かよわく、品よく、美しく(三十と一夜の短篇第70回)
婚活というものはなかなか厳しいらしい。
好いた好かれたで結び付ける同士なら、(姻族と仲良くできるかはさておき)長く一緒に暮らせるかどうかが大事だ。家柄の釣り合いがどうとか、婚資はどれくらいだとか、当人以外が目録を拡げて条件付けをしなければならない、少なからぬ財産をお持ちの方たちは、目茶苦茶面倒臭い。海外に活動拠点を移す男性たちが増えて現地で妻を娶るようになると、国元に残る妙齢の女性たちの結婚相手に不足が生じる。
結婚相手の選考基準は、男性の親よりも女性の親の方が慎重でより厳しい。本国出身の男性が好ましく、階級も同じか少し上で、教養もあって、妻子を養っていけるだけの財産と地位がなくてはいけない、品行はよろしいか、などなど条件を付けはじめたらキリがない。事実を先行させて責任取らなきゃと主張する手は男性はともかく、十九世紀イギリスの中流以上の家の令嬢にはとてもじゃないが使えない。おまけに、アメリカ合衆国で成功した富豪たちが娘を貴族の子息と結婚させようと縁談を持ち掛けてくるので、さながら椅子取りゲームのごとく厳しいのである。
マーガレット・ウィリアムズは、そこそこ恵まれた令嬢である。父は地方議員で、地主の名望ある紳士で、長兄は弁護士、次兄は貿易業を営む友人の手伝いでインドに暮らす。経済的に何の不自由もない。マーガレットは三姉妹の二番目で、そろそろ結婚相手を決めなくてはならない。社交場に顔を出しているのだが、なかなか良縁に恵まれない。
「マーガレットの見た目は悪くないし、礼儀正しい。きっと見染めてくれる殿方がいる」
と父と母は繰り返す。
「はしたない振る舞いをして男性の気を引くなどしてはならない。評判を落とすだけだ」
と父は更に厳しく付け加える。
だが、長兄や先に結婚の決まった姉は違うことを言う。
「礼儀を守っているだけでは、相手方の印象に残らない。目に留まらなければ見染めるも何もない」
「殿方から好ましいと思われたいのなら、こちらから働きかけるのも大切よ」
どちらの言い分が参考になるのか、世慣れぬ若いマーガレットには判断がつかない。印象が大事ならば、世の中の理想と言われる姿かたちに近付くのが手っ取り早いのだろうか。ほっそりとした体形が上品で好ましいとされているから、痩身であるように食べ過ぎに気を付け、素肌の美しさが大切ともてはやされているので、なるべく化粧気無しで、頬紅や口紅を差す代わりに頬をつねり、唇を噛んで赤味を帯びるようにしている。高貴さ、上品さを示すのは静脈が透ける白い肌なんて話を耳にして、そんな化粧を試してみたら、長兄はマーガレットを見て笑った。
「メグ、青筋立てた化け物みたいだ」
マーガレットは肩を落とした。
「世の中、小説と現実は違う。物語に出てくるような風が吹いたら倒れてしまう、青白い顔をした女性がいいなんて男はいないよ」
「でもハリーが以前お付き合いしていた方は痩せて、驚くとすぐに足元がふらふらして支えて差し上げなければならなかったじゃない?」
「そうだね、でもすぐに付き合いは無くなったじゃないか」
あの方がお気の毒だわと言うと、長兄は肩をすくめた。
「僕は医者じゃない。ピクニックに行くのも重労働な女性では先が思いやられるね。僕はもっとはつらつとした女性がいい」
口ではそうは言うが、長兄はかつてその病弱そうな女性が上品で美しいと褒めていたのだ。男性の目に留まるには、楚々とした風情が必要なのではなかろうか、とマーガレットは長兄の言を全面的に信じられない。姉のジョゼフィンだって、眩暈を覚えた時に支えてくれた男性と婚約した。何事もきっかけがなければ始まらない。
「だいたい未婚の女性が白粉を塗って、額に青い線を引いてどうするんだい? 女優やその手の仕事をしている女性じゃないんだから、自然な肌色を隠すのは顰蹙を買う。素肌でいるのが一番美しいんだよ」
当事者ではないから気楽に物を言えるのだと、言葉は耳から抜けていった。バラ色だの、桃のようだのと世の人たちが形容する、女性が肌に何の手入れもせず滑らかさと艶を保てると思っているのだろうか。
青い血の高貴さを尊ぶから、それらしく見せ掛けられる化粧が考案される。自らの容姿を誇示したい、周囲の注目を集めたいと願う、美への憧れと努力など兄には判るまい。
化粧無しで、肌色は白く、静脈が際立つように、とにかく陽に当たらない。なるべく外に出ないようにしなくてはならない。家にいても窓際に行かない。とにかく直射日光を避けた。
「日焼けは美容の大敵だけど、体を動かさないでいるのはよくないわ。散歩くらいしないとかえって体の調子が整わないでしょう」
「そうよ、病気になって困るのはあなた自身よ」
母と姉がマーガレットに忠告するも聞く気は無かった。とにかく理想に近付きたい。叙事詩に出てくる儚げな貴婦人さながらの姿になりたい。自分の心の声しか聞こえなくなっていた。
食事はほんの一口、二口ばかりでカトラリーを置いてしまう。焼き菓子はバターやクリームが入っているからと手を伸ばさず、果物を少しばかりと紅茶を口にする。
コルセットでウエストを締めるのに苦労しない、姿勢を正しくするためだけに使いたい、そのままで充分細く、両手で包めるくらいしたい。
日に日に痩せて不健康に青白くなっていくのだが、マーガレットは鏡に写る姿が日に日に洗練されて理想的になっていくと、うっとりと満足した。
初夏、ウィリアムズ一家は交流のあるサー・アンドリューに招待されてピクニックに出掛けた。ボンネット型の帽子をかぶり、用心深く日傘を差して、マーガレットは会場の草原を歩いた。さわやかな外気に心身が洗われ、緑の香りが心を染めかえてくれる。閉じこもりがちの足は若さのお陰でなんとか皆についていった。
女性たちが木陰で休みお喋りをしている。長兄ヘンリーは友人とそれを眺めた。
「妹のジョーは婚約が決まったが、その下のメグはまだいい話がない。兄からすると不肖の妹だが、君からはどう目に映る?」
友人その一は、ヘンリーがおかしな思し召しを抱いて言っているのではないと気楽に答えた。
「いいお嬢さんだね」
簡単過ぎる、何も考えていないように受け取れる返事だ。友人は苦笑いをしつつ、続けた。
「これといった欠点のない、おしとやかないいお嬢さんで、礼儀正しく、慎み深い。
でもさ」
友人は言葉を一旦止め、肩をすくめた。
「どこのお嬢さんだってそうじゃないか。お転婆で、大きな口を開けて笑うような、男性の会話に割って入ってくるようなお嬢さんはいない。いたらすぐさま付き添いの女性や母親からその場で注意されるか、引っ張っていかれて退場だ。みんな個性に乏しく、可もなく不可もなくとしか言いようがない」
友人その一は、僕はひねくれているだけだから気にしないでくれと付け加えた。ヘンリーは一理あるかと、妹の日常を思った。食べたい物も食べず、食卓での会話に聞き入っているふうのマーガレット、確かに白粉の類は付けないが肌に良いからとパン生地にしかみえないような物質を顔に張り付け、日焼けしたくないとピクニックに参加を渋った様子。生命力にあふれているはずの若い女性がまるで半病人が理想と言わんばかりだ。
「メグをからかう気はなく、印象に残るのが大事と真面目な助言をしてきたつもりだったが、逆効果になったな」
大勢に従い、常識からはみ出ないのは階級社会の中での処世だし、右に倣っているのが楽な者もいる。しかし身の丈に合わない晴れ服を着て、自然な動作が取れなくなっているように世間を窺って生きているのだとしたら、窮屈この上ない。コルセットで細いウエストを作り上げても、締めあげた肉が背中や腹にはみ出しているだけだったり、きつい靴に足を押し込め靴擦れで足が血だらけになったり、心身共に痛めつけられる。たわめられた枝は鞭のように跳ねかえるか、ぽきりと折れるか。
「世の中人形のような女性がいいという男性もいるから、妹さんの縁がどう結び付くかなんて予想できないさ。
それとも僕が言ってみようか。帽子を取って髪も解いて、靴も脱いで裸足で歩いてごらんなさい。僕もご一緒しますって」
ヘンリーは友人の顔をじっと見直した。
「妹の所に行こう。そしてメグにもう一度その言葉を言ってやってくれないか?」
マーガレットに通じるか判らないが、試してみる価値はある。
これから図書館から借りた、『ヴィクトリア朝 病が変えた美と歴史 肺結核がもたらした美、文学、ファッション』(キャロリン・A・デイ著 桐谷知未訳 原書房)を読みます。




