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2話 ノアと水龍

 

 ◇◇◇



「失礼いたします」


 魔術省の一番南側。最も日当たりのいいその場所に、筆頭魔術師であるノアの執務室がある。

 ノックをしたテティスが入室すると、テーブルに向かっていたノアは勢いよく顔を上げ、まるで花が咲いたような笑顔を見せた。


「テティス……! 会いたかった……!」

「ひゃっ」


 椅子から下り、急いでこちらに走ってきたノアに抱き締められたテティスからは上擦った声が漏れた。


 さっきネムにも抱き締められたけれど、驚くことには変わりはないのだ。


 ノアの胸には膨らみがないので息はしやすかったけれど、彼は一度こうやって触れ合うと中々離れてくれない。

 そのことを誰よりも知っているテティスは、堪らず彼の背中を叩いた。


「ノア様……っ、一旦離れてください……! 何かお仕事のお話があったのでは……?」

「……仕事? ああ、そういえばそうだった。今朝ぶりにテティスを見たから、つい興奮して仕事の話を忘れていたよ」


 それは大問題である。

 けれど、テティスもネムに話しかけられたことでノアの呼び出しを忘れてしまっていたので、何も言えなかった。


「ごめんねテティス。痛くなかったかい?」


 ノアは抱擁を解くと、テティスの顔を覗き込みながら問いかける。

 テティスは首を横に振ると、少しはにかみながら答えた。


「痛くはありませんでした。むしろ、ノア様に抱き締めていただくのはとても嬉しいし……好き、です」

「ぐっ……! テティスが可愛過ぎて辛い……。もう一回抱き締めてもいい?」

「だ、駄目です……! そういうことはお仕事のお話が終わってからです!」


 顔を真っ赤にして、眉を吊り上げてそう話すテティスに、ノアは手で口を覆う。


「だめだ……。怒るテティスも可愛い。気を抜くとキスをしてしまう」

「……キ、キ、キ、キス!?」


 テティスは驚きと恥ずかしさから、口をパクパクと開けては閉じてを繰り返す。

 ノアは空いている方の手でそんなテティスの手を掴むと、執務テーブルの前にある四人がけのソファにテティスを誘い、自身も彼女の隣に腰を下ろした。 


「……けど、やめておく。……一応ここは職場だからね。我慢が効かなくなったらまずい」

「我慢……?」

「そうやって、首を傾けるのも可愛過ぎる……。テティスは本当に俺を誘惑する天才だ」

「誘惑!?」


 色気もへったくれもないと自負しているテティスは、自分とは程遠い誘惑という言葉にまたもや驚いた。

 しかし、今はまだ職場で、更に仕事中だ。

 しれっと手が握られたままなことはさておき、早く話を進めなければと、テティスはできるだけ平静を装ってノアに問いかけた。


「それで、お話とはなんでしょう?」

「ああ、そうだったね。……どこから話そうか──」


 ノアは少し悩む素振りを見せると、改めて口を開いた。


「テティス、水龍って知ってる?」

「は、はい。水を司る水神であり、湖の奥深く棲むと言われている、青みを帯びた幻獣……ですよね?」


 ──その昔。

 今ほど魔術全般が発展していなかったアノルト王国では、魔物による被害が多かった。

 農作物に、建物、もちろん人に対してもだ。


 特にその被害が多かったのは、アノルト王国の東側にあるマーレリア領だ。

 マーレリア領は山や森といった自然が多い土地であったが、同時にそこは多くの魔物の住処だったのだ。


 しかし、数百年ほど前にマーレリア領の中心にあるヴァイゼル湖に水龍が棲み着いた頃から、その一帯に魔物の被害は出なくなった。

 古代から、水龍を含む龍の種族は魔物に恐れられていると言い伝えられているため、水龍の出現に魔物は逃げたのだろうと考えられていた。


 そのため、マーレリアの人々が水龍をこの土地の守り神だと崇めるようになったのも自然の流れであった。


「そう。その水龍が最近、ヴァイゼル湖の奥深くで暴れているという報告があるんだ」

「……! どうして……。確か、水龍は一度気に入った土地──湖に棲みつくと、生涯そこで静かに暮らす穏やかな生き物であると言われていたはずでは……」

「ああ。そのとおりだよ。だから俺も、数日前に届いたマーレリア領主からの手紙を読んだ時には目を疑った。だが、マーレリア領主がわざわざこんな嘘をつく必要はない。だから、確認のために魔術師たちを数人マーレリア領に派遣したんだけど……。領主からの報告は真実だった」


 マーレリア領にあるヴァイゼル湖を確認した魔術師たち曰く、風が何もない日でも、湖が不規則に揺れていたそうだ。

 そして、その揺れは日に日に大きくなっているという。地震でも強風でもないことから、湖の奥深くで水龍が暴れていることは間違いないようだった。


「それで実は昨夜、派遣した魔術師から新たな報告があった。水龍がついに、湖から姿を出したと」

「……!」

「姿を見せたのは一瞬だったらしいけど、魔術師たちの目には怒って暴れているように見えたらしい。もちろん、それは彼らの主観であって本当のところは分からないが……」

「何にしても、それは危険ですね……」


 水龍は数百の魔物を一瞬で葬ってしまうくらいの強い力を持ち、更に硬い鱗で纏われた強靭な肉体はどんな攻撃も通さないと言われている。

 そんな水龍がもし、日常的に湖から姿を現し、暴れるようになったら──。


(おそらく、犠牲者が出るわ)


 湖を囲むように街があるマーレリア領地。

 人々は水龍を崇めており、湖に出向く者もいるだろう。


 水龍が暴れているからヴァイゼル湖には近づくなという注意喚起がされていても、果たして観光客は、子どもたちは、どうだろうか。

 もしも水龍が暴れている時に、水面から姿を出した時に、湖に近付いてしまったら……。


「テティスの言う通り、いくら水龍が守り神であったとしても、人に被害を加えるのなら魔術師として我々は対処しなくてはならない」


 おそらくノアの表情からして、いざとなったら水龍を倒せる自信はあるのだろう。

 小国なら一人で滅ぼすことができるノアならば、あり得ない話ではない。


「……とはいえ、現時点ではまだ被害は出ていないし、守り神とまで言われている水龍をできるだけ傷付けたくない。まずは水龍が何故暴れるのか、その原因を調べたいと思っている。その調査に俺とセドリック、数名の魔術師とともに行こうと思ってるんだけど、テティスも一緒に来てくれないか?」


 この時テティスは、ようやくノアが呼び出した意味が分かった。


「……水龍と戦闘になった際に、周りに被害が出ないようにするため結界魔術が必要ということですよね?」

「そういうこと。初めはセドリック一人を連れて行こうかと思ってたんだが、もしも俺と水龍が本気で闘ったら、あいつの結界魔術だけでは領民に危険が及ぶ可能性があるから」


 セドリックは、非常に優れた結界魔術師だ。

 そのことはテティスはもちろん、ノアだって分かっているのだろう。

 しかし、今回敵となりうるのは、あの水龍なのだ。ノアだって手加減をしたり、周りに気を遣って戦う余裕はないことは明白だ。


「分かりました。私でお役に立てるのでしたら、是非同行させてください!」

「ありがとう。絶対にテティスのことは俺が守るから、そこは心配しないで」

「あ、ありがとうございます! けれど、私も結界魔術師となった身。それに貴方の婚約者です。……私も、ノア様をお守りしたいです」

「……っ」


 少し前まで無能だと蔑まれていた自分とは思えないセリフだけれど、本心だった。

 ノアは息を呑むと、繋いでいない方の手でそっとテティスの頬に手を這わせた。


「テティス……。そういうところも、好きだよ」 

「ノア、様……?」


 徐々に近付いてくる、熱を宿した菫色の双眼。

 アイオライトのような美しい瞳に、テティスは吸い込まれそうになる。


(あ、キスされる……っ)


 ここは職場で、まだ仕事中で避けなければいけないのに、本能がノアを求めてか、体が動いてくれない。


「……我慢しようと思ったけど、テティスが避けないならこのままする」


 テティスは返事の代わりに、柔らかいそれを受け入れんとゆっくりと目を閉じた、というのに。


「なあ、ノア。お前がマーレリア領地に行ってる間の魔術師の配置なんだけど──あ、わりぃ」


 突然扉の方から聞こえた覚えのある男性の声に、テティスは目を見開いた。


「……! リュダン様……っ!?」

「おいリュダン、ノックをしろそこに座れ俺の気が済むまで魔法攻撃を受けろ」

「いやそれ、普通に俺この世からいなくなるからな!?」


 額に青筋を立てるノアとは対象的に、テティスはあまりの恥ずかしさから全身が真っ赤に染まった。

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