2話 姉妹の圧倒的な差
婚約の細かい話については、テティスの居ないところで既に決まっていたらしい。
三日後にノアの下へ嫁ぐことになっており、そのときの迎えはあちらが準備してくれ輿入れする際の持参金も一切不要とのことだった。
テティスに余計な金を使わずに済んだことに喜ぶ父に、身の回りのものを支度しておけと命じられたテティスは「やらなきゃ……」と呟いてから、少し動くだけでキシキシと動くベッドから起き上がった。
ヒビが入ったドレッサーの前に腰を下ろしたテティスは、何度目かのため息混じりの吐息を漏らす。
備え付けのシャンデリアがチカチカと点滅していることは気になるが、もう三日後には出ていくのだからこのままで良いかと自己完結を済ませた。
「……ノア・サヴォイド様か……」
ノアはアノルト王国で最強と言われる筆頭魔術師であり、十八歳の若さで公爵の爵位も持っている、まさに雲の上の上の上の存在である。
普通ならば、大した実績もなく、容姿端麗でもない一介の伯爵令嬢が婚約できるような相手ではなかった。
「も〜〜お姉様のことを好きでも良いけれど、私と婚約するとか、そんなの困るわ……私にお姉様の面影なんて殆どないのに」
結界魔術師以前に、一般の魔術師の半人前にもなれないほどの、ちっぽけな魔力のテティス。
アルデンツィ伯爵家の花であり光でもあるヒルダとの待遇とは天と地の差があり、家ではほぼ空気扱いで、たまに家族から言葉を投げかけられたら皮肉や悪意のあるものばかりだ。
何をやっても、どう努力しても魔力は増えることはなく、突然結界が張れるようになった、だなんて奇跡も起こらなかった。
それならばと寝る間を惜しんで勉強を頑張り結果を出しても、両親の態度が変わることはなく、『無能』という単語が必ずついて回ってきた。
「もしかして妹だから、私のことも優秀だと思ってるとか? いや……流石に最低限の社交場には出てるから、私がお姉様とは違って魔術師の才能がないことは分かってるわよね……」
だとしたら、やはり見た目だろうか。テティスはヒビが入っていない部分の鏡を食い入るように見つめる。
「やっぱりお姉様とはあんまり似てない……今更だけど」
ヒルダは、美しいプラチナブロンドの艷やかな髪に、大きなヘーゼルブラウンの瞳をした、くっきりとした顔つきの美人で、人の目を引いた。
対してテティスは、暗い菫色のロングヘアーを腰まで伸ばし、サイドの髪の毛の一部を三つ編みにして、リボンを巻いた髪型をしている。
瞳はヒルダと同じヘーゼルブラウンの瞳で、姉妹というだけあってパーツは多少似ている部分はあるものの、ヒルダのような華はなく、どこにでもいる地味な女の子だった。
「直接会ったことはないけれど、姉妹なら顔くらい似ているだろうっていう考えかしら? それとも、能力や顔じゃなくて、私と婚約することでお姉様と家族ぐるみのお付き合いができると思ったとか……?」
もしくは、義弟になるとしても、少しでもヒルダの特別になりたかったのか。
「分からなーーい!! ……よし、不毛な想像はやめましょう……」
何にせよ、テティスがノアの下へ嫁ぐことは決定事項だ。これが揺らがない限り、悩んだって大きな違いはないだろう。
ただ、ノアがヒルダのことを好きだということは、事前に知れて良かったのかもしれない。
ノアほどの人に見初められた、と胸踊らずに済んだだけ、マシだった。これがもし、ノアに気を許してから知ったとなれば、テティスは酷く傷付くことになっていただろうから。
「お姉様は私を傷付けるために事前に教えてくれたんだろうけど、むしろ良かったわ。感謝しないとね」
テティスは立ち上がると、クローゼットの中にある着古したドレスをポイポイとベッドへと放った。
大きめのトランクを用意すると、比較的お洒落なものを詰め込んでいく。その他にも下着、寝巻き。本や、使い慣れた羽ペンなどの細々したものも。
さっさと準備を済ませてしまおうとテティスは手を動かすと、はたと嫁いでからの生活を想像して、不安が脳内を支配した。
「公爵様は、私にどんな感じで接するんだろう」
ノアが筆頭魔術師で公爵であることは知っているが、彼の性格に関しては、テティスは一切知らなかった。
ヒルダの口からノアのことを聞いたのは今日が初めてだったし、社交場でもヒルダの無能な妹として、浮いた存在のテティスには、仲の良い友人は居なかったから。
「実物を見たらあまりの違いに落胆してショックを受ける? いや……『やっぱり本物じゃないと嫌だ!』って激怒されて、それから気まずくなって……死ぬまで仮面夫婦を演じることになるとか!?」
ノアから言い出した婚約なので、内心どうであれそれなりに大事にしてくれる可能性もなくはないが、テティスは今までの人生で大切にされてきたことがなかったので、その考えは殆どなかった。
「どうしよう……! これは思ってたより大問題じゃ!?」
やはりテティスとの結婚は無理だということで、直ぐに婚約破棄をしてくれるというならば、まだマシだった。
家には勘当されるのだろうが別にそれは構わなかったし、晴れて自由の身になって平民として暮らせば良いのだから。
だが、一生公爵家に縛られてなお、空気として扱われたり、悪口を言われたりするのは、いくらテティスでも勘弁願いたかった。
結界魔術師の名門の家系で落ちこぼれとして生まれ、肩身の狭い思いをして暮らしてきたテティスであっても、これからの人生を共にするならば、相思相愛とは行かずとも、友好関係は築きたかったのだ。
「……とはいえ、これも悩んでも仕方が無いわよね。出来るだけ公爵様の機嫌を損ねないようにとだけ気をつけて、と。……ま、それに、悪いことばかりではないしね! もし雑談が許される関係性になれれば、魔法省での魔力の増加研究についての話を聞けるかもしれないし! きっと筆頭魔術師様なら、色んな情報が入ってきているはず!」
というのも、全てはテティスの昔からの夢が関係していた。
テティスは淡くしか光らないブレスレットを見るたびに傷付きつつも、未だに結界魔術師になる夢を捨てきれないでいた。
そのためにはまず、少ない魔力を増やさなければならないのだが、一般的には魔力量は生まれ持ったもので増えないとされているので、まずそこがネックだったのだが。
ここ数年、魔力量が後天的に増加する者が度々現れ始めたのである。
魔法省に勤めていないテティスにその詳細を知る由もなく、ヒルダに聞いても知らないの一点張りだった。
(お姉様の場合は本当に知らないのか、意地悪で教えてくれないのか分からないけれど、これだけはどうにかお聞きしたい……!)
仮面夫婦になればそんなことを聞く以前の問題なので、この望みはノアの態度によるのだが。
「とにかく! 出来るだけ嫌われないように努力すること! もしも仲良くなれたら、研究について聞いてみる! よし! 考えがまとまったわ!」
と言いつつも、研究について気軽に聞けるような関係性になれるだなんて、高くて一パーセント程度だろうと、テティスはそう思っていたというのに。
◇◇◇
「初めましてテティス。俺の名前はノア・サヴォイド。君がこの屋敷に来てくれる日を、今か今かと待っていたよ。ああ、君が俺の婚約者だなんて、まるで夢みたいだ」
「えっ」
(こ、これはどういうこと……?)
三日後のサヴォイド邸に到着した瞬間、屋敷の外で出迎えてくれたノアから、まるで喜びの花が飛んでいるように見えたのは、一体どうしてだろう。
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