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35話 ヴァイゼル湖の守り神

 

「ゴホッゴホッ……!」


 水を飲んだのか、クロエは咽ながら水を吐くと、うっすらと目を開けた。


「あ、れ? 私、湖に飛び込んだはず、なのに……」


 状況が理解できていないのだろう。クロエは水龍の手の上で横たわったままだ。


「お姉様……!」


 水龍に助け出されたクロエのもとに一目散に走り出したアーシャに続くように、テティスとノアも足を急かした。

 テティスはいつでも結界魔術を出せるように、ノアはいつでも戦闘に入れるように警戒しながらだ。


 状況からして、水龍がクロエを救ったのは間違いないが、だからといって水龍が交戦に出ないとは限らないからである。


「アーシャに、テティス様たち……? ……え? わたし、生きてる……?」


 ようやく少し意識がはっきりしてきたのか、クロエは自身が置かれた状況を確認するために辺りを見回した。

 そこで、自分が水龍の手の上にいることを理解したクロエは困惑した。何故水龍の手の上にいるのか、もしかして水龍が助けてくれたのか、もしくはこのまま食べるつもりなのか。


 疑問は恐怖に変わり、クロエは「きゃぁぁ……!」と叫び声を上げた。


「クロエ嬢、落ち着くんだ!」


 下手に水龍を刺激して攻撃に出られたら、クロエに危険が及ぶ。

 ノアが声をかけると、水龍はクロエを乗せた手を動かし始めた。


「テティス! 念の為にアーシャ嬢を守るための結界を!」

「はい!」

「お姉様ぁ! お姉様ぁ……!」


 クロエは水龍の体に触れているため、分断のための結界は使えない。

 そのため、テティスはアーシャだけでも守らなければと、彼女を囲うように結界を張る。


 どのような行動に出るか分からない水龍と、そんな水龍の手の上に乗っているクロエ、その動向を伺うテティスたち。

 現場には緊迫した空気が流れた、のだけれど。


「え……」


 まるで壊れ物を扱うかのように優しく、水龍はクロエをアーシャのすぐ側の地面に下ろした。

 考えもしなかった展開に、糸よりも細い声を上げたのは、クロエだ。


「どう、して……?」


 震える声でクロエが疑問を口にすれば、水龍はゆっくり彼女から手を、そして体全体を遠ざけていく。

 まるで、敵意がないと示すように、これ以上クロエを怖がらせないようにとするその様子に、全員が目を離せなかった。


(……やっぱり、水龍は──)


 それから水龍は、ゆっくりとヴァイゼル湖へと沈むように姿を消した。


 まだ消えぬ恐怖に、疑問、安堵。

 様々な感情が渦巻く中、テティスたちは誰一人声を上げることなく、最後まで水龍の姿を見つめていた。



 その後、無言でヴァイゼル湖を見つめ続けるテティスたちだったが、アーシャのすすり泣く声にハッと我に返った。


「アーシャ……」


 今にも泣きそうな顔をしたクロエが、アーシャに手を伸ばす。

 テティスが急いで結界を解けば、アーシャは思い切りクロエに抱き着いた。


「うわぁぁ……! お姉様が死んじゃうんじゃないかって怖かったよぉ……っ、お姉様の馬鹿ぁぁぁっ!」

「……っ、ごめんね。本当に、こんなお姉ちゃんで、ごめんね」


 大粒の涙を流すアーシャにつられるように、クロエも頬を濡らす。

 大好きな姉を目の前で失うかもしれない恐怖はどれほどのものだろう。アーシャの気持ちを考えると、テティスは胸が痛んだ。


 けれど、クロエがあのような行動を取った感情も全く分からないわけではない。


 罪を償おうとする気持ちも、罪悪感から逃れたい気持ちも、生まれて当然のもの。

 それでも、クロエにはこうして涙を流してくれるアーシャがいる。


「……テティス、今は二人きりにしてやろう」

「はい、そうですね」


 テティスはコクリと頷くと、ノアとともに倒れているセドリックたちのもとに歩き始めた。



 ◇◇◇



 それから約十数分後。

 アーシャの嗚咽が落ち着き始めた頃、言伝一つなく居なくなったクロエとアーシャを探しに屋敷の騎士や使用人たちがヴァイゼル湖に現れた。

 二人が屋敷中を探してもいなかったため、まさか……と思い、来てくれたそうだ。


 涙は止まったものの、白目と鼻先が真っ赤なクロエとアーシャに、使用人たちは心配そうに駆け寄る。何故クロエがずぶ濡れなのかも不思議がっていた。

 しかし、まずは休ませることが先決だろうと判断したのか、使用人たちはクロエはもちろん、そんなクロエと抱き合っていたことで体が冷えたアーシャをいち早く屋敷に連れ帰った。


 騎士たちはというと、倒れているセドリックたちを抱えたり、肩を支えたりして屋敷へ運んでくれている。

 屋敷にも轟くほどの水龍の咆哮や、この場の状況から、魔術師たちが水龍との戦闘の被害に遭ったのだろうと察した騎士たちは、皆労りの言葉をかけていた。


「筆頭魔術師様、お怪我をされているようですので、私の肩にお掴まりください」


 一人の騎士がノアの様子から怪我に気付き、駆け寄ってきては声をかけてくれる。

 屈強な体をした騎士だ。肩を借りるどころか、何ならノアでも抱きかかえられそうである。


「いや、俺は大丈夫だから、他の者に手を貸してやってくれ」

「承知しました。そちらの魔術師様はどうされますか? 女性騎士なら数名おりますが」

「私は怪我をしていないので問題ありません。ご配慮ありがとうございます」

「いえ、では失礼いたします」


 その騎士はノアに言われた通り、未だに倒れている魔術師たち──セドリックのもとに駆け寄った。


 セドリックの顔を見た際、騎士がポッと頬を赤らめて狼狽えながらも、姫抱きで運ぶ様子を見て、美少年も大変だな……とテティスは思った。


「さて、テティス、俺たちもゆっくり屋敷の方に歩いて行こうか」


 倒れていた魔術師たち全員が騎士たちに抱えられたところで、ノアがそう話を切り出した。


「はい。けれど、本当に騎士様の提案をお断りして良かったのですか? もちろん私でもノア様に肩を貸すことくらいはできますが、心もとないかもしれません」

「はは、大丈夫だよ。普通に歩くくらいならそれほど問題ない。それに、もう少しテティスと水龍について詳しく話したかったから」


 水龍と対峙している時、ノアには簡単な説明しかできていない。今後のことについては全く話せていなかった。


「分かりました。ただ、その前に一つだけ、やっておきたいことがあるのです」

「?」


 テティスはヴァイゼル湖の方に手を伸ばすと、手に魔力を集中させる。


(魔力はもうあまりないけれど、これならなんとか……!)


 そして、結界を張る時に加え循環を意識し、独立式の結界を発動させた。

 ノアは目を丸くし、テティスに問いかける。


「テティス、まだそんな魔力が残っていたのかい?」

「……いえ、あまり残っていなかったのですが、ここ最近の練習の効果で、独立式の結界を発動する際の魔力の効率を良くすることができたんです」


 テティスがホッと胸を撫で下ろせば、ノアは半ば呆れたようなのに、どこか愛おしそうに微笑んだ。


「ほんと、テティスには驚かされてばかりだな」

「うまくいって良かったです! ……とはいえ、なんとなく、もう水龍が暴れるようなことはない気がしているんです」

「……ああ。実は俺もそうだよ」


 二人は、水龍が静かに沈んでいった時の光景を頭に思い浮かべる。

 こちらを──いや、クロエをジッと見つめる水龍の目の色は、親が子を慈しむかのように温かく、優しかったから。


「……クロエ嬢の謝罪が、水龍に届いたからだろうか」

「どうでしょう。何せ相手は幻獣ですからね。人間の私たちには完全に理解できる日は来ないかもしれません。ただ、一つだけはっきりしているのは……」


 テティスはヴァイゼル湖に視線を移す。

 先程まで激しく揺れていた水面は落ち着き、今は柔らかな風により小さな水のひだがあるだけだ。


「水龍はクロエ様に死んでほしくなかった。……それだけは、確かです」

「……ああ。そうだね」


 そこに、風で舞ってきた一枚の緑の葉が浮かぶ。

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 一処にとどまらず、緑たゆたう穏やかな光景を、テティスは目に焼き付けた。

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