表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/26

さあ! 打ちっぱなすよ!


「ふんっ!」


 ――ブゥンッ!


「とりゃぁっ!」


 ――ブゥンッ!


 威勢のいい掛け声とともに聞こえてくる、豪快なスイングの音。


 その音の発生源である姫川は、数回の素振りを終えると満足そうにうなずいた。


「ふぅ……うん! 調子よし! クラブよし! ボールよし! さあ! 打ちっぱなすよ!」


 そう言い放ち、姫川はまるで予告ホームランのようなポーズを決める。手に持っているゴルフクラブが野球バットに見えるくらいには、そのポーズは様になっていた。


 ゴルフは紳士のスポーツとも呼ばれる、マナーの多い競技だ。


 そのマナーの一つである『打者の邪魔をしてはいけない』に従い少し離れた位置から眺めていた俺は、姫川が持っているゴルフクラブがドライバーであることに少し首をかしげていた。


 ゴルフクラブ。それはゴルファーにとってなくてはならない仕事道具だ。


 前にキャディバッグはゴルファーにとっての必需品だと言ったが、ならばゴルフクラブはゴルファーにとっての生命線であると言えよう。サムライにとっての刀や、野球選手にとってのバットのように、まさに必要不可欠の相棒である。


 またゴルフクラブと一言で言っても、ドライバー、フェアウェイウッド、ユーティリティ、アイアン、ウェッジ、パター……と、その種類は様々だ。さらに言えば、例えば同じアイアンでも一番アイアン、二番アイアン、三番四番……とさらに細かく種類が分かれている。


 本番のゴルフコースでは、スコアを伸ばすためにこれら数あるクラブをカップまでの距離によって適切な物を使い分ける必要があるのだ。


 ……まあ、実際にすべてのクラブを使うことなんてそうそうないのだけれど。むしろめったに使わないクラブの方が多いくらいだ。初めのうちはアイアンを二、三本買う程度で十分だろう。全部揃えようとすると値段もバカにならないからな。


 ――と、ここまで長々とゴルフクラブについて語ったわけだが、そろそろどうして姫川がドライバーを持っていることに俺が首をかしげたのかについて話そう。


 ゴルフクラブにたくさんの種類があるのは、もちろんそれぞれに役割があるからだ。


 ものすごく大雑把に説明するなら、ドライバーは遠くに飛ばすため、アイアンは少し近づいた距離からさらにカップに近づけるため、パターは近い距離から転がして直接カップを狙うため、という役割である。

 分かりにくければ、飛ばしたい距離によって使うクラブが変わる、と思ってくれればいい。


 さて、それを踏まえたうえで話を続けるが、打ちっぱなしでは、最初は軽く近い距離を打って調子を整えるというのが普通だ。


 だから基本、初めはアイアンやウェッジ。一打目からいきなりドライバーというのは……俺の経験上、あまり見たことがない。


 一応言っておくが、これはマナーでもなんでもないただの一般論……いや、ただの俺の持論と言ってもいいものだ。

 どのクラブから打ち始めるのかなんて自由だし、もちろんドライバーから始めるのが悪いだなんてことは一切ない。


 それなのになぜ俺が首をかしげたのかといえば、今言ったように最初からドライバーというのが珍しかったのと、もう一つの理由。


 ――姫川が素振りの際にしたスイングに、違和感があったからである。


「……なんだか不安になるような素振りだったな、今の」


「不安? それってどういう……」


 口から零れた独り言は宮野に聞かれていたようで、キョトンとした顔を向けられる。


 ……ちょっと待ってくれ。お前も分かってないのか、宮野。


 いやまさか、まさかとは思うが……もしかしてこの二人って……、


「一番、姫川愛奈! 打ちます!」


 不安が確信に変わろうとしたところで、思考をさえぎるように元気な声が聞こえてくる。視線をそちらに向けてみれば、ちょうど姫川がボールを打とうとクラブを構えているところだった。


 下に構えたクラブを、腕だけでなく全身を捻るようにして高く上げる。天高くまで振り上げられたクラブは、そのまま『てぇいっ!』という気合十分な掛け声とともに、力いっぱい全力で振り下ろされ――


《――バゴッ!》


 鈍い音を鳴らし、ボールぼてぼてと弱弱しく姫川の足元を転がった。


「…………」


「…………」


「い、いやー、ちょっとミスっちゃった! つ、次! 次こそ本番だから!」


 恥ずかしそうに言い訳しながら、慌てて次のボールを用意する姫川。一方、俺と宮野の間には重い沈黙が下りていた。宮野に目を向けると、気まずそうに目を逸らされる。


「……なぁ、宮野」


「……は、はい」


 目を逸らしたまま、バツの悪そうに返事をする宮野。あの時の、ゴルフ部が実は同好会だったことがばれた時と同じような反応だ。


 そんな宮野の反応を見て、俺の不安は的中していたことを確信する。


「もしかしてお前たちって……ゴルフ、初心者なのか?」


「あ、あはは……はい、その通りです……」


 第二打目を盛大に空振りする姫川を背景に、宮野は申し訳なさそうに白状したのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ