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18話 夜会で降ってくる言葉

 

 夜会にテティスが着ていくのは、淡い水色の生地に細やかな花の刺繍が入った、繊細で優しいドレスだ。

 ルルと仕立て屋と共にデザインを考え、このドレスをノアに披露するのを楽しみにしていた日がやっとやって来たというのに。


「テティス、どうかした? 何か考えごとかい? もし気分が悪いならすぐに馬車を引き返し──」

「いえ! 緊張しているだけですので、大丈夫ですわ! ご心配をおかけして申し訳ありません」


 夜会へ向かう馬車の中、テティスは下がった眉尻に必死に抗って笑顔を取り繕う。


 ──勿論、憂いの原因は今日の夜会にヒルダが参加することを、つい二時間ほど前に思い出したからだ。

 ただ単に自身を馬鹿にしてくる姉と会うだけならば、これ程心がズドンと重たくなることはなかったのだが。


(ノア様とお姉様が対面するところを見るのは、やっぱり気が重いわ……)


 夜会には数多くの貴族が参加するので、もちろん全員と挨拶する訳では無い。


 しかしノアは公爵の地位であり、かつ筆頭魔術師だ。

 おそらく彼の重要性から考えて、王族とも関わりがある可能性も高い。

 もしそうでなくとも、ノアとヒルダは同じ魔法省に勤める身だ。相当険悪な関係でない限りは、挨拶をするのが礼儀というもの。 


(それにお姉様のことだもの。絶対に私の様子を確認しに来るに違いないわ。私が両親に貶されているときも、社交界でわざと聞こえるように悪口を言われたときも、必ずそのときの私を見て愉快そうにしていたから)


 ノアはヒルダのことが好きだ。けれどその思いが叶うことはない。

 そんな哀れなノアを少しでも慰めるためにテティスは婚約者に選ばれた。


 ヒルダからすれば、今のテティスの状況は相当愉快なものに違いないのだろう。


(ノア様、私に向けるよりも優しい目で、お姉様を見つめるのかしら。それとも、切なそうにするのかしら。私とお姉様を直に見比べて、お姉様の代わりの私への興味が失せてしまうかしら。……そしたら、もうこんなふうに、楽しく会話をすることはなくなってしまうの、かな……)


 そう考えると、目頭が熱くなってくる。

 けれど、せっかくルルが美しく見えるよう化粧を施してくれたのだ。この姿を見せたとき、ノアが満面の笑みで『とても綺麗だ』と言ってくれたのだ。


(幸せの魔法が溶けてしまうかもしれないけれど、それまではノア様に綺麗だと言われたこの姿でいたいな……)


 そうして、いつの間にやら馬車は夜会会場へと到着する。


 先に降りたノアに手を差し出され、テティスはおずおずと手を重ね合わせた。


「……やはり、いつも綺麗だが、今日のテティスは一段と綺麗だ」

「……っ、ノア様も、とっても素敵です……」

「そうか? ありがとう。……それなら、今日は君に恥をかかせないで済むな。こんなに美しいテティスの隣に立つのに、あまりに不格好ではテティスまで笑われてしまうから」


 ふ、と小さく笑うノアに、テティスはぐちゃぐちゃの感情のまま笑顔を取り繕う。


 その笑顔の違和感にノアが気付いていたことに、テティスは気が付かなかった。



 入場のアナウンスがされ、テティスはノアのエスコートのもと会場に足を踏み入れた。


 筆頭魔術師でもあるノアが、無能だと言われているテティスを婚約者にと選んだことは貴族の中でも話題になっているらしく、注がれる視線には、様々な思惑が纏わりついている。


 こんな視線には慣れているものの、なんだかノアに申し訳なくてテティスが少し顔を俯くと、ノアがテティスの名前を優しく呼んだ。


「大丈夫。大丈夫だから、顔を上げてみて」

「…………っ、はい」


 すると、先程感じた視線とはさほど大きくは変わらなかった。けれど、ちらほら、とこちらに向ける視線に悪意がないものがある。


 耳をすませば、時折聞こえてくる「なんだかお似合いね」「あんなに綺麗だったのか」という好意的な声もあり、テティスはバッと隣にいるノアを見上げた。


「大丈夫。大丈夫だよ」

「……っ、ノア様……」

「先に陛下に挨拶に行こうか。それが終わったら、沢山スイーツを食べると良い。おそらく苺のケーキもあるだろうから」

「はい……!」


(ノア様は凄い。ノア様に大丈夫だって言われると、なんだか自信が持てる。……お姉様のことはあまりウジウジ考えないで、夜会を楽しもう)


 そうして、テティスはノアと共に国王へ挨拶してから、ノア目当てで挨拶をしてくる貴族とも適当に言葉を交わし、それが落ち着いた頃ようやく、スイーツを食べ始めた。


「おっ、美味しいです……! サクサクのタルトは香ばしく、アーモンドクリームのコクが、フルーツの甘酸っぱさと相まってお口の中が幸せでいっぱいです……!」

「テティスの言葉は、相変わらず今日も食欲をそそるね。食べきれないくらい種類があるから、少しずつお食べ」

「はい……!!」


 そうして、小さめのサイズのケーキを五つほど食べ終わった頃だろうか。


 ノアが魔法省の人間に声をかけられ、少し話があるということで、テティスが彼の背中を見送って十分程経った頃。


 一人ではケーキを食べる気にはなれず、もちろん談笑しあえる友人もいないテティスは、すっかり壁の花になっていた。

 セドリックが居たら少しは話し相手になってくれたかもしれないが、どうやら今日彼は体調不良で夜会を欠席しているらしく、ノアが居ない今、テティスは完全に一人ぼっちだった。


(ノア様、早く戻ってこないかな……)


 ノアに大丈夫だからと言われたからか、自身でうじうじ考えないと決めたからか、それとも大好きなスイーツたちを食べたからなのか。


 少し気持ちが明るくなってテティスがグラスを片手に壁にピタリとくっついていると、よく聞き慣れた声に、その方向へと視線を移した。


 そこには、深海のような濃いブルーのドレスに身を包んだヒルダの姿があった。


「あら、あんた一人なの? ノア様は?」

「……お久しぶりです、お姉様。ノア様はお仕事のお話があるそうで席を外されています。……お姉様もお一人ですか?」

「ええ。一通り挨拶が終わったから、哀れな妹の様子でも見てみようかと思ってね」


 第二王子はどうしたのか聞けば、何やら仕事の話があるとかで、今は席を外しているらしい。


 舞踏会会場の壁際で、気味が悪いくらいにニッコリと微笑むヒルダに、テティスは背筋が粟立った。


「それでどう? 私のことが好きなノア様との生活は? あまりにも私とあんたが違うからって、虐められていない?」

「っ、ノア様も、屋敷の皆も、大変良くしてくださっています。……心配は無用ですわ」


 思っていた返答と違ったのだろう。ヒルダは「ふぅん」とつまらなそうに声を漏らすと、開いていた扇子をパチンと閉じた。


「で、私の言いつけ通り、ノア様のことは慰めて差し上げてるの? ……無能のあんたに、私の代わりなんて務まるはずがないけれど。もし優しくされても勘違いしてはだめよ? あんたが大事にされているとしたら、それは私のおかげなんだから」

「………………」


(代わりなんて務まるはずがないってことは、私が一番分かってるわ。分かっているけれど、少しだけ、少しだけで良いから夢を見ていたかったんじゃない)


 まるで、氷がバキバキと割れていくように、夢が覚めていく。

 ヒルダの代わりだから大切にされて、愛されているのだという現実は、ノアに特別な感情を持ってしまったテティスにとって、あまりに残酷なものだ。


 けれど、そんなことはヒルダに言われずとも分かっていた。分かっていたのだ。けれど。


(ノア様に、恋をしてしまった……)


 テティスは、目の前のヒルダをじっと見つめる。


 派手な美しい容姿、結界魔術師としての才能を持ち、両親からも、そしてノアからも愛されるヒルダのことが、羨ましくて仕方がない。

 産まれてから何度も思ったけれど、今、一番強く願ってしまう。


(私が、お姉様なら……)


 良いな、良いな、良いな。ドロドロとした感情が渦巻いて、恋とは人の感情を醜くするのだと知ったテティス。

 うまく言葉が出て来ないでいると、いつの間にやらヒルダの取り巻きたちもぞろぞろと集まり、囲まれてしまっていた。


「サヴォイド公爵閣下も、テティス様みたいな方が婚約者で可哀想」

「ヒルダ様の方が絶対にお似合いなのに」

「人気者は困りますわよねぇ?」


 テティスを嘲笑うようにそんな言葉を投げかけられ、同時にヒルダの口角はこれでもかと上がる。


 反対にテティスは少しずつ俯くと、その時だった。



「──テティス、大丈夫だから顔を上げて」

「……っ」


 聞き慣れた穏やかで、響く低い声。テティスは顔を上げて声の方向へ振り向くと、ようやく言葉が出てきた。

 美しい薄い菫色の彼の名は、その場にはっきりと響いた。


「ノア様……っ」

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