1話 結界魔術師のテティス
第二章の連載を始めました! 一部、書籍の一巻をベースに執筆した部分もございますが、WEB版のみを読んでいる方でも問題ありません!
楽しんでいただけたら嬉しいで(*^^*)よろしくお願いします……!
──テティス・アルデンツィ。
彼女は、アノルト王国の筆頭魔術師で、サヴォイド公爵家の当主であるノアの婚約者だ。
そんなテティスが、昔からの夢だった結界魔術師になって早二か月が経つ。
季節はもうすぐ夏を迎えようとしていた。
(ふぅ……。陽が落ちてきたこともあるけど、魔術省内は涼しいなぁ……)
初めは自分の部署がどこかも分からなかった魔術省内も、今ではかなり把握できるようになった。
魔術省から支給されたローブを着ることにも慣れ、最近夏用の薄手のローブに衣替えしたところだ。
(初めて夏用のローブを着た日、しばらくその姿を独り占めさせてほしいってノア様に言われたから頷いたら、二人揃って遅刻しかけたのよね)
魔物の討伐任務が終わったテティスは、顔をパタパタと手で仰ぎながら廊下を歩く。
ノアの思い出して自然と頬が緩んだテティスだったが、名前を呼ばれたので振り向いた。
「テティス様! 先日の任務もお疲れ様でした。テティス様の強固な結界魔術のおかげで、無事近隣の街に被害を出さずに済みました」
声をかけてくれたのは、数日前にともに任務に出た魔術師の男性だった。
以前、魔物の集団が王都を襲撃した際にテティスが結界魔術で王都を救った時から、彼女の力は多くの魔術師たちに認められ、また尊敬されていた。
「そ、そんなふうに言っていただけて嬉しいです! 今後も精進してまいりますのでよろしくお願いします!」
そして、結界魔術師という希少性の高い職に就きながらも、テティスの素直で謙虚な性格、更に努力を怠らないところに多くの者が好感を抱いた。
ヒルダと正反対で良かった……という声も多い。
中には、テティスのことを歴代最強だと言われていた魔術師──エダーの再来だと言う者もいた。
過去にテティスのことを無能だと馬鹿にしていた者たちの中には未だに彼女の能力を認めない者もいたが、テティス本人に実害はなかったので、有意義な日々を過ごしていた。
「テティス……!」
勢いよく走ってきたのは、ネム・フィルスト。
フィルスト男爵家の長女で、歳はテティスと同じ十七歳。そして、結界魔術師の一人である。
肩辺りで切り揃えらた漆黒のつややかな髪に、大きな丸い眼鏡が印象的だ。
「ネムさん! 二日ぶりですね……! 任務お疲れ様です!」
彼女とはテティスが結界魔術師になってすぐに仲良くなった。
ネムはいわゆる魔術オタクで、勉強熱心なテティスと気があったのだ。今では仕事の休みが合えばともに遊びに行く仲である。
「テティスもお疲れ様! もう、敬語もさんもいらないって言ってるのに!」
テティスとの熱い抱擁を解いたネムは、不満げに頬を膨らませた。
「さすがにそれはいけません……! ネムさんは結界魔術師の先輩ですから!」
「それを言い出したら私は一介の男爵家の娘! テティスは次期公爵夫人だからね?」
「それは職場では関係ないと思います!」
「もう〜そういうところ好き!」
「ふごっ!」
ネムに再び抱き締められたテティスは、彼女の豊満な胸に顔を埋める形になる。
(ネムさん、私と歳も同じで背丈も似ているのに、どうしてここがこんなに育っているの……!?)
自身の慎ましい胸が悲しくなってくる。
何か秘訣があるのだろうか。食事か、運動か。もしくは睡眠だろうか。
ネムが離してくれ次第、質問を投げかけようと思っていたテティスだったが、背後から覚えのある声に話しかけられたことによってそれは叶わなかった。
「ネム、そろそろテティスの息が止まるんじゃない? 離してやったら?」
「え!? 嘘! ごめんねテティス!」
「ぷはっ」
胸から開放されたテティスは、ネムに大丈夫であることを伝えてから振り向いた。
「セドリック様、お疲れ様です! 任務終わりですか?」
そこには、相変わらず眼を見張るほどの美少年、セドリックがいた。
初めてセドリックに会った時、彼はヒルダの妹であるテティスを毛嫌いしていた。
しかし、テティスがヒルダとは似ても似つかない性格と考え方の持ち主であることが分かると、失礼な態度をしっかりと謝罪してくれて、今では良好な関係を築けている……とテティスは思っている。
「見たら分かるでしょ。ま、僕にかかれば余裕だったけどね」
「うっわぁ……。何その返答……。テティスはセドリックみたいにすれないで、ずっと素直で可愛いままでいてね」
「え?」
「ネム、喧嘩売ってるなら買うけど」
セドリックとネムの間にはバチバチと火花のようなものが舞う。
この二人は顔を合わせるといつもこうなのだ。口喧嘩なんて日常茶飯事。けれど、本気で互いを嫌っているわけではなく、まるで姉弟が戯れているように見える。
「ふふ」
未だにあーだこーだ言い合う二人の姿に、テティスが頬を緩ませると、セドリックが何かを思い出したようにあっと声を上げた。
「こんな無駄話をしている場合じゃなかった。テティス、早くノアのところに行かなくていいの?」
「ハッ、そうでした!」
今朝、テティスとセドリックは任務が終わり次第、ノアに話があるから執務室に来るよう指示されていた。
ネムに会ったことで、すっかりそのことが頭から抜けてしまっていたのだ。
「セドリック様、教えてくださってありがとうございます! 早速行きましょう!」
「いや、僕は少し疲れたから後で行くよ。悪いけど先に行ってくれる?」
普段はあまり弱音を吐かないセドリックが疲れたなんて言うのは珍しい。
とはいえ、彼も人間だ。そりゃあ疲れることだってあるだろう。
「分かりました……! ご無理なさらないでくださいね。では私は今から行ってきます。お二人とも、お疲れ様でした。ネムさん、またお話しましょうね」
「テティス、行ってらっしゃい! またね〜!」
それからテティスは足早にその場を後にした。
未だに大きく手を振るネムと、やや切なげに眉尻を下げるセドリック。廊下に残ったそんな二人の間には、少しばかり静寂が流れた。
それを破ったのは、手をおろし、やれやれと言わんばかりの表情をしたネムだった。
「任務、余裕なんじゃなかったの? 疲れたんだ?」
「……うるさいな。揚げ足取らないでくれる」
「嘘をついてまで、テティスとサヴォイド様を二人きりにしてあげたかったの? 友人の鑑ね」
「…………。そうさ、僕は優しいからね」
ふっと強がるように笑ったセドリックに、ネムは「ふぅん……」と相槌を打った。
「セドリックとの方が付き合いは長いけど、私はテティスの方が好きだし、あの子の味方だから。あんたにはずっとそのスタンスでいてほしいもんね。テティスに困ってほしくないし」
「は? どういう意味」
「言葉の通りよ」
明言しないネムに、セドリックはギロリと睨みつける。
ネムは「こわ〜」と言いながら、この場を去るためにセドリックに背を向けた。
「ま、思うだけなら自由だと思うけどね」
「だから、さっきから何言ってるの?」
「うーんと悩め、少年!」
「二つしか歳変わらないんだけど。というかほんとに何なの」
「だから言ってるのでしょ! 私はテティスの味方なんだってば!」
その言葉を最後に、ネムはセドリックのもとから立ち去った。
セドリックはしばらくの間、意味が分からないと眉間に皺を寄せたのだった。
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