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31話 運命だと思いたかった

 

 ──まさか初恋の相手だったとは思わなかった。

 テティスは、口をあんぐりと開いたまま、素早く目を瞬かせる。


「そのご様子だと、気付いていなかったようですね。まあ、私がノア様に謝罪するのに敢えてお二人の『水神祭』(デート)の日を選んでも了承してくださった段階で、気付いていないとは思いましたが」


 含みのある笑みを浮かべたクロエに、テティスはおずおずと問いかけた。 


「『水神祭』の日を選んだのは、あの日なら謝罪をする勇気が出るからではなかったのですか?」

「あれは建前ですわ。本当は、少しでもお二人の仲を引き裂くため……そして、ノア様に私のことを好きになってもらうためでしたの」

「……!」


 今考えると、ノアに対するクロエの言動には友と呼ぶには違和感を覚えることがあった。

 テティスが知らない昔の話をこれでもかと広げようとしたり、婚約者であるテティスの前でノアの腕に抱き着いたり、ノアだけを見てテティスをいないもののように扱ったり……。


(全て偶然だと思っていたけれど、クロエ様の様子からして、おそらくわざとだったのね……)


 ここまで言われて気付くなんて遅過ぎた。自分の鈍さが嫌になる。


(何より、少しショックだわ……)


 クロエとはたった数日間の付き合いしかない。それにテティスはマーレリア領に任務に来ているため、領主の娘であるクロエと馴れ合うような関係でもない。

 ……それは、テティスだってちゃんと分かっていた。


 けれど、クロエがノアの友人だと聞いて、彼女と仲良くなりたいという気持ちが生まれた。

 もちろんノアのためでもあったけれど、クロエのためにも過去のことについての謝罪と説明の場を設けてあげたいと思っていたというのに。


「……っ」


 驚きと、衝撃、悲愴感。

 悲しげな表情のテティスに、クロエはやや申し訳なさそうに眉尻を下げて口を開いた。


「……私、運命だと思ったんです。水龍様が暴れたことをきっかけに、またノア様に再会できたこと」

「運命、ですか……?」


 クロエはコクリと頷いた。


「だってそうでしょう? 私は毎日のお役目があるせいで、自由に他領や王都にはいけません。筆頭魔術師であり公爵であられるノア様とは、もう会えないのだろうと諦めていたんです。……けれど、会えた。もしもノア様を振り向かせることができたら、彼と結婚することができたら、私はこの土地から、お役目から抜け出せるかもしれない……。そう考えたら、きっとこの再会は運命なんだって、思って……」


 語尾が小さくなりながらもクロエは言葉を紡ぐと、一瞬口を閉ざす。

 そして、自嘲的な笑みを浮かべた彼女は、ゆっくり頭を振った。


「……ううん、違う。そもそも、祠のことを隠したまま、水龍様が暴れていることを解決しないままでは、私にそんな未来がこないことは分かっていました。でも、私にだってキラキラした未来があるって、それを叶えてくれるのはノア様だって、だからこれは運命の再会なんだって……そう、思い込みたかったんです。……だから、テティス様からノア様を奪おうとした」


 つい先程まで、テティスはクロエのこれまでの言動の意味を知ったことで、少なからずショックを受けていた。心にピキッと、歪が入った感覚があった。


 けれど、クロエの本音を聞いて、テティスの感情には変化が訪れた。


(クロエ様は私が想像していたよりもずっとずっと、追い込まれていたんだわ……)


 相手の立場になって考えてみるとよく言うけれど、これはなかなか難しい。

 どうしても自分という主観が入ってしまうからだ。どれだけ相手に寄り添っても、完璧にその人の感情が分かるわけではない。


 けれど、その上でテティスはクロエの立場になって考え、彼女の心の叫びを痛感した。


 数百年前から水龍はずっとヴァイゼル湖の奥に棲んでいたとされている。

 けれど、動きがあったのはここ最近のことだ。それまで、本当に水龍はいるのか、いるとしても生きているのかと疑問に思うこともあっただろう。

 そんな疑問を抱きながら、責任感や義務感だけで休みなく祠の管理をする大変さは、想像を絶する。


 現実から目を背けたくなるのも、運命という甘美な言葉に縋りたくなるのも、何ら不思議なことではなかった。


「……クロエ様は、本当に凄いです」


 凪いだ海のような穏やかな声でそう言ったテティスに、クロエは目を丸くした。


「何を仰ってるんですか……!? 私は自分の私利私欲のために祠の現状を隠し、更にテティス様からノア様を奪おうとしたんですよ……!?」

「分かっています。けれど、クロエ様の置かれた状況やこれまでの頑張りを知ったら、正直仕方がないのではないかと思えてきてしまったんです」

「……っ」


 クロエは唇を噛み締めて、小さく肩を震わせた。


「本当に甘いですわね、テティス様って……。私のせいで、ノア様に怪我までさせてしまったのに……」

「ノア様はご自身の怪我を人のせいにするようなお方ではありませんよ。それと、いくらクロエ様がノア様のことを好きでいらしても、あの方のことはぜったいに譲れません! 正々堂々勝負しましょう。負けませんよ……!」

「……ふふ、何です、それ……」


 震えた声で話したクロエは、ぽろぽろと涙を零す。

 それは地面に、いくつかの染みを作った。


「お姉様………っ」


 すると、木陰で休んでいたアーシャがクロエに駆け寄り、彼女にギュッと抱き着いた。

 クロエは少し戸惑いながらも、アーシャの背中に手を回し、抱き寄せる。


「アーシャ……ごめん。ごめんね。こんなお姉ちゃんで」

「ううん、お姉様は何も悪くないの。私こそごめんなさい……っ、お姉様はこんなに苦しんでたのに、気付かなかった……。私の体が弱いせいで、お姉様に沢山負担をかけちゃった……っ」

「それは違うわ、アーシャ」 


 クロエは何度も優しくアーシャの背中を撫でる。


「アーシャは体が弱いのに私のことを少しでも助けようとお花を摘んできてくれていたこと、その気持ちが、とっても嬉しかったわ。だから、水龍様の祠にお供えができなくなってからも、貴女が摘んでくれたお花を無駄にすることができなくて、ドライフラワーにしていたの。アーシャは、何一つ悪くないの」

「ふぇぇぇん……っ」


 縋るようにして互いを抱きしめ合い、涙する姉妹の姿は、テティスは穏やかな笑みをで見つめていた。

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