1話 婚約者に選ばれた理由
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「初めましてテティス。俺の名前はノア・サヴォイド。君がこの屋敷に来てくれる日を、今か今かと待っていたよ。ああ、君が俺の婚約者だなんて、まるで夢みたいだ」
「えっ」
(こ、これはどういうこと……!? ノア様って、お姉様のことが好きなんじゃ!?)
サヴォイド邸に到着した瞬間、屋敷の外で出迎えてくれたノアから、まるで喜びの花が飛んでいるように見えたのは、一体どうしてだろう。
テティスはしばらく、開いた口が塞がらなかった。
◇◇◇
「テティス、よく聞きなさい。無能なお前には勿体ない高貴なお方──ここアノルト王国の筆頭魔術師であられる方から、縁談が来ている」
「そんな方から私に縁談ですか……!!?」
執務室で言い放った父の声色は、普段テティスに向けられるものよりも幾分か機嫌が良い。
テティスは言われ慣れた『無能』という単語には一切反応を示さず、中々に信じ難い状況に口をあんぐりと開けると、扉が開いた。
「お父様、そんな言い方をしたらそこの無能が期待して調子に乗っちゃうじゃない。可哀想よ」
「ああ、ヒルダ。確かにそうだな、きちんと説明しなければ」
ワインレッドの厳かなドレスに身を包んで登場したのは、テティスの姉のヒルダだ。
「今日も美しいな」と零す父の声色は明らかに高く、よほど『結界魔術師』である、ヒルダのことが可愛いと見える。
結界魔術師とは、現時点でアノルト王国で三人しかいない特殊な魔術師のことだ。
一般的な魔術師は火や風などの攻撃魔法しか使えないが、ヒルダを含む結界魔術師は、文字通り結界を張ることができる。
魔物との戦闘のときはもちろん、魔物の住処に近い集落などに結界を張ることで民を守ることができる、貴重な人材だった。
「せっかくだからテティス、何も知らずに嫁いじゃ可哀想だから、私から真実を教えてあげるわね?」
「真実……? お姉様、それは一体どういう」
嘲笑うヒルダに、テティスは訝しげな表情を浮かべた。
「筆頭魔術師様──ノア様が、私と同じ魔法省に勤めていらっしゃることくらいは、あんたでも知っているでしょう?」
「はい」
「まあ、これくらいは知ってるわよね。あんた、無能のくせに昔から魔術師──それも結界魔術師になるのが夢だなんてほざいてて、魔術師のことや魔法省については詳しいものね」
「…………っ」
ぐっと、拳に力が入る。明らかにヒルダに馬鹿にされているが、大きく間違ったところがないことから、テティスは言い返すことが出来なかった。
「ま、良いわそんなこと。……で、私は有能な結界魔術師として、ノア様は歴代でも最強と言われる筆頭魔術師として、共に仕事をすることが多かったわけなんだけどね、最近気付いてしまったのよ」
(気付く……? 何に……?)
機嫌が良さそうにお尻をふりふりしながら、ドレスをパタパタと揺らすヒルダ。
対してテティスはヒルダの言葉を待ちながら、何度着たか覚えのない地味な菫色のドレスをきゅっと掴んで、姉の言葉を待った。
「ノア様って物凄く見ているのよね、私のこと」
「…………!」
「結界魔術師としての才能にも満ち溢れていて、尚且つ美しい容姿の私に目を奪われることは珍しいことじゃないけれど、あの目はそれだけじゃないわ。……ここまで言えば無能のあんたでも分かるでしょう?」
姉のヒルダが何を言わんとしているのか、テティスには手に取るように分かった。
(……それって、つまり)
ただそれを自ら口にしなかったのは、あまりにも自分が惨めに思えたからだった。
小さく唇を震わせるテティスを見ながら、ヒルダの真っ赤な口紅を引いた唇が陽気にぷるんっと弾けた。
「ほら、だけど私には第二王子殿下っていう素敵な婚約者がいるじゃない? 可哀想だけれど、ノア様の思いには応えてあげられないってわけ」
ふふ、とヒルダは愉快そうに吐息を漏らす。そして、至極恍惚な笑みを浮かべて、言葉を続けた。
「だからテティス。私のことが好きなノア様の下へ嫁いで、せいぜい慰めてあげなさいな。……少しでも私の面影を感じていたくて、妹のあんたに婚約を申し込んだ、可哀想で健気なノア様を、ね」
そう言って、ヒルダはテティスを哀れなものを見るような目で見つめてから、ドレスを翻して部屋から出て行った。
(まさか、こんなことになるなんて……)
まだ現実を受け入れられない中、父が婚約について話すのを適当に相槌を打って、テティスはその場をどうにかやり過ごした。
◇◇◇
テティスが生まれたアルデンツィ伯爵家は、希少な結界魔術師を過去にも輩出したことがある、名門の家系だった。
結界魔術師には、なろうと思ってなれるものではない。所謂、遺伝的な要素が大きかった。
歴代の結界魔術師も、アルデンツィ家と、その他二つの結界魔術師を輩出した家から生まれている。
『やったぞ! ヒルダに結界魔術師の素質があった!』
──そして、およそ十年前のこと。
ヒルダが八歳の頃、神殿の魔力判定で、ヒルダには結界魔術師の素質があることが分かった。
アルデンツィ家ではテティスの曾祖母以来の快挙であった。
結界魔術師は貴重で希少なため、魔法省に入れば破格の報酬が手に入る。両親は伯爵家がより栄えるだろうと歓喜した。
しかし一方で、ヒルダの一年後に生まれたテティスは、才能に恵まれなかった。
『この子は、魔力がほんの少ししかないのね……こんなの、魔力判定するまでもないわ』
魔力量のみを判定ができるブレスレットを、当時赤子だったテティスにつけた彼女の母親は、ブレスレットから光るあまりにも淡い光に、残念そうにポツリと呟く。
歴代の結界魔術師は皆、膨大な魔力を持っていたのだ。もちろんヒルダも、曾祖母もである。
彼女たちにブレスレットをつければ、その魔力量の多さからブレスレットは眩いほどに光り輝いた。
そして、魔力量は生まれた瞬間から決まっており、それは何をしても変化しないというのが一般的な考え方だった。
つまり、生まれ持った魔力が極微量のテティスには、結界魔術師になる素質はないだろう。そう判断した両親は、神殿の魔力判定にはそれなりのお金がかかることもあって、テティスには魔力判定を受けさせなかったのだった。
「……ハァ。気が重い! き、が、お、も、い、わ! いくらなんでもお姉様のことを好きだと分かっている人に嫁ぐなんて、私の前世は何をやらかしたんだろう……」
父から解放されたテティスは、一目散に自室のベッドに体を投げ打つ。菫色の長い髪が、壊れかけのベッドの上にバサリと広がった。
右手首にある魔力量判定ブレスレットから放たれる、暗闇でなければ分からないくらいの淡い光を見ながら、テティスはそうぼやかずにはいられなかった。
読了ありがとうございました!
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