29話 水龍の祠
◇◇◇
「セドリック様、さっきまでクロエ様とお話されていたのですか……!?」
「うん」
ヴァイゼル湖に到着したテティスは、どこかから戻ってきた様子にセドリックに話しかけ、先程まで彼とクロエが話をしていることを知った。
珍しい組み合わせだが、今はそれどころではない。
ノアが目覚めたことを伝えたテティスは、水龍が暴れる理由が祠にあるかもしれないこと、そのことをクロエが隠していたかもしれないことをセドリックに説明した。
そして、クロエと話をするために「もう少しだけ交代は待ってくださいませんか?」と頼むと、セドリックは自身の頭をくしゃりと搔いた。
「あのねぇ、そもそも僕はノアの側にいてよって言った身で、テティスに持ち場を交代してもらおうなんて思ってないんだから、そんなお願いしなくていいよ」
「す、すみません……」
「ちょっと、怒ってないから凹むのやめてよ。……それにしても、あの女がそんな大層なことを隠していたとはね」
セドリックが腕を組みながらそう言うと、彼の周りでテティスの話を聞いていた魔術師たちも似たような反応を見せた。
怒っているというよりは、単純に何故なのだろうという不思議が大きいようだ。
(それもそうよね。水龍が暴れるようになった原因かもしれないことを隠して、一体クロエ様に何の特があるの……?)
テティスが口元に手をやって考えていると、セドリックがパンと両手を叩いた。
「ま、考えるのは後だね。せっかく解決の糸口が見えたんだ。テティス、クロエ嬢から話を聞いてきて」
「はい! では早速──と、その前に、クロエ様がどちらに行ったかご存知ですか?」
テティスの質問に、セドリックは「あーそういえば」と言って、水龍の祠がに続く道の方を指さした。
「言うの忘れてたけど、あの女、さっき水龍の祠の方に走っていったんだよね」
「……! それは本当ですか……!?」
「間違いないよ」
これは困ったことになった、とテティスは頭を抱えた。
水龍の祠にはマーレリア家の人間しか近付いてはならないという決まりがあるからだ。
「……どうするかな。クロエ嬢が戻って来るのを待つ? 丸一日祠のそばで過ごすなんてことはないだろうし、勝手に誰かが祠に近付いて、最終的にこの場を任せられているノアが責任を取らされるのも悪いしね」
「……そう、ですね…………」
何故クロエが秘密にしていたのかを知りたい、アーシャの言う通りクロエに秘密を抱えてほしくない。
そう強く思っているテティスは、可能ならばできるだけ早くにクロエと話をしたかったのだけれど、セドリックの言葉に同意を示した。
「致し方ないですね……。クロエ様が戻って来られるのを待つしか──」
「あのっ」
しかし、その時だった。屋敷からヴァイゼル湖に続く道から、少女の声が聞こえたのは。
「アーシャ様……! どうしてこちらに」
「ごめんなさい。危険だっていうのは分かってるんですが、お姉様のことが気になって……来てしまいました」
謝罪するアーシャに、テティスは首を横に振る。
姉を大切に思った故の行動を、責められるはずはなかった。
「あれ……? お姉様はここに来ていないのですか?」
辺りを見回したアーシャは、目的の人物がいないことに疑問を呈した。
「実は、祠の方に向かわれたみたいで……。どうしようかと話していたところなんです」
テティスがそう言うと、アーシャは「あっ」と何かを思いついたように声を上げた。
「それでしたら、私と一緒に祠に向かうのはどうでしょう? 私はマーレリア家の人間ですし、こちらから同行をお願いしたと言えば、問題にはならないんじゃないかなって」
「名案です、アーシャ様……!」
「確かに、それならいけるかも」
これならノアに迷惑をかけることもなく、すぐにクロエと話をし、彼女の秘密という呪縛を解いてあげることができる。
「あ、でも……アーシャ様がクロエ様に怒られるようなことにはなりませんか?」
「……お姉様は今回、とても大切なことを秘密にしてしまったけれど、本当はとても真面目で、優しいんです。だから、テティス様たちの協力をしたことで、怒ったりはしないと思います」
アーシャの口調から、強がりで言っているわけではないことが分かる。
テティスはコクリと頷いてから、早速行こうとアーシャとともに祠へと続く道を歩き始めた。
◇◇◇
「もうすぐ、見えてくると……思います」
水龍の祠に向って歩き出して数分。
祠の手前にあるらしい坂を登りながら、テティスはアーシャの様子を伺うように見つめた。
「アーシャ様、大丈夫ですか? 一度休憩しますか……?」
「だ、大丈夫です……これくらい……。それに、もう少しですから……」
アーシャは体が弱く、ベッドで横になっている時間が多い。おそらく同世代と比べてかなり体力が少ないのだろう。
額にはじんわりと汗をかいており、まるで重りがつけられたように足の進みが遅くなっているのが見て取れる。
「でも──」
「この坂を登りきれば……水龍様の祠がある場所に、着きますから……。あっ、テティス様、見えて、きました……っ」
呼吸を乱しながら、アーシャは前方を指差す。
テティスはアーシャから前方に視線を向け、その光景に目を見開いた。
「祠の姿が、一切見えない……」
土砂が積もった平地の周りには、斜面が抉れた山々がそびえている。
大雨によって山の斜面の土砂が崩れ、平地にあった水龍の祠を飲み込んでしまったのだろう。
「……クロエ様」
そして、その土砂をぼんやりと見つめる女性が一人。
テティスに名前を呼ばれたクロエは、驚いた様子で振り向いた。
「! どうして、ここにテティス様が……! っ、アーシャまで何で……っ」




