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いざ、打ちっぱなしへ


《カァン――――ッ!》

《パキィ――――ッ!》


「ん~っ、いい音! これを聞くとこっちもテンションが上がるなぁ」


 ゴルフ場に響き渡る快音に、ジャージ姿の姫川が身体を震わせる。


 そして打席の後方に取り付けられた小さなベンチに荷物を下ろすと、早く打ちたいと言わんばかりにさっさと準備運動を始めた。


 学校からここまでキャディバッグを背負って歩いてきたというのに、そんな疲れなど感じさせないとは大したバイタリティである。


 一方で、ゴルフ同好会のもう一人の部員であり同じくジャージ姿の宮野は、早くも疲労困憊と言った様子だった。


「ご、ごめんね遠野君……バッグ持ってもらっちゃって……」


「それは別にいいんだけど……大丈夫か?」


 道中、キャディバッグを重そう持ちながらふらふら歩く宮野を見かね、バッグを持つのを代わったのだが、果たして宮野に打ちっぱなしをするほどの元気は残っているのか。


「う、うん。遠野君のおかげで、ちょっと休憩できたから」


「ほんと遠野君には感謝だよ! この前も、葵はここに来るまでに疲れちゃって、しばらく休まないと打てなかったからね。ボクもさすがにキャディバッグの二つ持ちは厳しいし。だから遠野君がいてくれて助かったよ! ありがと!」


「あ、ありがとうございます」


「まあ……あれだ、俺だけ何も持ってなかったし、一人だけ楽をしているみたいなのもちょっと悪い気がしたってだけだ」


「今度からはぜひボクの分も!」


「調子に乗るなこら」


「あはは、なんちゃって~」


 呆れた目を向ければ、悪びれた様子もなく頭をかいていた。多分だけど、宮野が気にしすぎないようにと、姫川なりに冗談を言って場を和ませたのだろう。


「というか今度からも何もねぇよ。見学するのは今日だけだって、最初に言っただろ」


「まーだそんなこと言ってるの? いいじゃんいいじゃん! 入っちゃおうって、ゴルフ同好会。やってみたらこれが意外と楽しいんだよ? ゴルフって」


 楽しい……か。姫川も宮野と同じことを言うんだな。


 俺にとってゴルフは楽しむものではなく、ただ他人と競い合うだけのものだった。

 どれだけゴルフが好きだろうと、どれだけゴルフに情熱を注ごうと、実力がなければ価値も居場所もない……そんな世界だった。


 ……いや、それももしかしたら、俺が勝手にそう思い込んでいただけなのかもしれないが。



 ――あいつってさ、俺達よりずっと前からやってたんだろ?

 ――知ってる知ってる。なんか幼稚園の時から始めたとか自慢してたらしいぜ。

 ――あ、それ俺も聞いたわ。でもさ、それにしちゃぁあいつって……



「――――ッ」


 脳裏に浮かぶのは、奥底にしまい込んでいたはずの嫌な記憶。苦い過去の思い出。


 頭を振ってそれを追い出そうとするも、思い出してしまったものをそう簡単には忘れることは出来ない。


 上手くなろうと必死だった。楽しいと思う余裕などなく、上手くなることだけを目的に練習した。それも続けていくうちに、ただつらいだけになった。

 どうしてこんなつらい思いをしてまで自分はゴルフをしているのか分からなくなって……そして、そして俺は……っ。


「――ん……――の君……――――遠野君!」


「っ!? あ……なんだ、宮野か」


 気づけば心配そうに揺れるエメラルドがこちらを見つめていた。


 いつの間に目の前に……声をかけられるまで気が付かないなんて、どれだけ俺は過去を引きずっているんだ。


「だ、大丈夫なの、遠野君? なんだか、すっごく怖い顔してたけど……あ、あのね、私は遠野君の気持ちを無視してまで同好会に入れようなんて思ってないからね?」


「あ、ああ……えっと?」


「その、あいちゃんはちょっと強引なところもあるけど、でも悪い子じゃなくてね? ただ少し落ち着きがないというか、考えるより先に身体が動いちゃうタイプというか……」


「あーおーいー? それはどういう意味かなー?」


 褒めているのかそれとも言外にバカだと言っているのか、そんなどちらとも取れそうなことをわたわたと身振り手振りで言ってくる宮野の後方で、ぴくぴくと頬を引きつらせる姫川が見える。


 恐らく、俺が過去を思い出していらだっているのを、しつこく勧誘されて怒ったと宮野は勘違いして姫川を擁護したのだろう。


「……すまん、大丈夫だ。心配かけたな」


「ほ、本当に? そ、その……もともと私が遠野君を無理矢理見学に連れてきたんだし、そんな私が言えたことじゃないけど、本当に嫌なら無理しないで欲しいな、って……」


 目を伏せながらそんなことを言う宮野は、あの時の自分の行動に強い責任を感じているようだった。


 自分がゴルフはやめたという俺を引き留めてまで同好会に連れて行ったせいで、俺に嫌な思いをさせたと思っているのだろう。


「…………違う」


 自然と口が開き、勝手に言葉が漏れた。


「え?」


「宮野がどう思っているのかは知らないが、俺はお前に無理矢理連れてこられたなんて思ってない。俺はお前の言葉を聞いて、自分の意思で見学に来ようと思ったんだ」


 ゴルフはやめた。あの時の言葉を訂正するつもりはないし、ゴルフをもう一度始めるつもりがないのは、あの時も今も同じだ。


 ――それでも、そんな俺でも。


 そんな俺がここに来ようと思ったのは、ゴルフが楽しいと言った宮野が眩しくて、羨ましくて――そして何より、惹かれたからだ。


 だから『自分のせいで』なんて後悔するようなことを、宮野に思って欲しくなかった。


「……なんて言うか、宮野が悪く感じる必要なんてないと言うか……だからほら、そんな顔すんな」


「と、遠野君……」


 不安そうな顔をする宮野の頭を慣れない手つきで撫でる。


 女子を慰めるという自分らしくない行動に、なんだかいたたまれない気持ちになってついとっさにやってしまったが、宮野は嫌がるそぶりも見せず、嬉しそうに目を細めてほっと安心した顔を見せた。


「それに、さっきはちょっと考え事をしていただけで、別に姫川に対して思うことがあったわけじゃないんだ」


「ん? ボクがなんだって?」


「いや、なんでもない。気にするな」


 キョトンとする姫川に手を振って誤魔化すように言う。……こんなの、恥ずかしくて説明なんか出来るか。


「……なぜだろう。ボクと葵で、何かこう……『差』があるように感じるのは」


「気のせいだ、気のせい。そんなことより、早いとこ始めたらどうだ? いい加減待ちきれないって顔してるぞ?」


「えっへへ! まあね! 分かっちゃう?」


「ほら宮野も。……俺は大丈夫だからさ」


「う、うん……うんっ!」


 力強く頷く宮野の顔からは、もうさっきまでのような不安そうな色は消えていた。


 ……そうだ、俺はもう大丈夫なんだ。あれはもう、終わった過去のことなんだから。


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