28話 いちごのケーキと喜びの花【1章完結】
「まずヒルダ嬢だが、結界魔術師の資格を剥奪されることが決まった」
「…………!」
確かに、結界魔術師として起こした事件だったので、その資格が剥奪されるのは、至極真っ当なことではあるのだが。
それでも、結界魔術師の数は少くかなり貴重な存在であるため、その判断にテティスは僅かに目を見開いた。
「ではお姉様は、今後結界魔術の使用を禁止されるのですか?」
「そのことはかなり議論されたらしいが、結論としては彼女は魔法省の更生機関に送られることになったようだよ」
「なるほど……そういうことですか」
魔法省に務めることができるのは、魔術師や結界魔術師などの何かしらの正式な資格を持っている者が殆どである。
対して、魔法省の更生機関は過去に問題を起こし、資格を剥奪された魔術師たちの集まりである。
更生機関では、魔法や魔力についての勉強や、魔力コントロールなどの基礎練習、基礎体力の向上や、魔術師等になったときの心構えを学ぶのはもちろんだが、人としての在り方も厳しく矯正される。
もちろん、無資格のため更生機関外で魔術を使うことは禁止されているし、そもそも鉄格子で囲われた施設のため、外に出ることは出来ない。食事も質素で、寝床や服装も平民以下の扱いらしい。
今まで我儘放題が許されるほど甘やかされ、欲しいものは何でも与えられ、努力や勉強を馬鹿にし、自身のことを天才だと思って生きてきたヒルダにとっては、耐え難い環境だろう。
(大嫌いな努力や勉強を強要されることは、お姉様にとっては一番の罰かもしれませんわね……)
ヒルダの姿を想像し、テティスはそんなことを思う。
「本来ならば、もっと重たい罰が妥当だが……一応今まで結界魔術師として多少は役に立ったこともあったことと、結界魔術師が希少な存在であること、未熟な彼女に結界魔術師としての資格を与えた事自体にも問題があるとなされたこと、魔術師のネムが軽症で済んだこと、被害者の回復が順調なこと、何より王都を救ったテティスの身内であることから、これが妥当だと見做されたようだ」
「なるほど……そうだったのですね」
「能力の向上はもちろんだが、彼女が深く反省し、心を入れ替えたと判断された場合のみ、更生機関からの卒業、結界魔術師としての復帰が認められる。……まあ、あの様子だとほぼ無理だがな」
それに、もしもヒルダが更生機関で何か問題を起こした場合、もしくは三年経っても変わる兆しがないと判断された場合は、修道院送りになるか、酷い場合は投獄もあるらしいのだ。
改めて姉であるヒルダの罪の重さを、テティスは痛感した。
「被害者の方への謝罪は済んだのですか?」
「一応な。直接謝罪は済んでいて、治療費と慰謝料を払ったようだ。結局はお金の解決になってしまうが……それでも何も無いよりはマシだろうという判断らしい。ああ、あと、テティスの実家のことだが」
──ノア曰く、アルデンツィ家は罪の隠蔽に協力し、被害者の兄の名誉毀損をしたということで、被害者の兄への慰謝料の支払いと、国に領地の七割を没収されたそうだ。
ヒルダが結界魔術師になったことで得られた多額の報奨金は全て返済を義務付けられ、もちろん、テティスが結界魔術師になっても報奨金は家のものにはならず、テティス個人に入ってくるように根回しは済んでいるらしい。
これらはノアが筆頭に話を進め、一切反対の声は上がらなかったらしい。
「潤沢な資金で回っていた家でしたから、おそらくこれから大変でしょうが……同情の余地はありませんね。被害者の方も、そのご兄弟の方も、一日でも早く今までどおりの生活ができることを祈るばかりです」
「そうだな。……と、まあ、テティスの家族についての話はこれでおしまいだ。さあ、続きを食べよう」
これ以上家族のことを考えても出来ることはない。
それならばこの時間を楽しもうと、テティスは再びフォークへ手を伸ばした。
(それにしても……)
会話を楽しみながらノアを観察していると、さすが公爵家に生まれただけあって、彼の動きは全て洗練されている。
テティスは一瞬そんな彼に見惚れながらも目を逸らし、再びケーキを口に運ぶと、ノアがあまりにもじぃっと見てくる視線に気が付いて、気まずそうに俯いた。
「ノア様……そんなに見られると、恥ずかしいです」
「先に見てきたのはテティスだろう?」
「っ、気付いていたのですか……!?」
「もちろん。もうテティスが誤解しないように、どんな些細なことでもしっかりと俺が見ていようと思って」
「…………っ」
(そんなの…………そんな勘違い、もう出来るはずがないわ……)
無能だと言われ続けたことで自信を無くし、ヒルダの言葉により、ノアの好きな相手について誤解していたことは記憶に新しいが、もうあんなことにはならないだろう。
それはもう、テティスにとって確定事項だった。
(だって、今はノア様の目を見ていれば分かるもの)
好きだと、大好きだと、愛していると、愛してやまないと、その目から伝わってくるのだから、誤解のしようがない。
ノアの熱を帯びた瞳がそう雄弁に語っていることに、今まで気付かなかったことが不思議なほどだ。
(……私も好きだって、大好きだって、伝えたい)
──さて、それにしたって、どうやって切り出そうか。
人に対して好きだなんて伝えたことがないテティスは、脳内でその言葉を反芻させるだけで羞恥に溺れてしまいそうだ。
しかし、互いに忙しい身だ。今日伝えなくてはとテティスが意気込むと、ずいと伸びてくるノアの手に「えっ」と上擦った声が漏れた。
「テティス、生クリームが付いてるよ」
「…………!!」
テティスの口端についた生クリームを、ノアは親指で優しく撫でると、その指を自身の舌でぺろりと舐めた。
ちらりと覗かせた赤い舌に、テティスの心臓はドクドクと激しく音を立てる。
「……美味しい。テティスの味がする」
「なっ、なっ、なっ!? 私の味……!?」
「はは、テティス顔が真っ赤だ。可愛いね。……本当に、可愛過ぎて頭がどうにかなりそうだ」
ふわふわと花を飛ばしながらそんなことを言うノアに、テティスは恥ずかしさで冷静さを失い、言葉を失う。せっかく意気込んだというのに、羞恥で頭の中が空っぽになってしまったようだった。
けれど、そんなテティスの内心を知ってか知らずか、ノアの甘い言動は止まることを知らないらしい。
「一日でも早く入籍したいな」やら「ウエディングドレスを着るテティスを見たら泣く自信がある」やら、はたまたケーキをあーんしようとしてきたり。その時のノアの顔ときたら、まさに幸せを絵に描いたようなものであったり。
(好き……私、どうしようもなくノア様のことが大好きだ……私はこの方を幸せにしたい……!!)
──そのときだった。
テティスの手首にあるブレスレットが再び強い光を示したのは。
「どうして急にブレスレットが……信じられないが、まさか……」
ノアがテティスにあーんをしようとしている途中でそう漏らす中、テティスはブレスレットの反応についてようやく確信することが出来た。
(……そう、そうだったのね)
顎に手をやって考え込んでいるノアに、テティスは「あの」と呼びかけた。
「ノア様、私の魔力が増加した原因が分かったかもしれません」
すると、ノアは一瞬目を見開いてから、同意するようにコクリと頷いた。
「ああ、俺もだ。信じがたいが、もしかしたらテティスの魔力は心から人に愛されると増えるんじゃないかと思ったんだ。俺が傍にいるときに光っていることからしても、可能性は高いんじゃ──」
「確かに、そうですね。……けれど、私は違うと思うんです」
テティスも同じ考えなのではと思っていたノアは少し驚いた素振りを見せると、「じゃあ、テティスの考えは?」と問いかける。
まるで破裂してしまいそうなほどテティスの心臓の鼓動は煩かったけれど、今は何故か、それが酷く心地良かった。
「私が愛されるんじゃなくて、私が心から誰かを愛したときに魔力が増えるのかな、って」
──パクリ、と未だにノアが差し出してきていたケーキを頬張るテティス。
その頬は真っ赤に染まり、口の中は蕩けそうなほどに甘い。それなのに程よい酸味があるから、やめられそうにない。
「テティス、それって──……」
ノアの周りから、ぶわりと喜びの花が弾けた。
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