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19話『水神祭』

 

 次の日の夕方。

 ヴァイゼル湖に変化がないため、予定通り『水神祭』に行くことになった。


「テティス、広場に行く前に少し屋敷に寄ってもいいかい?」

「はい。もちろんです」


 魔術師の半数が『水神祭』の会場である街の広場に向かう中、テティスはノアとともに屋敷へと向かう。

 そして到着すると、ノアに少し待っていてと言われたので、テティスは一人エントランスで彼を待っていた。


「お待たせ、テティス」


 約十分後。

 急いで戻ってきたノアの手に抱えられているものに、テティスは目を見開いた。


「ノア様、それって『水神祭』で皆さんが纏う衣ですか?」

「ああ、そうだよ。屋敷に余っていたものがあるようだったから、二枚借りてきたんだ。どうぞ、テティス」

「あ、ありがとうございます……!」


 テティスは衣を受け取ると、それを開いて見てみる。

 ほんの少し透けている深い青色の布。風通しが良さそうで、とても涼しそう。バスローブのような形をしていて、服の上に羽織るもののようだ。


(ノア様、本当に優しいな……)


 せっかくだからと事前に衣のことを聞いておいてくれたのだろう。

 彼のそういう気遣いの深さに、テティスは彼に愛情がこみ上げてくる。けれど同時に、胸が痛んだ。


(広場についたら、私はノア様と離れなきゃ……)


 時間が来たら、テティスたちはヴァイゼル湖の警備に戻らなければならない。

 そのため、あまり時間がなく、広場についたらすぐにクロエと合流し、テティスはノアと離れなければならないのだ。


「魔術省のローブは脱いで、代わりにこれを羽織ろうか」

「…………」

「テティス、どうしたの?」

「あっ、すみません。少しボーっとしていて……! ローブは脱いだほうが良さそうですね」


 テティスはしっかりしなさいと自分に言い聞かせると、ノアと一緒にローブを脱ぐ。

 すると、すぐさま近くにいた使用人が受け取ってくれた。二人が屋敷に戻るまで、保管しておいてくれるらしい。


「それじゃあ、行こうか」

「はい」


 二人は深い青色の衣を羽織ると、街の広場へと足を運んだ。

 ノアは「地上に舞い降りた水の妖精のようだ」と絶賛してくれているけれど、テティスの足取りはいつもよりも重かった。



 ◇◇◇



「わあ……! 青い衣がこんなふうに見えるなんて……! なんて綺麗なんでしょう!」


 屋敷から徒歩で二十分足らずのところにある、街で最も大きな広場。その入口の端、周りの邪魔にならないような場所からテティスは会場を見つめる。


 領民たち全員が集まっているのではと思うくらいに人が多く、暗闇を照らす多くのランタンの光によって皆の青い衣が透けているのが幻想的だ。


「本当だね。だが、テティスが一番綺麗だよ」

「……っ、ありがとうございます」


 息を吸うように褒めてくるノアに照れつつ、テティスは周辺を見回す。


「物凄い賑わいですね」

「ああ、もう既に踊っている人もいるみたいだよ。ほら」


 ノアの目配せの先を見つめれば、皆が手を取り合って好きなように踊っているのが見えた。夫婦や恋人、友人同士や、親子、はたまた犬や猫を抱き上げて踊っている者、様々だ。

 ステップもリズムも各々の自由らしく、舞踏会のダンスとは全く別物と考えて良さそうだ。


「皆さん、楽しそうに踊ってますね」

「俺たちも後で踊ろうか? ここなら、別にセドリックに教わったステップは必要ないし、テティスの好きなように踊ってかまわないから」


 ノアの言葉を聞いて、まだ彼と思いが通じ合っていなかった頃のことを思い出す。


(ノア様の婚約者として夜会に参加することになったから、苦手なダンスをどうにかするためにセドリック様にレッスンをつけていただいたのよね)


 セドリックには壊滅的に下手くそだと言われたが、彼が匙を投げずにレッスンに付き合ってくれたおかげで、一応見られるくらいには成長できた。

 だが、あれ以来、結界魔術師として多忙を極めていたテティスは、ほとんどダンスのレッスンを受けおらず、ダンスを披露する場面もなかった。つまり、また壊滅的な下手くそに戻ってしまっている可能性があるわけで……。


「ノア様、好きに踊ると言っても限度があります……。私のダンスでは、『水神祭』に悪魔が降臨したかと思われるかもしれません……」

「何を言ってるんだい? テティスのダンスは妖精の空中散歩のように軽やかで華やかで独創的なんだ。胸を張っていい」

「あ、あはははは……」


 真面目な顔で褒めてくれるノアに、テティスはとりあえず笑っておいた。軽やかで華やかなだけならば良かったのにと思わなくもないが、それはさておき。


「とはいえ、ダンスは後にして、先に露店を見て回ろうか。テティスは露店が一番気になるだろう?」

「は、はい。それはそうなんですが……」


 広場についたら、入口付近でクロエと落ち合う予定だ。そもそも約束の時間なので、もうすぐここに来るだろう。

 ノアの誘いはとても嬉しいものだったけれど、テティスはこの場を動くわけにはないかなかった。


「まずはどの辺りから回ろうか? 食べ物を扱っている露店や、装飾品や工芸品を扱っている露店、他にも色々あるけれど、テティスはどうしたい?」

「そ、そうですね……。少しだけ考えても良いですか?」

「もちろん。だが、手を繋ごうね。テティスのあまりの可愛さに、酔っ払いたちがテティスに近付いてくるかもしれないから。絶対に俺から離れないで」

「……っ」


 ノアの弾んだ声や、楽しそうな笑顔、力強いのに優しい握り方に、ズキズキと胸が痛む。

 おそらく、これから一緒に露店を見て回るのをノアも楽しみにしてくれているのだろう。


(でも、クロエ様の説明と謝罪はきっとノア様にも必要なはず。もしも、私の行動が余計な世話だったのなら、後で精一杯謝罪しよう)


 そうテティスが考えていると、人混みの中からこちらに向かってくる女性の姿が見えた。

 白っぽいワンピースの上に深い青色に衣を羽織った、クロエだ。


「ノア様、テティス様、こんばんは」

「……! クロエ嬢。やあ、こんなに人混みで会うなんて偶然だね」

「こんばんは、クロエ様」

「ふふ。お二人が『水神祭』に参加してくださることがとても嬉しいですわ」


 最低限の挨拶を済ませると、ノアを見つめていたクロエの視線がテティスへと動く。

 その目は、クロエがノアと二人きりにしてほしいという合図だった。


 テティスは大きく息を吸い込み、そして意を決して口を開いた。


「あっ、あー! なんだか急に甘いものが食べたくなってきました! 私は露店に並んでまいりますので、ノア様は少し待っていてください!」

「は? ちょ、テティス……!」


 咄嗟に手を離されたノアは反応できず、捕まえんとテティスに手を伸ばしたが、それは空を切った。

 テティスは小さな体を利用し、人混みを避けながら広場の入口から離れていく。


「待って、テティス! それなら俺も一緒に──」


 かなりの人混みのため、早く追わないとテティスを見失ってしまう。

 ノアは急いでテティスの後を追おうとしたのだが、突然クロエが地面に膝をついたことでそれは叶わなかった。


「っ、いた、い……」

「……!?」

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