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必需品


「ままま、とりあえずお茶でもどーぞ」


 そう言って姫川が差し出した紙コップを受け取りながら、ぐるりと部室を見渡す。


 中央に設置された長机とパイプ椅子でどうにか部室としての体裁は保っているものの、しかし壁一面に並ぶ古びたロッカーや雑に置かれた段ボールの数々が、ここが元は物置であったことを雄弁に語っていた。


「なんというか、だいぶ散らかった部室だな」


「これでも結構綺麗にした方なんだけどねー。なんたってほんとはここ、使わなくなった物置だったわけだし。譲ってもらったと言えば聞こえはいいけど、実際は押し付けられたってだけだからね」


「でも、使わせてもらえるだけ感謝しなきゃ、だよね」


 それもそうだ、と入り口付近に置かれたキャディバッグを見て思う。


 キャディバッグはゴルフクラブを持ち運ぶためのバッグであり、ゴルファーにとって必需品と言えよう。


 その重さは基本三~四キロほど、軽いものでも二キロはあるし、それに加えて持ち運ぶときは当然バッグだけでなくクラブを入れるのだから、それなりの重さになる。


 そして重さだけでなく、サイズも大きい。バッグによって違いはあれど、大体は百三十センチといったところか。これを学校に行くたびに持ち運ぶのはかなりの重労働なのである。例えるなら、毎日小学生を背負って登下校する、といえば大変さは伝わるだろうか。


 だからたとえ物置であろうと、こうして道具を置いて置ける部室があると言うのは大いに助かるわけだ。もし部室がなかったら、これを教室まで持って行かなきゃいけなくなるからな。それはかなり悪目立ちしそうだ。


「どうしたんだい遠野君、そんなにバッグに熱い視線を送っちゃって……そんなにあれが気になる? よぅし、それならボクが説明してあげようじゃないか! あれはキャディバグって言ってね、ゴルフをするなら必需品で――」


「いや大丈夫だから。説明されなくてもそれくらい知ってるから」


「そう? まぁ分からないことがあったら何でもボクに聞いてよ! 初心者でも丁寧に教えてあげるからね!」


 腰に手を当て、エッヘンと胸を張る姫川。

 そういえば俺がゴルフ経験者だってこと、姫川には言ってなかったっけ。それで俺を初心者だと勘違いしているのか。


 だとすると、こうして姫川が張り切って説明しようとするのも頷ける。


「あの、あいちゃん、遠野君は初心者じゃなくて――」


「そうだ! 部室で時間潰すのももったいないし、あそこ行こうよ、葵! こうして遠野君が見学に来てくれてるわけだしさ!」


「え? ……あ、うん。あそこ、だよね。うんっ、いいと思う」


 姫川の勘違いを訂正しようとした宮野だったが、その声は姫川の耳には届かず遮られてしまう。しかしそれを気にした様子はなく、むしろその自分の言葉を遮った姫川の提案に嬉しそうに賛同していた。


「……なあ、その『あそこ』ってのは、いったいどこのことを言ってんだ? この学校にゴルフの練習ができそうな場所は無かったと思うんだが」


「ふっふーん、学校内じゃないんだな~それが。まあどこに行くのかはついてからのお楽しみってことで――」


「ちょっと歩いたところにある、打ちっぱなしのことだよ」


「ああ、なるほど……」


「あーおーいー! なーんで言っちゃうのさぁ! ボクが言おうと思ってたのにぃ!」


「うぇええ!? あ、あいちゃんごめん、ごめんってばぁ! ってうわぁっ!?」


「へ、へっへへへ……悪い子にはおしおきだぜぇ……」


「ちょっ、そこっ――く、くすぐったいってぇ!」


 悪い顔で宮野の身体をまさぐる姫川とくすぐったそうに身をよじらせる宮野、という少々刺激の強い光景から目を逸らし、現実逃避するように先ほどの話を頭の中で整理する。


 活動場所も満足に与えられていないであろうゴルフ同好会が、いったいどこで練習するつもりなのかと疑問だったが……近くに打ちっぱなしがあると言うのなら、なるほど納得だ。


 打ちっぱなし。それはゴルフを練習する施設のことで、次から次へと球を打ち、打った球はそのまま放置することからこの名前が付けられている。


 同じようなもので例えるなら、野球で言うところのバッティングセンターだと言えば分かりやすいだろうか。コースに出る前の練習をするための打ちっぱなしではあるが、趣味でゴルフをやっている人の中には、コースには行かず打ちっぱなしだけで楽しむという人も少なくない。


 ……打ちっぱなしに行くのも、いつ以来だっけ。


「ふぃー! いやぁ堪能した堪能した! いい汗かいたぁ!」


「はぁ、はぁ……うう、遠野君助けてよぉ……」


 物思いに耽っていたところで、どうやら満足したらしい姫川と解放されるもすでに満身創痍と言った様子の宮野に声をかけられた。


「あー、いやすまん。二人の中ではあれが普通なのかと思ってな」


「そんなわけないよ!?」


「ふっ、分かってるじゃないか遠野君。でも普段はもっと激しいんだよ?」


「あいちゃんも嘘言わないで!」


 そう必死に訴える宮野を、姫川はよしよしと宥めるように頭を撫でる。


 こうしていると、二人はお調子者の姉とそれに振り回される妹、というふうに見えなくもない。これはこれで、仲が良いからこそのやり取りなのだろう。


「もうっ! それより打ちっぱなし行くんでしょ、あいちゃんっ」


「おおっとそうだった、つい忘れるところだったよ! お待たせしてごめんよ遠野君! あ、ちなみに打ちっぱなしって言うのはね、ゴルフの練習をするところで――」


「いやそれも知ってるから。説明は大丈夫だから早いとこ支度してくれ」


「ふむ、まるっきりゴルフが分からないってわけでもないんだね。じゃ、そう言うことなら行くとしようか、打ちっぱなし!」


 元気よく『おー!』と拳を突き上げる姫川と、その横で『お、おー』と控えめに手をあげる宮野。そんな二人から期待するような目を向けられ、俺も仕方なくそれに続くのだった。


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