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25話 因果応報

 

「聞き間違い、ですわよね?」


 戦慄して声が震えたのは、このときが初めてだっただろう。


 ヒルダは自身が一番可愛く映るはずの上目遣いを続けるものの、リーチが冗談だと笑う様子はない。

 どころか、見れば見るほど眉間のシワが濃くなっていき、リーチの腕に絡めていたヒルダの腕は、ぷらんと落ちた。


「間違いなわけないだろう。陛下も了承済みで、書類の手続きも既に終えている。これは決定事項だ」

「そ、そんな!! 私は聞いていませんわ……! 両親だってそんなの納得するわけ……」

「確かに、一般的に婚約を取りやめる場合は互いの家の同意がいる。その場合は、君の両親は絶対に婚約破棄なんて認めないだろう。だが──」


 ヒルダはまさか自分の身にそんなことが起きるなんて露にも思わなかったので詳しくは知らなかったけれど、ちらりと聞いたことがあった。

 婚約の段階にあるとき、一方の本人、又は家族が何らかの罪を犯したとき、もしくは犯した可能性が極めて高い場合、もう一方は両家の同意がなくとも、強制的に婚約が破棄できるということを。


「お待ち下さい!! な、何故です……!? 私は何も罪に問われるようなことはありませんわ!!」

「覚えがないとは言わせないよ。以前私が君に聞いただろう? 『最近、ヒルダを出せと、魔法省の入り口まで何度もやって来る平民が居るらしい』と」

「…………!」


 ビクリと、ヒルダの肩が大袈裟に揺れる。流石に思い出したらしく、ようやく事の大きさを理解したらしかった。


「半年ほど前、小さな集落の近くの森で、魔物が発生したことがあった。運良く近くにいた君は魔術師が来るまでの時間、結界魔術を使うことで時間を稼いでいたそうだね。だが、そのとき一人の青年が重症の状態で発見されている。……そして、何度も何度も、君を出すよう魔法省に足を運んでいたのは、その重症者の兄だったそうだ。ここまで言えば、流石に分かるな」


 テティスはちらりとノアを見やるが、どうやら筆頭魔術師である彼にも、顛末は読めないらしい。


 重たい空気の中、テティスは再びリーチとヒルダに視線を戻すと、その事実に心臓がどくどくと音を立てた。


「思いの外、魔術師の到着が遅く、努力や修行を一切しない君には、自分とその彼──二人分を守る結界を張り続けることは出来なかった。だから君は、自身が張った結界から彼を突き飛ばしたらしいな。その代わりに自分を守る結界は小さくして、魔力の消費を最小限に抑え、少しでも自分だけは無事でいられるようにしていたみたいじゃないか。彼が結界に入れてくれと頼んでも、『結界の範囲が広がると疲れちゃうから無理』と言って、魔物に襲われる彼をずっと見ていたらしいな」

「そっ、それは、違う……違うのリーチ様!!」


 情けない、と額を押さえたリーチは、続け様に話し出す。


「しかし後で魔術師たちが現れると、その被害者に結界を張り、自分はちゃんと職務を全うしたけれど、到着したときには既に怪我を負っていて、と嘘をついたようだな。……重症だった彼が目を覚ましたとき、全て兄に話したそうだ」


 結界魔術師は、アノルト王国にとって輝かしい存在だというのに。

 ヒルダは自身の未熟な能力を一切省みず、その青年を見捨て、あまつさえ嘘をついたのだ。


 リーチは、複数人の魔術師がヒルダに不満を持っているということを婚約をしてから知ったので、何かヒルダが問題を起こしたのではないかと、隠れて調べていたのである。


 それでも、一度は婚約者として愛そうと思った女性だ。ヒルダに何も落ち度がないことを願ったし、これからヒルダが少しずつでも変わってくれることを願った。


 自身の能力に慢心せず、結界魔術師の能力を持たない者のことや、努力を馬鹿にしないような女性に変わっていってくれないかと、そう願い、本を貸したり、共に勉強をしようと誘ったこともあった。


 しかし、そんなリーチの願いは、ヒルダと過ごす時間が増えるたびに、無理だと悟るようになった。


 そして此度の事件だ。リーチは、ヒルダとの婚約を破棄することに一切迷いはなかった。


「それに、この件が今まで公にならなかったのは、君が両親に情報操作を頼んだからだったんだな。その被害者の兄は、周りから嘘つき呼ばわりされ『ヒルダ嬢への歪んだ恋心を持っているから、彼女の評判を下げようと嘘の吹聴をしている』と言われているらしい。おかげで、哀れな男の戯言だと、大事になることはなかった」

「そ、それは……その…………」


「証拠も揃っている」と冷静に淡々と告げるリーチ。

 言い淀んでいるヒルダの姿も相まって、これは事実で間違いないのだろう。


「お姉様も……お父様たちも……何をしているの……っ」


 あまりにも愚かな姉、そして両親の行動にテティスは家族として罪悪感に苛まれる中、そんな心情を察したノアは力一杯テティスを抱きしめた。


「テティス、君が悪いんじゃない」

「けれど……っ、姉妹として、家族として、その方たちに申し訳がなくて……」


 そのとき、カクン、とヒルダの両膝が地に突いた。

 瞳からは光りが消え失せ、背筋は曲がり切っている。


 いつも自信満々で、自身のことを天才だと称するヒルダの姿は、そこにはなかった。


「ヒルダ嬢、改めて言おう。私、リーチ・アノルトは、君との婚約を破棄した。先程話した件、そして今回、仲間や民を危険に晒した罪は軽くはないぞ。もちろん、情報操作をして罪の隠蔽に加担した君の両親にも罪は償ってもらう。詳細は追って沙汰を出す」

「いやぁぁぁぁぁ!!! 嘘よぉぉ!! 私は天才なの!! 凄いの!! 私は──」


 ヒルダの叫び声の残響が、ここにいる全ての者たちの耳に纏わりつく。

 しかし、誰も耳を塞ぐことも、目を逸らすこともしなかった。


 ──もしかしたら、私が、僕が、ヒルダのようになって(ああなって)いたかもしれない可能性を、本能的に感じ取っていたからだ。


「──君が少しでも自身の能力を磨いていたら、才能に慢心し、努力をすることを馬鹿にするような人間でなければ、こんなことにはならなかったのにな」


 リーチのそんな言葉に、ヒルダはふと、顔を上げた。見つめた先はリーチでもノアでもなく、馬鹿にし続けてきた妹のテティスだった。


 ──幼少期から天才として育てられ、結界魔術師として周りにチヤホヤされたヒルダ。

 魔力の少なさから、ずっと無能扱いされてきたテティス。


 自身の能力を過信し、努力とは無能がするものだと見下し続けていたヒルダ。

 無能だと罵られても、夢を馬鹿にされても、努力を諦めなかったテティス。



「何で、あんたなんかが私を見下ろしてるのよぉ……っ」

「………………」



 そんな言葉を最後に、ヒルダは連行されていった。


 テティスはヒルダに対して何も言えなかったけれど、彼女が少しでも反省し、心を入れ替えることを祈っていた。

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