27話 選ばれなかった者たち
◇◇◇
一方その頃、セドリックは神妙な面持ちでヴァイゼル湖の警戒に当たっていた。
周りの仲間たちも、あの最強と謳われるノアが水龍の攻撃によって負傷したことを知っているため、気が抜けない様子だった。
(ノアはそろそろ目が覚めたかな)
風により穏やかに揺れる水面を見ながら、セドリックはノアのことを思い浮かべる。
心配と罪悪感、そして自身への嫌悪感が、心を支配した。
(ほんと僕、情けない……)
自然と溜め息が溢れてくる。誰かも守るための結界魔術師が、身を呈して守られるなんて──。
「セドリック様……」
暗い表情をしているセドリックに数名の仲間が声をかけようとしていると、屋敷へと繋がる道から女性の声が聞こえてきた。
「セドリック様はいらっしゃいますか?」
「……! クロエ嬢……」
突然現れたクロエに仲間たちはざわつき、セドリックは怪訝げな顔をした。
昨晩水龍が暴れていることは伝えているあるというのに、何故彼女はこの場所に来たのだろう。危機感がなさすぎる。
しかも、クロエが好意を持っているだろう相手──ノアは、現在屋敷の自室で療養中だ。
屋敷を任されているクロエがそのことを知らないわけはなく、彼女のことならノアの見舞いにでも行きそうなものだというのに……。
「どうしてここに?」
セドリックはそう問いかけながら、クロエの顔をじっと見つめる。
ノアの身を案じているためか、彼女の顔は真っ青だった。
「二人きりで、セドリック様とお話したいことがありますの。お時間いただけませんか?」
「あんたが僕と? ここじゃあ話せないの?」
「ええ。あまり人に聞かれたくない話でして」
マーレリア領に来てから、クロエと言葉を交わしたことは数回しかない。任務に関わるクロエとのやり取りは主にノアが行っていたからだ。
(ノアが深手を負ったから、ノアの代わりに僕と任務の話をしたいのか?)
そう考えたけれど、すぐに否、と結論が出た。
任務に関わる話ならば、別にこの場でできるだろう。
他の魔術師たちに聞かれたくないとすると……。
(間違いなく、個人的な話なんだろうな)
けれど、セドリックとクロエは個人的な話をするような仲ではない。それはクロエだって分かっているはず。
だというのに、わざわざこのタイミングで、この場所にクロエはやってきた。セドリックと二人で話すために。
「……分かった。けど、いつ水龍が暴れ出すか分からないから、あまりこの場所からは離れられない。それでも良い?」
「もちろんです。では、こちらへ」
何か事情があるのだろうかとクロエの気持ちを汲んだことが、彼女の提案を受け入れた理由の一つ目。
二つ目は、ここまで言われたら話を聞かなければもやもやするという思いからだ。
(にしても、一体何の話なんだ……)
セドリックは仲間たちに少しだけ外すことを伝え、クロエの後をついていく。
そして、彼女は水龍の祠がある道の入り口付近で足を止めたため、セドリックも足を止め、二人は向き合った。
「それで、話って? ……って、あんた本当に大丈夫? なんかさっきより顔が真っ青だけど」
「!」
セドリックの指摘に、クロエは大きく肩をビクつかせた。
一応心配して聞いただけなのに、何故こんな反応をされるのだろうかと、セドリックは疑問に感じた。
「……体調悪いの?」
「い、いいえ、大丈夫ですわ」
「それなら、ノアのことが心配でしょうがないとか?」
「ま、まあ、そうですわね……」
クロエの声にどんどん覇気がなくなり、小さくなっていく。それに、かなり挙動不審だ。
(何? この態度)
セドリックが訝しげな目で見つめると、その視線に気付いたクロエはハッとして話題を切り替えた。
「本題に入らせていただいてもよろしいですか?」
「ああ、うん。それで、何?」
クロエは一度深呼吸をしてから、口を開いた。
「薄々感じたことなのですけれど……」
「……?」
その瞬間、クロエにねっとりとした視線を向けられ、セドリックは背筋に悪寒が走った。
「セドリック様って、テティス様のことが好きなんですよね?」
「……!?」
それは、昨夜ノアにも指摘されたことだった。
そして、同時にセドリックが自身の恋心に気付かされた言葉だった。
(……ノアはまだしも、この女にもバレるくらい、僕って分かりやすかったんだ)
セドリックは自身の愚かさに呆れ、乱雑に前髪をかきあげた。
「何で気付いた?」
「だって、セドリック様がテティス様を見つめる目がとても優しいんですもの。とても気遣ってもいましたわね」
「…………」
「それに、『水神祭』の時に、ノア様とテティス様が仲睦まじく去っていく様を眺めているセドリック様の目……。あー、恋をしているんだなと、確信を持ちました」
クロエの口ぶりからして、どうやら言い逃れはできないようだ。
しかし、任務中。こんなところで無駄話をしている暇はないセドリックは、クロエに冷ややかな目を向けた。
「だったら何なの? 僕がテティスを好きなことがあんたと関係ある? 恋愛の話をしたいだけなら、悪いけど僕は持ち場に戻るよ」
「……っ、お待ちください!」
仲間たちのもとへ戻ろうとしたセドリックだったが、切羽詰まった声で呼び止められたため、足を止めた。
「……何なの。僕は忙しいんだけど」
ただでさえ、ノアやテティスへの罪悪感と寝不足から気分が良くない。
それなのに、何故大して関わりのないクロエとこんな不毛な話をしなければならないのだろう。
明らかに不機嫌な瞳で睨んでくるセドリックに、クロエは額に冷や汗を滲ませる。
そして、クロエは握手を求めるようにそっと手を差し出しながら、意を決して口を開いた。
「もうお気付きだとは思いますが、私はノア様が好きです。そして、セドリック様はテティス様が好き。……ですから、互いの恋を叶えるために、私たち、協力しませんか?」
「は……?」




