10話 夢のための努力
無言で聞いてくれていたノアの表情をちらりと見れば、なんとも言えない表情をしている。
(なんだそれ、って馬鹿にされてしまうかしら……それとも、同情されてしまうのかしら)
ドクドクと心臓が嫌な音を立てる中、テティスはノアが話し出すのを待つと、数秒後に彼は話し始めた。
「──テティスは、凄いな」
「えっ?」
何が凄いのか、どうして凄いななんて肯定的な言葉が出てくるのかが分からず、テティスは驚いて素っ頓狂な声を上げた。
──ガタン。ゆっくりと席を立ったノアは、向かいの席に座るテティスの隣に行くと、片膝を突いてテティスの顔を見上げる。
突然のノアの行動にテティスが身体をノア側に向けると、太もも辺りに置いてあった小さな手がいつの間にやら大きな彼の手に包み込まれていた。
ノアの手は壊れ物に触れるように優しく、その指先は冷たいのに、テティスには何故か温かく感じたのだった。
「叶う可能性が低いと分かっていても、夢を持ち続けることは誰にでも出来ることじゃないんだよ、テティス」
「……っ、けれど私は……」
「まあ、だが確かに、夢を持つだけなら無謀だと嘲笑う者もいるかもしれないね。けれどテティス、君は違うだろう?」
「…………!」
確信を持った物言い。それはまるで、テティスが何をやっているか全て知っているような口ぶりだった。
「毎日、体力をつけるために走っているだろう? 俺の部屋の窓から、その姿が見えたよ」
「えっ…………」
結界魔術師は数が少ないため多忙であり、体力がいる仕事だ。
体力はあって困ることはないだろうと、テティスは毎日日課として走っていた。
「それによく、自室で魔力を練って留める練習をしていたね。集中しすぎて、俺がノックをしても聞こえていない様子だった」
「そ、それは、申し訳ありません……」
結界魔術師の魔力の使い方は、一般的な魔術師と違い、魔力を放出せずに、まずは手に留めることが重要である。
それができたら、今度は練り上げた魔力を薄く薄く円形になるように引き伸ばしていく。
これが出来て初めて、結界魔術師の卵となれるので、テティスは少ない魔力を手に留める練習を毎日欠かさずやり続けてきた。
「空いた時間には屋敷の書庫で魔法や魔力、結界魔術師についての本を読み漁っているだろう? リュダンやルルから報告が上がっている」
「………………」
結界魔術師になるためには、魔法全般の知識があった方がいい。中には魔力増加に繋がるものもあるかもしれないと、テティスは知識を取り入れることを、欠かさなかった。
もちろんこれも毎日続けたことであり、テティスは夢を叶えるために、幼少期からずっとずっと続けていることだったのだ。
「きっと君は今まで、そうやってずっと努力を続けてきたんだろう?」
「……それくらいしか、出来ることがなかったので」
テティスが眉尻を下げてそう言うと、ノアはテティスの手を力強く握り締めて、小さく頭を振った。
「──テティス。努力をすれば夢は叶うだなんて無責任なことを、俺は言ってあげられない。だけどね、君が言った『それくらい』のことを、毎日続けることは、決して当たり前ではないよ。努力をずっと続けてきたテティスは、偉い。……だからテティスは凄いんだよ」
「…………っ」
ノアの言葉が、スッと胸に落ちてくる。じんわりと全身が熱くなって、それは、目頭にも影響を及ぼした。
(こんなふうに言ってくれたの、ノア様が初めてだ……)
──無駄な努力、無能は何をしても意味がない、早く諦めろ。
そんな言葉を並べ立てられ、自身の夢を、もはや存在さえも認められなかったテティス。
下唇を噛みしめながら、テティスは込み上げてきそうなものを必死に抑えて、ノアと視線を交えた。
まるでノアのことを睨み付けるような表情になっているが、そうでもしないと、零れ落ちてしまいそうだったから。
「ノア様、話を聞いてくださってありがとうございました」
「礼を言うのはこちらの方だ。テティスの大切な話を聞かせてくれてありがとう」
ふんわりと微笑むノアに、テティスはふと見惚れてしまう。
(ノア様は、なんて素敵な人なんだろう)
筆頭魔術師であり、公爵でありながら、テティスの夢を肯定するだけでなく、その努力を気づき、凄いと言ってくれた。
ノアが一体どういう意図で、テティスの夢について深掘りしたのかは定かではなかったけれど、ノアの言葉は、確実にテティスの心の傷を癒やしていった。
「そうだテティス。研究については協力できなかったが、一つ君に提案があるんだ」
「提案ですか……?」
未だに手を握られながら、テティスは聞き返す。
名案だというような表情を見せて口を開くノアを、テティスはじぃっと見つめた。
「今度、魔物の森に定期調査に行くことになっているんだが、テティスも参加してみるかい? ヒルダ嬢とは別の結界魔術師が帯同することになっているから、勉強になるかもしれないだろう?」
「……! 是非、是非行きたいです! けれど、なんの力や資格のない私が参加しても良いのでしょうか?」
基本的に魔物の森に入れるのは、結界魔術師を含めた魔術師と、騎士、国の上層部が入る必要があると認めたもののみだ。
テティスはそれのどれにも当てはまっていないので、どういう体での同行になるのかを尋ねた。
「ああ、今回は俺と、結界魔術師の二人だけだから、黙っていれば問題ないよ」
「えっ!? それって良いのですか……?」
「今回帯同してくれる結界魔術師と俺は旧知の仲でね、話が分かるやつだから大丈夫。もしもあいつが口を滑らせてバレても、筆頭魔術師の俺に誰も文句は言えないよ」
「な、なるほど……?」
職権乱用では? と思いつつも、テティスはノアが構わないというなら甘えようと、小さく頷く。
(ノア様があいつと呼ぶということは、帯同なさるのは男性のセドリック様かしら)
ヒルダ以外の結界魔術師は男女一名ずつの計二名だ。一応セドリックの名前は知っているものの、実際目の前で彼の結界の技術を見たことがなかったテティスは、胸が踊る。
緊張していたテティスの面持ちは、いつの間にか柔らかな笑みへと変わっていった。
「貴重な機会をいただいて、ありがとうございます、ノア様……!」
「君が喜んでくれるなら、これくらいのことなんでもない」
そう言ってノアはようやく立ち上がると、テティスから手を離して、その手を今度は彼女の頬へと滑らせた。
「えっと、ノア様……?」
「ああ、済まない。テティスの笑顔が可愛くて、つい」
「……っ」
そんな甘い言葉も、ノアがヒルダのことを好いていなければ、心の底から喜べるだろうに。
(だめよテティス、贅沢になってはいけないわ。こんなに屋敷で大切にしてもらって、調査にも連れて行ってもらえるのだもの。ノア様が向けてくださる優しい笑顔や甘いお言葉は、全て私がお姉様の代わりだからということを、悲しく思うだなんて)
──それは、自惚れというものだ。
テティスはその後、ノアとのお茶会を再開すると、再び会話に花を咲かせた。
ただ、ノアが笑顔になるたび無性に、胸が苦しかった。
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