付けた。
「え? 手?」
セドリックがそう呟いたと同時に、ガチャリと扉が開いた音が聞こえる。
ノアはローブの袖で自身の口を拭ってから、残念なものを見るような目でセドリックを見下ろした。
「キスとは書いてあるが、別に口にとは書いてないだろ」
「あ……」
「どうせキス=口という考えにしかならなかったんだろう? 童貞のお前らしい。少しは冷静になれ」
「その発言、全国の童貞を敵に回したからね!? というか僕を童貞って言い切るのやめてくれる!?」
そんなセドリックの発言を完全に無視し、ノアは出口である扉へと駆けていく。
セドリックはというと、テティスのためならば友の手の甲に躊躇なくキスするノアになんだか負けた気持ちになった。
「あー、ムカつく!」
セドリックは自分の手の甲をローブでゴシゴシと拭いてから、ノアの後を追ったのだった。
お読みいただきありがとうございました!
SS書くのとっても楽しい♫
明日はお待ちかねのテティス&ノア編です!




