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第4話

 それでも学校では、いつも通りの授業が続く。代わり映えのしない、平凡な日常が。

 ただこれが、本来俺の進むべき人生。少しでもおかしな経験をすると、その平凡で穏やかな日々がどれだけ大切なのかがよく分かる。

 鬼もいなければ亡者もおらず、添い寝も待ってはいない。

 いや。添い寝は、悪くないか。


 下らない事を考えていると、すぐに放課後が訪れる。

 我ながらひどいと思いつつ帰り支度をしていたら、担任が不意に声を掛けてきた。

 素行は至って普通で、成績も上の下くらい。わざわざ呼び止められるような記憶はなく、つい身構えてしまう。

「悪いが、図書室の整理を頼めるか」

「何故、俺が」

「出席番号だ」

 今日の日付と俺の出席番号は、確かに同じ。そう言えば授業でも良く当てられた。

「それで、何をするんですか?」

「今度廃棄する本があるから、それを図書室内で動かすだけだ。1時間もやってくれれば良いから」

「分かりました」

 帰ってやる事もないし、そのくらいなら良い運動。

 もしかして女子生徒の1人くらいいるかも知れず、多少楽しい事になるかもしれない。我ながら不埒な考えだとは思うが、そのくらいの妄想をしても罰は当たらないと思う。


 本独特の匂いと、静謐な空気。本棚が整然と並ぶ様は学校の図書室といえども壮観で、つい感じ入ってしまう。

「結局、俺1人か」

 本の入れ替えで図書室自体が閉鎖しているらしく、本来の主である図書委員は全員休み。捨てる本はある程度運び出しているので、今日はたまたま俺1人だとさっき顔を出した担任が言っていた。

「まあ、良いけど」

 その分気楽で、また自分のペースを守って仕事が出来る。手を抜くつもりはないけれど、鞭をふるわれながら働くのもあまり楽しくはない。

「重畳重畳」

 本棚の奥から時代めいた言葉が聞こえてきた。誰もいないのは確認したはずなのに、一体どうして。

 さすがに少し身構え、声が聞こえてきた方へと歩いていく。

 慎重に進んでいくと本棚の間に廃棄する本が段ボールや台車に積まれてあり、その手前に人がしゃがみ込んでいた。

 体にフィットし過ぎたセーラー服を着た瞳さんが。

「おっす」

 でもって、急にフランク。とにかく掴み所がないな。

「一体、ここで何を」

「この本、全部私が引き取るから」

「……ああ、そういう事」

 不要な物を引き取り、何らかの対価を相手に払うのが彼女の仕事。だとすれば、ここにいても不思議はない。なんだか、回収業者にも思えてくるが。

 それはともかく体にフィットしたセーラー服もだが、スカートは超と言っても良い程のミニ。 

 しかし彼女が立ち上がって腰を曲げながら本を漁っていても、何故かその中が覗けないという不思議構造。

 とはいえ、それはそれでありだ。

「いや、違う。……俺、この本を運ぶよう頼まれてるんですが」

「私がそう仕組んだからね。とにかく、片っ端から運んで頂戴」

「分かりました」 

 とにかくこの件に関しては、考えても無駄。言われた事を、言われた通りにやるのが賢い方法だ。


 段ボールにして30箱あまりをドアの前まで運び終え、さすがに多少息が上がってきた。これを抱えて階段を下りる事になっていたら、本当に地獄を味わっていたところだ。

「じゃ、後は正門前までお願い」

「……ドアまでと、担任は言ってました」

「かゆい所に手が届く。それが行事代行サービス日本支部のモットーなのよね」

「はぁ」 

 正門前まで運ぶのは、彼女のサービス精神だろう。そして誰が運ぶかと言えば、俺自身。

 新手のプレイかな、これは。まあ、それはそれでありなんだけど。


 とにかく重いは、正門は遠いは、段ボールは馬鹿みたいにあるは。

 全部運び終えたのは、とっぷりと日が暮れた後。ちょうど部活動が終わった頃と重なり、植え込みの端に腰掛けてぐったりしている俺の側を楽しげな笑い声が何度も通り過ぎていく。

「お疲れお疲れ」

 軽い調子で叩かれる肩。

 俺からは何も言葉は出てこず、代わりに汗が全身から噴き出っぱなし。放っておくと、このままひからびるかも知れない。

「少しはポイントも貯まったし。良かったね、流君」

「はぁ。……本自体の対価は、学校へ?」

「そう。体育祭が晴れになるとか、来年から良い生徒が入ってくるとか。そんな感じ」

 腰に手を当て、栄養ドリンクを一気飲みする瞳さん。

 今俺がこんなのを飲んだら、むしろ体に悪そうだな。


 多少回復してきたところで無理矢理立ち上がり、自転車置き場へと向かう。

 今日は夕食を軽めにして、お風呂に入って、すぐに寝よう。幸い宿題もないし、寝てしまえば明日という日がやってくる。おそらくは、筋肉痛と共に。

「よし、流君。もう一仕事行ってみよう」

 いつも通り、軽い調子で言い放つ瞳さん。

 誰が鬼といって、やはりこの人が鬼だったか。


「遅いよ」

 笑いながら指摘してくる瞳さん。俺の腰に手を回し、体を寄せながら。

 あれだけ動いて2人乗りをすれば、遅くなって当たり前。別にこの感触を楽しみたくて、わざと遅く漕いでいる訳ではない。いや、本当に。

「例のナスはどうしたんです。キュウリでも良いけど」

「ちょっと出払っちゃってるの。大丈夫、家の前には別なのを置いてあるから」

「ここに呼び出せないんですか」

「良いじゃない、こういうのも青春っぽくて」

 勝手な事を言い、鼻歌を紡ぎ始める瞳さん。

 ぽつぽつと灯る街灯と窓の明かり。行く手の路地は薄暗く、切なさと心細さを覚える情景。背中のぬくもりが、何故か余計に寂しさをかき立てる。

「……1人きりは寂しいよね」

「俺達は2人じゃないですか」

 心を見透かしたような言葉に、つい反論をしてしまう。瞳さんは俺の耳元で微かに笑い声を上げた。

「人は結局、1人で生きていくものでしょ」

「まあ、そうですが」

「相手がいるから余計に寂しくなる。なんて事もあったり無かったり」

 本当に心を読んだような台詞。

 振り返りたいが自転車を漕いでいる最中で、また今振り返るのは駄目なような気がした。理由は分からないけれど、そんな気持ちを俺は強く抱いた。

 2人きりの帰り道。

 今まであれだけ明るかった彼女の、意味ありげな言葉。俺の心に残る、その言葉。



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