6話 勘違い、勃発!
正直なところ、頭を悩ませない方が、食事は数段美味しい。
せっかくこんなに美味しい料理をいただくのならば、余計なことは考えずに料理に集中すべきだったと反省したテティスは、ノアに部屋に不便はないか、足りないものはないかなど気遣ってもらいながら、お腹を満たしていった。
「これは……! もしや苺のケーキですか!?」
「ああ。今日は長旅で疲れただろう? 甘いものを沢山食べて、疲れを取ってほしいと思ってね。シェフに頼んでおいたんだ」
メイン料理の最中、「今日のデザートは楽しみにしておいてくれ」とノアに言われていたので期待に胸を膨らませていたテティスだったが、まさか自身の一番の好物が出てくるとは思わず、目を見開いてキラキラと輝かせた。
「〜〜っ!! 私! この世で苺のケーキが一番好きなんです! 本当に嬉しいです……! いただいても宜しいですか!?」
「はは、喜ぶテティスを見られて、こんなに嬉しいことはないな。おかわりもあるからたくさん食べてくれ」
「はい!」
実家では「無能なお前に高価な食事はやれん!」と家族とは食事を分けられていたテティス。もちろん、ケーキなんてものが食べられるはずがなかった。
だからテティスは、ヒルダの引き立て役として行った舞踏会やお茶会で、高確率で出てくる苺のケーキを食べることが楽しみだったのだ。
まあ、それも、ある程度の歳になるまでの話で、最近では出来るだけ人に注目されないために、壁の花に徹していたのだが。
「ああ……なんて美味しいのでしょう……! ふんわりとしたきめ細やかなスポンジ! 甘過ぎない軽くて滑らかな生クリーム! 酸味と甘味のバランスが素晴らしい新鮮な苺! ふぁ……幸せ過ぎます……」
「あははっ、本当にテティスは美味しそうに食べるな。見ているこっちが幸せな気持ちになれるよ」
食べてしまうのが勿体無いくらいに美味しいケーキに頬を緩ませていると、いつの間にか残りは上に乗っていた大粒の苺だけになっていた。
好きなものは最後に取っておくタイプのテティスは、一度息を呑んでから、フォークの先にある苺を口に運ぼうとすると。
「……やっぱり、苺は最後に食べるんだね」
「……? はい」
(やっぱり? ノア様も苺は最後に食べる派なのかしら?)
おそらく深い意味はないだろうと、パクンと苺を口に放り込む。
至福のときに「ん〜!」と喜声を上げるテティスに、既にケーキは食べ終えてコーヒーを飲んでいるノアが、「少し大事な話があるんだ」と喋り出した。
「はい、何でしょう?」
「一応アルデンツィ家への手紙にも書いたけれど、テティスにも伝わっているか確認したくてね。アノルト王国の貴族の結婚には、必ず婚約期間を三ヶ月設けなければならないことは聞いているかい?」
「いえ……申し訳ありません……」
手紙は全てテティスの父親が管理し、その内容を本人に口頭で伝えるという方法を取っていたのだが、どうやら父は言い忘れていたらしい。
(いくら私のことはどうでも良いにしたって、流石に伝達はきちんとしてほしいわね! さ、す、が、に!)
テティスが内心で愚痴ると、ノアが話を続けた。
「そうか。なら説明しておこうか。今日から約三ヶ月の間は、俺たちは婚約者だ。婚約期間を終えたら直ぐに入籍して、結婚式はまた後日と考えてるんだが、テティスは問題ない?」
「はい! 問題ありません!」
間髪入れずにそう答えると、ノアが突然テーブルに伏せてワナワナと震え始める。
(え!? 突然何!? 持病!? いや、ヴァンサンもルルも平然としてるから違うわね!?)
テティスは部屋にいる使用人たちの様子を確認しつつ、「ノ、ノア様……?」と窺うように声をかけると、ノアは未だにぷるぷると体を震わせながら、ゆっくりと顔を上げた。
「済まない……。即答されたのが嬉しくて」
「はい?」
「突然婚約の申し入れをしたから、結婚をするまでにもう少し婚約期間を設けてほしいと言われても仕方がないと思っていたんだ」
テティスとしては輿入れする時点ですぐさま入籍する可能性を視野に入れていたので、むしろ三ヶ月も婚約者の状態でお世話になってしまっても良いのかと不安なくらいだ。
それを口にすると、「そんなこと一ミリさえも気にしないでくれ。俺が婚約者の段階から傍に居てほしくて屋敷に来てもらったんだから」とノアに食い気味に説明され、テティスはほっと胸をなで下ろした。
すると、頬をやや赤く染めたノアが、照れくさそうに口を開く。
「これは直接会って話したほうが良いと思って手紙には書いていなかったんだが……」
「はい」
「今回、俺がテティスに婚約を申し入れた理由というのは──」
「そそそそ! その件につきましては!!」
ノアの言葉を遮るように、テティスは少しばかり声を張り上げる。
そんなテティスに驚いたノアが素早く目を瞬かせていると、テティスはカッと目を見開いて、ずいと上半身を乗り出した。
「承知しております……!! 何故ノア様が私に婚約を申し入れたかについては、重々承知していますから、みなまで言う必要はありませんわ……!!」
ノアがテティスのことを、ヒルダの代わりとして、愛する人の代わりとして婚約者に選び、丁重に扱っていることは分かっている。
それに対してテティスが、恩義を感じる必要はないのだろう。
だが、テティスはノアに感謝していた。
嫁いで来て数時間で、既にテティスは誰よりも実感していたのだ。今が一番、人生で大切にされていると。
なにも、広い部屋や美しいドレス、豪華な料理が惜しいのではない。もちろんそれらだって嬉しかったけれど、そういう物自体ではなく。
(嬉しかったの。仮初でも、テティスを求めてくれていることが。今まで、誰にも必要とされなかったから)
だからテティスは、ノアが自らの口から理由を話すことを止めたのだ。
自らの口でテティスに、ヒルダへの恋心を語ること。つまりそれは、自身の恋が叶わなかったのだと、ノアに痛感させ、彼の心を傷つけてしまうのではないかと思ったから。
「──そう、かい? ならテティスは、俺の気持ちを知っているんだね……?」
少し驚いたように問いかけたノアに、テティスは力強く頷いた。
「はい! 勿論です!! ですからどうか、わざわざ口になさらないでくださいませ……!」
「そうか。分かったよ」
穏やかな笑みを浮かべて同意を示してくれたノアに、テティスは、良かった……と、つられるように笑う。
──しかし、テティスはこのとき知らなかった。
「テティスは照れ屋さんだったのか。そういうところも可愛過ぎるな……」
「えっ? 何か仰いました……?」
自身とノアとの間に、大きな勘違いがあることを。
「いや、テティスは可愛いなって、言っただけだよ」
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