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第6話

 明けて翌朝。スマホのアラーム音で目が覚める。

 ベッドに倒れ込んだ所まではどうにか覚えていて、そこから今まで完全に熟睡。

 しかし疲れが完全に抜けきれたとは言えず、それに加えて筋肉痛。正直体調は悪い部類で、学校を休んでも良いくらいだ。

「行くか」

 着替えを済ませて部屋を出て、トイレに行って顔を洗う。ダイニングに用意されていた朝食を食べ、テレビの左隅に表示されている時間をチェック。

 この体調だし、少し早めに出るとしよう。


 ペダルを漕ぐ度きしむような痛みが全身を貫き、喘ぎ声が自然と漏れる。

 それでも筋肉が多少解れてきたところで、緩い坂が登場する。いつもなら気にもしない勾配が、今は垂直にそそり立った壁のよう。喘ぎ声を倍にして、必死にペダルを漕いでいく。

 一体どんなプレイなのかな、これは。

 どうにか遅刻を免れる時間に、学校へ到着する事が出来た。しかし道はここで終わりではなく、自転車を駐輪場へ停めよろめきながら校舎へ向かう。

 欠席するのは簡単で、それこそ親に言って学校に電話を1本入れるだけ。出席日数は足りているし、1日程度なら授業において行かれる不安もない。

 ただ体調を崩したのは不可抗力ではなく、俺の都合。それなのに休むのは、何かが違う気がする。

 それと別に、この苦境を楽しんでいる訳ではない。いや。本当に。

 とはいえ授業中は睡魔との戦い。今は具現化した奴の姿が見えそうな程で、しかしここで寝てしまっては学校へ出てきた意味がない。

 これはこれで別なプレイだがそれもまた一興、ではなく勉強は学生の本分。睡魔との戦いを楽しんでいる場合ではない。

 とにかく耐えに耐えて、ようやく昼休みを迎える。 

 これで食事をとったら余計に眠くなりそうだが、食べないと倒れるのは必至。一気に弁当を掻き込み、そのまま机に伏せる。

 5分でも10分でも寝れば、少しは違うはず。ただ放課後まで寝てしまいそうなので、アラームはセットしておこう。

「……やった。やりきった」

 6時間目の授業が終わったところで、立ち上がって大きく伸びをする。

 隣の席の女子生徒は気味悪げに俺を見てくるが、それはそれであり。

 いや。それはないが、後は早く帰って一休み。今日の試練に備えるとしよう。

 

 駐輪場へ辿り着くと、瞳さんが俺の自転車に手を掛けて笑いかけてきた。

 今日もぴちぴちのセーラー服で、ただ周りの生徒は彼女を素通り。俺にしか見えていないのか、普通のセーラー服にしか見えていないのだろう。

「よし、行こうか」

「いや。俺、すごい眠いんですが」

「大丈夫。車の中で、寝てて良いから」

「助かります」

 自転車で家まで帰るのは、この体調だと結構大変。これから何が待ってるにしろ、今すぐ寝られるのはありがたい。 

 正門から少し離れた路地へ彼女と共に向かい、そこに止まっていた車に乗り込む。車というか、牛車のように見えなくもないが。

「ナスでもキュウリでもないんですね」

「これは、雛祭り用。こう見えて、300牛力なの」 

 どう見えてなのかは知らないし、1牛力のパワーも不明。大体牛は2頭しかおらず、どう見てもホルスタインだ。

「すごい巨乳だよね」

「牛ですから」

「犬の次は牛か。深いね、君は」

 いや。俺は、アニマルプレイに興味はない。


 ただ内装はかなり快適。

 広さとしては20畳ほどで、下はケバケバのあれ。確か、毛せんだったかな。壁には一輪挿しが掛かり、香が焚かれているのか良い匂いも漂ってくる。

 また枕とタオルケットも用意されていて、走っている割りに揺れは殆ど感じられない。

「では、失礼して」

 もぞもぞとタオルケットを被ったところで、いきなりそれがはぎ取られた。

「着いたよ」

「……近くて助かりました」 

 雅も趣きも何もなく、時間に追われる現代日本の縮図そのものだな。 

 牛車を降りると、そこは林の中。

 昨日見た森とは違い、落葉樹が多いのか幹と枝だけの木々も結構多い。足元には枯れ葉が積もり、歩く度に乾いた音を立てている。

「庵ですか」

 行く手に現れたのは昨日見たような豪奢な館ではなく、侘びた庵。その奥には窯らしい、こんもりした形の建物が幾つか見える。

「陶芸家の家なのよ」

 木戸を開け、挨拶をしながら中へ入っていく瞳さん。

 俺も表札の白鳥という名前に目を留めながら、その後を付いていく。

 入ってすぐが土間で、その先は木製の床。広い部屋の中央に囲炉裏があり、煙が屋根の上へと舞い上がっている。

 確かに、いかにも芸術家が好みそうな雰囲気。俺も定年退職したら、こんな所で日がな1日囲炉裏の炭をいじっていたい。

 現状では、ただただ労役に勤しむしかないが。

「お待たせしました。今ご案内しますので」

 部屋の奥にある障子を開けて現れたのは、腰まである黒髪をなびかせた清楚な女性。

 俺よりは少し年上の雰囲気で、切れ長の瞳が特徴的な美人。陶芸家らしく作務衣を着ていて、それがまた何とも似合う。

「仕事中だった?」

「いえ。ネトゲをしてました。もう少しで、レベルカンスト3キャラ目です」

 また印象と違う発言をする人だな。

 良いんだけどさ。

 俺と瞳さんが案内されたのは、窯の前にある木製の棚。

 そこには花瓶や皿が幾つも並び、その下にそれぞれ紙が下がっている。◎、○、△、☓と印刷された紙が。

「△と☓は、いつも通り持っていって頂いて結構ですから」

「毎度どうも。これ、じゃんじゃん運んで」

「あ、はい」 

 陶芸の善し悪しは全く分からないが、おそらくは印が本人の評価。 つまり彼女にとっては不要で、しかし世間的には価値があるという事か。


 本と違って軽いため、運ぶのは簡単。無論慎重さは求められるが作業はすぐに終わり、囲炉裏端でお茶を振る舞われる。

「……陶芸家って、気にくわない作品を壊すイメージがあるんですが」

「いますね、そういう方も。不出来を残すくらいならと仰って」

 口元に手を添え、鈴が鳴るように笑う女性。

 そして自分の前に置いてある小さな湯飲みに、そっと指を触れた。

「出来が良くとも悪くとも、自分が生み出した作品。それを壊す事こそ、私は忍びがたいのです」

「なるほど」

「あなたのお父様もお母様も、あなたを壊そうとはなさりませんでしょう」

 それって、俺が不出来って事?


 自分自身のあり方について何となく自問していると、女性が柔らかく笑いかけてきた。

「瑞樹には、お会いになりましたか?」

「お知り合いですか?」

「彼女は従姉妹で、私は白鳥南と申します。この土地一帯も、祖父の土地になります」

 穏やかに微笑む南さん。

 表札が同性だったのでもしやと思っていたが、やはりそうきたか。

「南さんは、対価に何を得てるんですか」

「私は、人がこの付近へ来ないようにしています。作業をする時の妨げにならないよう」

「インスピレーションではなくて?」

「駄目なアイディアでもいいアイディアでも、それは私のアイディアですからね。それをどこから借りてきては、陶芸家を名乗れなくなります」

 さすがというべき発言。

 俗にまみれていないというか、悟っているというか。

俺みたいな凡人とは、根本的に違うんだろうな。


 囲炉裏の中で炭が音を立て弾け、赤い光をぼんやりと放っている。それをぼんやりと眺め、久しぶりの落ち着いた時間をゆったりと過ごす。 

 最近慌ただしい過ごし方をしていた分こういう時の貴重さ、ありがたさを改めて実感する。

「寝てる場合じゃないわよ。早く次のところへ行かないと」

 一気に現実へと引き戻す台詞。しかし俺に拒否権はなく、残りのお茶を全部飲み干して立ち上がる。

「今度は、瑞樹と一緒に来て下さいね」

「いや。あの人、猟銃を突き付けてくるので」

「真面目なんですよ、あの子は。廃品回収くらいに思えば良いのにと、何度も言ってるんですが」

 さっき自分の作品は我が子みたいな言い方をしておいて、一転これ。この人はこの人で、信用しがたい部分があるな。


 林の中に停めてある牛車に乗り込み、今度こそはと思ってタオルケットにくるまる。

 1分。いや10秒でも良いから眠りたい。寝たら目が覚めないのではという恐怖が沸いてくるくらい眠いけれど、このまま起き続けたら確実に何かが破綻する。

「着いたら起こすから」

「今度は遠いんですか」

「歩いたら、1日掛かるかも」

「はぁ」

 そう答えた途端、意識が薄れていく。

 庵で気持ちが落ち着いたせいもあるのか、とにかく今は何も考えずに眠りたい。それだけが俺の望みなんていったら、ポイントがゼロになりそうだな。


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