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6話 クロエ・マーレリア

 

 簡単な挨拶を終えたノアは、先行してヴァイゼル湖に行っている魔術師たちと交代するため、比較的元気そうな二人の魔術師を向わせた。


 その後、テティスたちは食堂に来ていた。

 水龍に動きがない場合は本格的な調査は明日からにしようとノアが皆に話していたところ、クロエから「それならお食事はいかがですか?」という提案があったのだ。


 ヴァイゼル湖に向かった魔術師たちには悪いが、皆空腹だったため、食堂に向う足は速かった。


 食堂内は、各自話がしやすいようにか、いくつかテーブルが用意されている。その上にはグラスやカトラリーが準備してあった。


「滞在中はできる限りのおもてなしをさせていただきますから、皆様お席にどうぞ」

「クロエ嬢、感謝する」


 ノアに続いて、テティスやセドリックたちも口々に礼を言うと、皆が席についた。


 クロエと同じ卓についたのは、ノアとテティス、そしてセドリックだ。

 テティスの隣に腰を下ろしたのは、領主の娘であるクロエだ。「女同士仲良くしましょうね」とクロエに惚れ惚れするような笑顔を向けられたテティスは、「は、はいっ!」と緊張の面持ちで頷いた。

 そんなテティスの前には、「俺のテティスは緊張していても可愛い……」と呟くノア、その横にはなんとも気まずそうなセドリック。


 皆が改めて自己紹介をすると、クロエが全員に対してこう言った。


「皆様、改めて遠方からありがとうございます。たくさん食べて英気を養ってくださいね」


 クロエがそう言うと、続々と運ばれてくる料理の数々。

 色とりどりの野菜を使ったサラダに、ふかふかのパン、ホクホクしているのが見て分かる白身魚のムニエル、香ばしい匂いが食欲をそそる肉のソテー。


「テティス、いただこうか」

「はい!」


 昨日皆で野宿をした際に食べた料理も美味しかったけれど、こうしてきちんとテーブルについていただけるのはとても有り難い。

 テティスは満面の笑顔を浮かべながら、各料理を口に運んだ。


「ん〜! とっても美味しいです……! シャキシャキとして甘いお野菜、その上にかかっているオレンジベースの爽やかなドレッシングがまた堪りません!」

「ははっ、テティスは本当に美味しそうに食べるね。可愛い……」

「ちょっとノア、食事中くらいテティスへのそういう発言やめたら? 料理が無駄に甘くなる気がする」

「は? 人の言葉を聞いて料理の味が変わるわけがないだろう? お前大丈夫か?」

「真面目な顔で返すのやめてくれる?」


 ノアとセドリックのやり取りにテティスがふふっと笑うと、クロエも口元を綻ばせた。


「お二人は仲よろしいのですね。それと、ノア様はテティス様を大変愛していらっしゃるようで」

「ああ、誰よりも何よりも、俺はテティスを愛しているよ」

「ちょ、ノア様……!」


 もはやノアの『可愛い』発言は『お疲れ様』や『ありがとう』と匹敵するくらい頻繁に登場するため、テティスはあまり気に留めないようにしていた。

 けれど、ここまで愛の言葉を皆の前で堂々と言われるのはさすがに恥ずかしくて、テティスはカトラリーを置いて両手で顔を覆い隠した。


「…………」


 だから、セドリックが一瞬切なげに表情を曇らせたことにも、そんなセドリックの変化にクロエが気付いていたことにも、テティスは気が付かなかった。



 食事も中盤に入ると、テティスが「あの」とノアに向かって話しかけた。


「ノア様とクロエ様はどのように知り合ったのか、お聞きしても良いですか?」

「そういえば、まだ話していなかったね。ごめんね、テティス。俺とクロエ嬢は十年前──テティスと初めて会った少しあとに、とあるお茶会で出会ったんだ」


 社交界シーズンになると、地方にいる貴族も王都に集まり、社交に参加する。

 クロエがいるマーレリア子爵家もそうだった。


「その時のお茶会で、ともに話し相手がいなかった私たちは、歳が近いこともあって自然と話すようになったのですよね」

「ああ。そのシーズンは同じお茶会やパーティーに参加することが多くて、会うたびにたわいもない話をしていたな。シーズンが終わると俺は魔術を学ぶために隣国に留学したから、あの頃以来だ」


 クロエに続き、ノアが懐かしそうに話す。


 ノアは当時、不吉だと揶揄されるオッドアイの持ち主だった。

 そのため、大人はもちろん同世代からも避けられており、テティス以来、彼に話しかけたのはクロエだけだった。


「初めての友人ができて、当時とても嬉しかったことを覚えているよ」


 ノアのそんな言葉に、クロエは目を素早く瞬かせ、ふふっと含みのある笑い声を零した。


「嫌ですわ、ノア様。初めてって、私の前にテティス様ともお会いになっているのでしょう? お忘れになったら可哀想ですわ」

「!」


 何故だろう。

 クロエの言葉に棘を感じたテティスの心臓は、ドクリと嫌な音を立てた。


「……? 勘違いしないでくれ、クロエ嬢。テティスは俺にとって一目惚れの相手で、初めて会った時から好きな女性としてしか見ていないんだ」

「……! ま、まぁ……。そういうことでしたの。テティス様、申し訳ありません」

「い、いえ……!」


 しかし、すかさずノアが補足を入れてくれたことで、クロエは謝罪をしてくれた。きっと、さっきの言葉には深い意味はないのだろう。


(そうよね。私の考え過ぎよ)


 それに、クロエが言ったことも分からないでもないとテティスは思う。

 当時ノアは八歳、テティスはまだ七歳だったのだ。


 ──『人に冷たい目を向けられるのって辛いよね。分かるよ。けどね、沢山魔力があったら凄い魔術師になれるかもしれなくて、そしたら、困っている人を沢山助けることができるんだよ! それはとっても、とーーっても、嬉しいことだと思わない?』


 魔力が多すぎるゆえにオッドアイになり、不吉だと揶揄されるノアにテティスがそんな言葉をかけたことをクロエは知らない。

 それに、たとえ知っていたとしても、それをきっかけにノアがずっとテティスに恋心を抱くなんて、あまり考えられることではないだろうから。


「それにしても、再会はこんな形でも、また友と話せるのは嬉しいものだな。社交界シーズンが終わりに近付くと、不思議とあまり話さないようになってしまっていたからね」

「そ、そうだったでしょうか」


 クロエは一瞬表情を強張らせ、小さく肩を揺らす。


(クロエ様、どうかしたのかしら?)


 そんなテティスの疑問をよそに、クロエは再び笑みを浮かべて話を続けた。


「あっ、そういえば覚えていますか? ビザイエル侯爵が主催となったパーティーで──」

「そんなこともあったね」


 各々食事をとりながら、ノアとクロエは昔話を花を咲かせる。

 基本的にはクロエが話題を提供し、ノアがそれに頷くといった感じだ。ノアは率先して話題を広げないものの、旧友と話せるのは楽しそうに見える。


(ノア様が楽しそうで、嬉しいな)


 好きな人が楽しそうにしている姿を見られるのは、とても幸せなことだ。

 その相手が自分ではないこと、話題にあまり入れないことは、少しだけ寂しいけれど……。


「テティス、このスープ飲んだ? すっごい美味しいから、要らないならちょうだい」


 テティスの心に少しだけ影がかかると同時に、セドリックが声色で話しかけてきた。


「えっ!? もちろんいただきますよ! わぁ……まろやかでとっても美味しいです……!」

「そんなに急いで飲まなくても。冗談に決まってるじゃん。ははっ」


 珍しく、くしゃりと笑ったセドリック。

 もしかして気を遣ってくれたのだろうか。それとも、セドリックも話に入れないから、テティスに構うしかなかったのだろうか。


「セドリック様、ありがとうございます」 

「……何が? お礼を言われるようなことなんてしてないけど」


 なんにせよ、セドリックのおかげで寂しさが薄れた気がする。

 テティスは晴れやかな気持ちで再び食事を始めた。


「それで、別のお茶会の時なんて──」


 同時に、クロエが過去の話題を広げようとした、のだけれど。


「クロエ嬢、昔の話はそろそろ終わりにしよう」

「……! あの、昔の話はお嫌でしたか……?」

「いや、そんなことはないよ。だが、別に今する必要はないだろう? せっかくだから皆で楽しめるような話をしよう。ああ、セドリックは別にどっちでも良いけど」

「いや何でよ」


 その後、ノアの発言をきっかけに、クロエがノアとの過去の話をすることはなかった。


「テティス、この白身魚のムニエル美味しいね」

「はい! とっても!」


 しかし、テティスとノアが楽しげに話す様子にクロエが少しだけ冷ややかな視線を向けていたことを、二人は気付かなかった。


「…………」


 その一方で、セドリックはそんなクロエを訝しげな表情で見つめていた。

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