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9話 ヴァイゼル湖へ

 

 翌朝を迎えたテティスは、ベッドの上で両腕を天井に向けて伸ばした。


「よーし! 今日から頑張らなきゃ!」


 マーレリア領地に滞在している間、専属の使用人をつけようかという提案を断ったテティスは、一人で身支度を始める。

 とはいっても、必要なものは全て部屋に揃っている上に、生家にいた頃はこれが当たり前だったので、全く不便はなかった。


「支度が終わったら、食堂で朝食をいただいて、早速ヴァイゼル湖に行くのよね」


 昨日のうちに確認しておいた予定を一人で反芻したテティスは、ふと昨夜の光景を思い出した。


「それにしても、クロエ様とノア様の過去にあんなことがあったなんて……」


 二人のことを考えると、また胸が痛む。ノアの心もクロエの心も、できるだけ早く救われてほしいと思うばかりだ。


「けれど、そう簡単にはいかないのよね」


 ノアを避けた理由をクロエが打ち明け、謝罪すること。

 こう言えば簡単に聞こえるけれど、当人からすればそうではなかった。


『ノア様にこのことを話すのはとても勇気がいるので、二人きりで話すタイミングは私に合わせていただけないでしょうか?』


 だから、クロエのこの頼みは別におかしいことではなかったし、テティスはもちろんだと受け入れた。

 もちろん任務が優先だが、その辺りはクロエも理解してくれているようだから問題ないだろう。


「さて、行きましょう」


 最後に髪の毛のサイドを三つ編みにし、身支度を終えたテティスは部屋を出る。

 食堂に向かうため、大階段を下りようとしたところで、廊下で二人のメイドが話す声が聞こえてきた。


「ねぇ、水龍様が暴れ始めたのって、確かこの前の豪雨の時くらいからよね?」

「うん。水龍様がお怒りになったことが影響して、豪雨になったんじゃないかって皆話してるわよ」


 メイドたちの会話に、テティスはふと足を止めた。


(豪雨……)


 確かに、テティスたちよりも前にヴァイゼル湖に向かっていた魔術師からも、マーレリア全体で豪雨が起きていたことは報告にあった。

 けれど、テティスはあまりそれを重要視していなかった。

 というのも、水龍は湖など水がある場所を好んで住処を作るものの、水を操る力はなかったはずだからだ。

 とはいっても水龍に対しての文献はそれほど多くはなく、未知な部分が多い。メイドたちが言っていることも間違いではないかもしれないが、何にしても判断材料が足りなかった。


(とにかく、豪雨のこともしっかり頭に入れて調査を進めないとね)


 ずっと静かにヴァイゼル湖の奥深くにいた水龍が、何故最近になって暴れ始めたのか。それを知るには、知識はもちろん情報が必要だ。

 あらゆる可能性を考慮しなければ、水龍を討伐せざるを得なくなってしまう。


(領民の皆さんのためにも、できるだけ水龍を傷付けることなく、暴れるのを抑える方法を探さなきゃ)


 それからテティスは、一階に下ると食堂へ行き、ノアやセドリック、他の魔術師やクロエと朝食をとった。


「パンを食べてるテティスも可愛い。いっそのことパンになりたい」

「ノアさ、ついに頭イカれた?」


 訳が分からないことを言ってくるノアに困惑しながらも、楽しい時間を過ごしたのだった。



 ◇◇◇



 食事を終えると、クロエを含めた皆でヴァイゼル湖に徒歩で向かい始めた。馬たちは昨日、一昨日と長距離を走らせたため、今日は休憩だ。


 ちなみに、何故クロエがいるかというと、領主の娘として調査に同行したいと願い出たからだった。

 当初は危険だからという理由で却下しようという流れになっていたが、筆頭魔術師のノアと結界魔術師が二人もいる状況ならば危険なんてないのでは? とのクロエの発言に押され、結局は彼女の同行を許可したのだ。


「屋敷からヴァイゼル湖までは、徒歩で約十分程度ですから、すぐです。道は平坦ですし、獣が出たりもしませんから危険は低いですわ」

「ああ、ありがとう」


 ヴァイゼル湖に続く、両側が背の低い木が生い茂っている小道で、さらりとノアの隣を歩くクロエの言葉に、ノアは礼を言う。

 彼らの少し後ろを歩くテティスには、些かクロエのノアに対する距離が近いように思えたけれど、あまり気にすることはなかった。


(クロエ様はノア様のことが嫌いになって避けたわけではないのだもの。久々の再会は嬉しいわよね)


 それに、二人には友として早く蟠りを解いてほしい。そもそもノアがクロエの過去の行動をどれほど気にしているかは定かではないのだけれど。


「……あんた、全然平気そうだね」


 隣を歩くセドリックが半ば呆れながら言う。テティスはハッとして、顔を青ざめさせた。


「申し訳ありませんセドリック様。もうすぐヴァイゼル湖に着くというのに、あまり緊張感がなくて」

「いや、そういう──」


 セドリックはそう言いかけて、一度口を噤んだ。


「うん、そうだよ。仕事中なんだから、もうちょっと気を引き締めなよ。僕みたいにさ」

「はい! 引き締めます!」


 テティスはそう言うと、意識的に顔にグッと力を入れて、パーツを顔の中央へと引き寄せる。

 その愛嬌のある顔に、セドリックは「ぶはっ」と吹き出した。


「何その顔! なんで顔を引き締めてるのさ。いや、引き締められてないけど」

「えっ!? 違いますか……!?」

「ははっ、ほんとテティスって、かわ……カワウソみたいだよね!」

「カワウソですか……? 初めて言われました!」


 セドリックとたわいもない話をしていたテティスだったが、ふと視線を前にやる。再びノアとクロエの背中を捉え、小首を傾げた。


(あれ?)


 先程よりもノアとクロエの距離が開いているというか、ノアが意図的に彼女と離れて歩いてみえるのはどうしてだろう。


(も、もしかして、私への気遣いとか……?)


 ノアのことだ。あり得る。

 クロエがいくら友とはいえ、年頃の女性であることには違いないのだから。

 あまり自惚れることをしないテティスだけれど、ノアの溢れんばかりの愛情と、それを伝えてくれる言動にそう思えてならず、自然と頬が緩んだ。


(ノア様は、優しいな。……って、そうじゃない! 目的地はもう少しなんだから、気を引き締めなきゃ!)


 結界魔術師として、領民たちを安心させるためにできることをしよう。


 そう決意したテティスだったが、小道を抜けて到着したヴァイゼル湖を見て、感嘆の声を漏らした。


「わぁ……! 綺麗……!」

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