21話 君は可愛い男の子?
◇◇◇
──同時刻。
ノアとクロエのもとから立ち去ったテティスは一人、人混みであふれかえる広場で歩いていた。
「ハァ……。さすがにさっきのはわざとらし過ぎたかな……」
あんなに楽しみだった露店を見て回っているというのに、全く気分が乗らない。
心がもやもやしているのが原因だろう。
(というか、どうしてあんな言い方をしてしまったのかしら……。クロエ様が少しお話があるみたいですよって、普通に話せばよかったのに……)
クロエがノアと二人きりで話せる機会をお膳立てすることが、テティスの仕事だった。
別にあんなふうに嘘をつく必要はなかったのに、早くあの場を離れなければと無意識に焦ってしまったのだろうか。
「……うん。どんな理由があったにせよ、嘘をついてしまったことは、後でノア様に謝罪しましょう……!」
拳を握り締め、決意したテティスは周りの邪魔にならないよう少し人がまばらになっている場所に移動すると、ふと足を止めた。
「それにしても、今頃話し合いはどうなっているのかしら」
クロエは説明を果たし、ノアの心の傷を取り除くことはできただろうか。
そうであって欲しいと、テティスが心から願った、その時だった。
「あれー? お姉さん、一人?」
「せっかくだから、俺たちと『水神祭』を楽しもうよ」
「……!」
真っ赤な顔で、全身からアルコールの匂いを漂わせている若い男性の二人組。
かなり酔っ払っているのだろう彼らに話しかけれたテティスは、ノアの言葉を思い出し、驚きのあまりその場に立ち尽くした。
『テティスのあまりの可愛さに、酔っ払いたちがテティスに近付いてくるかもしれないから』
(ま、まさかノア様が仰っていたことが現実になるなんて! いや、可愛いかは別だけれど!)
こんなふうに見知らぬ男性に話しかけられる機会なんてこれまでになかったため、テティスは戸惑った。
「えっ、えっと、今は一人ですが、一人で来たわけではないというか? こ、これは……どうしたら……」
そのため、思ったことが口から出てしまう。
不慣れなテティスの様子に男たちは気を良くしたのか、ニヤリと口角を上げた。
「困ってるの? 可愛いね〜」
「今一人なら、俺たちと一緒でも問題ないでしょう? ほら、行こう行こう!」
「えっ!? ちょっと待ってください……!」
男の一人に無理矢理手を握られたテティスは背筋がゾクリと震えるような感覚を覚える。
(ノア様以外に触れられるのって、こんなにも嫌な気持ちになるんだ……っ)
体も心も彼らを拒絶したテティスは、その手を振り払らう。
しかし、泥酔しているからなのか、テティスのそんな拒絶にさえ喜ぶ男たちは、またもや手を伸ばしてきた。
「……っ、やめて……!」
結界魔術を使えば、彼らに触れられるのを防ぐことはできるけれど、騒ぎが大きくなってしまう可能性があるため、あまり使いたくない。
『水神祭』を楽しんでいる領民たちに水を指したくないと考えたテティスは、どのようにして穏便にこの状況を打破できるかと思案した。
(よし、全速力で走ればなんとか……って、こんな人混みじゃあ、そんなの無理よね)
逃げ出す術も、彼らに自発的にやめてもらう方法も思い浮かばず、テティスは焦燥感に苛まれた。
「ねぇ、何してるの?」
その瞬間だった。ノアよりも幾分か高い、棘のある声がテティスの背後から聞こえた。
「セドリック様……!? 今はヴァイゼル湖にいるはずでは?」
振り向けば、そこには大きな目を吊り上げたセドリックの姿があった。
セドリックが『水神祭』に参加するのは、テティスたちがヴァイゼル湖に戻ってきてからのはず。
それなのにどうしてここにいるのだろうと、テティスは不思議そうに目を瞬かせた。
「テティスがノアと離れるって言ってたから、もしかしたら一人で寂しい思いをしてるかと思って、少しだけ持ち場を抜けてきた。……まさかトラブルに巻き込まれてるとは思わなかったけど」
「えっ」
「ああ、大丈夫。ヴァイゼル湖に異常はないし、テティスの独立式の結界が発動してる限りはそう簡単に危機には陥らないから」
「あ、いえ、そういうことではなくて……」
別にテティスは、セドリックが私利私欲で持ち場を抜け出すなんて考えていなかった。彼は時折口が悪いけれど、真面目で責任感を持っている人だから。
(……ううん、だからこそ驚いているのかもしれないわ)
そんなセドリックが『テティスが一人で寂しい思いをしているかもしれないから』なんて理由で、この場にいることが信じられなかったのだ。
意外と世話焼きなところがあるセドリックだが、まさかここまで優しいなんて──。
(なんって、仲間思いなんでしょう!! さすがセドリック様です!)
テティスが一人感動していると、セドリックが口を開いた。
「……それで、あんたらさ。その子に触んないでくれる?」
静かな足取りでセドリックはテティスの前まで歩くと、テティスを庇うようにして男たちと対面する。
「ハァ?」と凄む男たちだったが、セドリックの顔をまじまじと見ると、突然鼻の下がびよんと伸びた。
「びっくりした! 凄い上玉だ……!」
「ほんとほんと! ねぇねぇ、君は名前なんて言うの? 俺たちと一緒に遊ぼうよ」
「は?」
「え?」
男たちの発言に、セドリックからは聞いたことのないような低い声が、テティスからは裏返った声が漏れた。
(まさか、セドリック様のことを女性だと思っているの……!?)
確かに、セドリックはとても顔が整っている。
体つきも比較的華奢で、声も高め。まさに美少年というに相応しく、非常に可憐だ。
更に、男たちはかなり酒に酔っている様子だ。セドリックを女性と間違うのも分からないでもなかった。
(セドリック様が軽くお化粧をしたり、ドレスを着たら、向かうところ敵なしの絶世の美少女になるんだろうな……。ちょっと見てみたい気が……って、そうじゃなくて)
妄想を一旦頭の端に追いやったテティスは、怒りから体をプルプルと震わせるセドリックに視線をやった。
「あのねぇ! 確かに僕はものすっごい美人だけど、美女じゃないから! 美少年だから!」
「「嘘!?」」
「ほんと、馬鹿なこと言わないでよね、この酔っぱらいども! 僕は正真正銘男だから!」
「「いやいやいやいや」」
男たちは信じられないと顔を横に降ると、こんどは互いの顔を見合わせてから、意を決したように頷いた。
「俺たちから逃げるためにそんな嘘をついたってだめだよ! かわい子ちゃん!」
「は!?」
それは突然のことだった。
男の一人が、自身の肩にセドリックを乗せるようにして、彼を担いだのだ。
「そうだそうだ。そっちの女の子も一緒に、四人で最高の夜を過ごそうよ!」
「えっ!?」
続いて、もう一人の男がテティスの手首を思いきり掴んだ。
「……っ、やめてください!」
「テティス……! あんたら! ほんとにいい加減にしなよ!」
あまりの力に、今度は手を振り払うことは叶わなかった。
セドリックは逃れようと体をばたつかせるが、男のほうが力が強いのか、あまり意味をなしていない。
体が触れ合っていては、最終手段である結界を作って隔たりを作ることもできなかった。
(どうしよう、どうしよう……!)
セドリックのことも巻き込んでしまい、テティスの胸には罪悪感が巣食う。
それに、怖い。このまま男たちについていったら、どうなってしまうのだろうか、と。
「ノア様……っ」
テティスは堪らず、愛おしい人の名前を呼ぶ。
「うわぁぁ! 何だこれ! 俺の足がぁぁ!」
すると、突然男が叫び出し、より一層掴まれた手に力が入った。
同時に、足元の方からひんやりとした冷気を感じたテティスは何事だろうかと、男の足元に視線を移す。
男の両足の膝から下は、指先がピクリとも動かないほど、強固な氷で固められていた。
「この魔法──」
テティスは視線を上げ、セドリックと、セドリックを抱えている男が向けている視線の先を見つめた。
「おい、テティスに触れるな」




