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15話 花畑

 

 ◇◇◇



「皆様とても協力してくださいましたが、結果は残念でしたね……」


 三人で領民に聞き込みをして数時間。

 空が茜色に染まり始めた頃、屋敷に戻るテティスの表情は暗かった。

 クロエの協力もあって、若者からお年寄りまで様々な人に水龍についての話を伺うことはできたのだが、これと言った収穫を得られなかったためだ。


「落ち込まないで、テティス。文献の方で何か分かるかもしれないし、また別の人に聞いたら何か情報が得られるかもしれないしね」

「確かに、そうですよね……!」


 励ましてくれたのは、自身の右隣を歩くノアだ。


(それに、解決の糸口が見つからなかったことに、一番悲しんでいるのはクロエ様のはずだもの)


 領主の娘として、いち早く水龍が暴れる原因を突き止めたいはず。

 テティスはクロエの様子か気になって、ノアとは反対側──自身の左側を歩くクロエへと視線を向けた。


(あれ? あまり落ち込んでいるようには見えない……)


 領主の娘として、平静を保っているのだろうか。


(……きっと、そうよね)


 テティスは自身を納得させる。


 すると次の瞬間、突然足を止めたノアに手を握られたテティスは、僅かに体を前のめりにしながら足を止めた。

 そして、驚きがこもった目で彼を見つめる。


「テティス、少し見て回りたいところがあるから、俺たちはここで失礼しようか」

「わ、分かりました! しかし、クロエ様をお屋敷までお送りしなくては」

「ははっ、テティス、あっち見てみて」


 ノアはニコリと微笑みながら、進行方向を指さした。


「あ……。もう、屋敷の目の前……」


 クロエのことを考えていたせいで気付いていなかったが、もう屋敷の前まで到着していたらしい。


「申し訳ありません……! 考え事をしていて……」

「気にしなくて大丈夫だよ。クロエ嬢、ここからなら一人で大丈夫だろうか?」

「え、ええ。それはそうですが……。少しくらい屋敷で休憩されてはいかがですか? お茶や軽食をすぐに準備させますし──」


 クロエの提案に、ノアはテティスの手を握っている方とは逆の手を出して制した。


「いや、気遣いは無用だ。行こうか、テティス」

「は、はいっ。それではクロエ様、失礼いたします……!」


 それからテティスはノアとともに、再び歩き始める。


「──良いなぁ……。テティス様ばっかり」


 だから、テティスの後ろ姿を恨めしそうに見ながら、クロエがそんなふうに呟いていることに、二人が気付くことはなかった。



 ◇◇◇



「あの、どちらに向かっているのですか?」


 クロエと別れてすぐのこと、テティスから戸惑いの声が零れた。

 領民たちへの聞き込みが終わったら、屋敷に戻るか、もしくはヴァイゼル湖の様子を確認しに行くものだと思っていたのに、ノアの向う先はどちらでもなかったからだ。


(セドリック様たちから連絡がないから、ヴァイゼル湖に変わった様子はないんだろうけれど、一体どこに……?)


 疑問の表情を浮かべるテティスに、ノアは優しげな声で話しかける。


「着いてからのお楽しみだよ。大丈夫、もうすぐだから。あ、疲れてるならいつでも抱えるけれど。むしろ抱えてもいい?」

「!? 自分で歩けますから! 大丈夫です……!」

「くっ……焦ったテティスも最高に可愛い……」


 屋敷の西側にあたる、あまり整備されてない細い道を、二人は手を繋いで歩いていく。

 行き先は分からないけれど、当たり前のように歩く速度を合わせてくれるノアに、テティスは胸がいっぱいになりそうだ。


「もうすぐだと思うんだけど……。あ、見えてきたよ、テティス」

「え? あれって──」


 ぐねぐねとした道を大きく曲がると、突然視界に広がる美しい花々。黄色や赤色、紫色にピンク、葉の緑色。

 茜色の空の下に広がる自然の花畑はとても美しく、テティスはその光景に目をキラキラと輝かせた。


「わぁ……! 綺麗……!」


 過去にも何度か花畑は見たことがあったが、世界が夕焼け色に染まっていると、こうも違って見えるものなのか。


「それに、良い香り……」


 甘い花の香りと爽やかな草に香りが、昼間よりも涼しい風に乗って鼻腔をくすぐる。

 まさに至福の時間。

 テティスはあまりの幸せに、表情筋がこれでもかと緩んだ。


「ふふ、喜んでくれたみたいで良かった」

「ノア様、こんなに素敵なものを見せてくださってありがとうございます! 本当に癒やされます……!」

「……ああ。俺も、幸せそうなテティスを見ていると、ここが天国なんだと錯覚するくらいには癒やされてるよ」

「それは言い過ぎです……」


 というか天国に召されないでほしいのだが、冗談だろうと深く追求することはなかった。


「それにしても、ノア様はどうしてこの場所をご存じだったのですか?」

「屋敷の部屋の窓からね、ここが偶然見えたんだ。ほら、俺やセドリックは西側の部屋に案内されたから」

「なるほど!」


 テティスはクロエの部屋の隣で、南側の部屋を用意されたため、この場所が見えなかったらしい。


「遠目で見てもとても美しかったから、テティスとともに来たいと思ったんだ。運良く水龍は大人しくしているみたいだし、テティスの独立式の結界も壊れていないようだから、少しくらい良いかなって」

「ノア様……。連れてきてくださって、本当にありがとうございます……! ここでお花を見られたこともそうですが、ノア様のお気持ちがとっても嬉しいです!」

「……ほんと、嬉しいこと言ってくれるなぁ」


 ノアは感慨深げに言うと、テティスの手を繋いだままゆっくりと歩き出す。

 庭園のように規則正しく花々は並んでいないため、花を踏んでしまわないよう慎重にだ。

 そして少し歩くと、花畑の中心に花が咲いていない芝生の箇所があった。ちょうど大人二人が足を伸ばして座れるくらいのスペースだ。


「テティス、ここに座って」

「あ、ありがとうございます」


 ノアは手持ちの青いハンカチを芝生の上に敷くと、テティスはそこに腰を下ろす。

 ノアもテティスの腰を下ろし、二人は改めて辺りを見回した。


「お花に囲まれて、本当に幸せです」


 直ぐ側にある赤い花。傷つけてしまわぬよう、テティスはそっと花弁に触れ、指先でも花を堪能する。


「そうだね。それに、隣に愛する人がいるなんて、夢なら醒めたくないくらいに幸せだ」

「……っ」


 いつになく真剣な声色で話すノアの顔を咄嗟に見れば、彼の眼差しにはいつも以上に愛おしさが含んでいる。

 ノアの愛情表現には少しずつ慣れてきているつもりだったけれど、テティスの頬はカアっと赤らんだ。


「テティス、キスしてもいい?」


 そんなテティスの頬に、ノアはするりと手を這わせた。


 テティスは目瞑り、何度も首を縦に振る。


 くしゃりと笑ったノアは、まず彼女の額に優しい口付けを落とした。


「……えっ?」


 唇に触れられるとばかり思っていたテティスは、額に感じるその柔らかさに目を見開く。

 驚くテティスに「可愛いなぁ」と囁いてから、今度は彼女の小ぶりな耳をはむ、と啄んだ。


「ひゃっ……」

「……ふっ、次はどこにしようか」

「ノ、ノア様、意地悪です……! どうか一思いに……!」

「あはは、まるで俺がテティスを殺すみたいな言い草だね。……可愛いテティスの願いは全て叶えてあげたいが、今回はだーめ」


 ノアは形の良い口で弧を描き、次はテティスの鼻先にそっと口付けを落とす。

 その次は頬に、そのまた次は瞼に。


「テティス、可愛いね」

「……っ」


 テティスの菫色の髪の毛を一束掬ったノアは、そこにも口付ける。

 そして、今度はテティスの左手を自身の口元へと誘い、その白くて細い薬指にも唇を寄せた。


「んっ」


 まさか指にまでキスをされるとは思わず、テティスから甘い吐息が漏れる。

 それがまた恥ずかしくて、テティスが空いている方の手で自身の口を覆えば、その手はすぐさまノアによって捕らわれてしまっていた。


「テティス、忘れないで。君に触れていいのは俺だけだ」


 この状況下に、ノアの甘い言葉に、恥ずかしさでどうにかなってしまいそう。


「……っ、わ、分かってま──」


 半ばヤケになって口を開いたテティスだったが、自身の唇を塞がんと近付いてくるノアに意識を奪われ、言葉を失う。


(唇に、キスされる──)


 ようやく唇を合わせることができる。

 羞恥に負けないくらいの多幸感に包まれたテティスはそっと目を閉じた、のだけれど……。


「あっ、ごめんなさい……っ」


 背中側から聞こえた幼い声に、テティスはノアの肩を強く押し返し、勢いよく振り向いた。


「アーシャ様……!?」

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