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34話 罪滅ぼし

 

「グォォォ……!」


 ノアの魔法攻撃を受けた水龍は絶叫し、バランスを崩した。


(今だわ……!)


 水龍の攻撃の手が止まったこと、ノアが来てくれたことにより冷静さを取り戻したテティスは、再びヴァイゼル湖を覆うような結界を発動させた。

 歪みのない高精度の結界を張れたことに、テティスはホッと胸を撫で下ろす。


「……って、待ってください! どうしてノア様がここに!?」


 結界に対しての集中力を保ったまま、テティスは振り向いて疑問を呈する。


 ノアは、アーシャとクロエに怪我をしていないかの確認してからテティスのもとへと歩いてきた。

 その足取りは、アーシャを助けた時とは違ってかなり重たそうだ。右手で左肩を押さえていることからも、昨晩の怪我の影響が大きいのだろう。


「ノア様、お怪我は大丈夫ですか……っ」


 すぐ側までやってきたノアに、テティスは今にも泣きそうな声で問いかけた。


「俺は平気だよ。できるだけ左肩に負担がかからないように走ってきたから。傷口も開いてないと思うし」

「思うって……。それで、何故こちらに? 鎮痛剤の影響で眠っていたはずでは……」

「水龍の咆哮が屋敷まで届いてね、その音で起きたんだ。テティスと……ついでに、こいつらが危険な目に遭ってるかもしれないと思って、急いで駆けつけたんだけど……」


 ノアは倒れている仲間たちを見て、眉を顰めた。


「少し遅かったみたいだ。ごめんね、テティス。君を不安にさせてしまった」

「謝らないでください……! ノア様が来てくださってどれだけ安心したか……! それに、アーシャ様を颯爽と助けるお姿、とても格好良かったです」

「うっ! テティスが無自覚に誘惑してくる……!」


 ノアは何かに堪えるような顔をしながら天を仰ぐと、少ししてから真剣な表情でテティスと向き直った。


「……さて、何故クロエ嬢とアーシャ嬢がここにいるのかとか、全員揃って打ち負かされたこいつらに後できつい仕置きをしないといけなとか、聞きたいことも言いたいこともあるが……。とりあえず、今は水龍をどうにかしないとね」

「はい」


 とはいったものの、明確な勝ち筋が見えてこない。

 アーシャの危険は回避できたが、水龍が危険なことには変わりなく、現在はテティスの結界魔術でその場を凌いでいるが、これもいつまで持つかどうか……。


(それにノア様は負傷している。無理はさせられないわ)


 ノアはここに来てからさも平気だという様を見せてくれているが、テティスは気付いていた。

 ノアの額に浮かんだ脂汗と、時折見せる苦悶の表情に。


「ノア様、やはりここは水龍が自然と湖の底に戻ってくれるのを待ちましょう」

「……いや、それじゃあテティスへの負担が大きすぎる。その様子だと、そんなに余力はないだろう?」

「っ、そんなことは……」


 強がって見せても、ノアはふっと柔らかく笑うだけ。どうやら彼にはお見通しのようだ。


 けれど、それならどうしたら良いのだろう。どうしたら、皆を守れるのだろう。


 テティスが必死に頭を働かせている、その最中だった。


「テティス、悪いが一度結界を解いてくれ」

「え?」

「そして、今度は俺が水龍と戦えるように、結界を張り直してくれないか?」


 思いもよらぬノアの提案に、テティスは目を見開いた。


「何を仰っているのですか……!? ノア様は今、怪我をしているんですよ……!?」

「そうだね。だが、この場で水龍とまともに戦えるのは俺だけだろう?」

「それは……そうですけれど……っ」


 ノアの怪我はそう軽いものではない。痛みから動きが鈍るのはもちろんのこと、魔力や集中力が乱れるのも想像に容易く、それは自身の命を危険に晒す行為だった。


「大丈夫だよ。少し時間がかかるかもしれないが、俺は筆頭魔術師として皆を──一人の男として、テティスを守りたいんだ」

「……っ」


 心配で、堪らない。行かないでと、泣いて縋り付きたい。

 けれど、ノアのあまりに力強い瞳に、決意のこもった声に、そんなことできるはずがなくて……。


(でも、分かりましたなんて、言えない……っ)


 テティスが涙を堪えて下唇を噛み締めていると、こちらに近付いてくる足音が聞こえた。


「ノア様が命をかける必要はありませんわ」

「「……!」」


 それは、何かを決心したような眼差しをしたクロエだった。


 アーシャは少し離れたところからクロエを心配そうに見つめている。


「クロエ嬢、何か手があるのかい?」


 ノアの問いかけに、クロエは小さく頷いた。


「……確信はありません。ですが、この方法なら水龍様に怒りを鎮めていただけるかもしれません」

「本当ですか……!? 教えてください、クロエ様……!」


 テティスは藁にも縋る思いだった。クロエの言う方法が成功すれば、ノアが危険な目に遭わずに済むのだから。


 この時、テティスは必死だった。

 だから、何故クロエが、今の今までそれを打ち明けなかったのかということにまでは、気が回っていなかったのだ。


「『生贄』ですわ」

「「……!?」」

「湖に身を投げ、水龍様にその身を捧げることで、お怒りを鎮めていただくのです」


 『生贄』──神に供物を捧げる、過去の遺物、風習というべきか。


 神といっても、その国や土地によって捉え方は大きく違うが、水龍に分類される幻獣種は、時折神のようだと崇められることがある。

 そして今回の水龍は、この土地の守り神として、数百年間もの間崇められていた。


「確かに……『生贄』を捧げるという話は聞いたことがありますが、あれは迷信では……」

「俺もそう思う」

「けれど、可能性がないわけではありません。それに、もしも、ここで筆頭魔術師であるノア様が命を落とせば国の大損害に繋がります。それならば、試してみる価値はあると思いませんか?」

「……試すとしても、一体何を捧げるつもりで──って、まさか……!」


 ここでテティスはようやく気が付いた。

 どうしてクロエが何かを決心したような眼差しをしていたのか、今になって『生贄』の話をしたのかということを。


「──もちろん、そのお役目は、私がお引き受け致しますわ」


 微笑みながらそう言い切ったクロエに、テティスは声を荒らげた。


「そんなのだめです、クロエ様……!」

「テティスの言う通りだ! 自分が『生贄』になるだなんて……!」

「……本当にお優しいのですね、お二人とも。テティス様なんて、水龍様が今もこうして怒っているのは私のせいだって分かっていますのに」

「……は? それは……どういうことだ」


 ノアは眉を寄せ、説明を求めた。


(そうだわ、ノア様はまだあのことを知らないんだった……!)


 クロエはいかにも自分が全ての原因であるかのように話しているが、実際はそうではない。

 この状況で長話をするわけにもいかないため、テティスは端的にノアに説明した。

 祠の現状や、そのことをクロエが秘密にしていたこと。ざっくりとその経緯も付け加えたが、ノアに対する恋心については自分が言うべきではないと判断し、話さなかった。


「そうか、そんなことが……。大体の事情は分かった」


 テティスの話を聞いて大方納得したノアは、クロエに視線を移した。


「罪悪感から、『生贄』に志願したのか?」

「……もちろん、それもあります。私は領主の娘だというのに、領民の安全よりも自分勝手な考えを優先しました。その罪は償わなければなりませんわ。……それに、必死に結界を張るテティス様や、無茶をしようとなさるノア様を見ていたら、迷惑をかけたのに、のうのうと生きようとしている自分に嫌気がさしたのです。ですから……」


 その瞬間、クロエは一瞬だけアーシャのほうに視線を向けて柔らかく微笑むと、再び口を開いた。


「邪魔をしないでくださいませ」

「きゃあっ……!」


 クロエはノアがいる方に向かって、テティスの体を思いきり突き飛ばす。

 ノアはテティスを受け止めることに成功したが、痛めている方の左肩に強い衝撃が加わったことで、二人は地面に倒れ込んだ。


「くっ……!」

「ノア様……! 大丈夫ですか……っ」


 ノアが地面とのクッションになっているおかげで、テティスの体に痛みはない。

 だが、体勢を崩し、更に集中力が完全に遮られたことにより、テティスが発動していた結界は一瞬にして壊れてしまった。


「待って、クロエ様……!」


 その隙にクロエは湖に向かって走り出す。

「お姉様……!」と叫ぶアーシャの声に一瞬だけクロエは走る速度を緩めたが、足を止めることはなかった。


「アーシャ……! ごめんね……っ」


 クロエがそう呟いた頃には、既に湖の畔に着いていた。

 視線を上にやると、はるか高い位置にある、水龍の瞳。

 クロエは不思議と怒りを感じず、あまり怖くなかった。


「水龍様、祠をあのまま放っておいてごめんなさい。役目を放棄したいと思ってごめんなさい。私が『生贄』になりますから、だから……テティス様を、ノア様を、皆を……アーシャを、もう傷付けないでください……っ」


 その言葉を最後に、クロエは湖に身を投げた。

 ゆっくりと沈んでいくクロエの姿に、アーシャは悲痛の表情を浮かべた。


「お姉様ぁぁ……!!」


 呆然とするテティスとノアの耳に、胸が張り裂けそうなほどのアーシャの悲鳴が響く。


(どうしてこんなことに……)


 テティスが絶望に打ちひしがれると、水龍は嘆くような咆哮を上げる。


 そして、水龍はクロエを追うようにして湖に潜った、次の瞬間だった。


「えっ」


 水龍は手にクロエを乗せ、再び湖から姿を現した。

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