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お前のおかげで


「と、遠野君、これは成功……でいいんだよね?」


「何言ってんだ。どう見ても大成功だろ」


「で、でもほら、バンカーに……」


 姫川はボールの行方を指差しながら、宮野へと顔を向ける。

 宮野は、再び訪れたトラウマに、またしても顔を青ざめて身体を震わせていた。


「あ、あんた……わざとね!? グリーンを越さないために、わざとバンカーを狙ってクッションに……ッ!」


「え……そ、そうなの、遠野君……?」


 七海の言葉に、宮野が青い顔をこちらに向けて信じられなさそうに言う。


 そう、これは最初から分が悪いと分かってる賭けなのだ。俺が林を抜けられるかじゃない、宮野がバンカーを克服できるか、という賭け。


「……宮野には、本当に悪く思ってる。俺が勝たせて見せるなんてでかい口叩いといて、結局最後は人に頼るなんて情けないと自分でも思う。だが宮野……無責任かもしれないが、俺はお前なら、絶対に次は上手くいくって思ってる」


「む、無理だよ……わ、私なんかじゃ……!」


 宮野はいやいやと首を振って否定してくる。


 その姿はあまりに弱弱しく、今にも泣きだしそうだ。


 だが……俺は、宮野を信じてる。宮野なら絶対に乗り越えられると。

 しかし、そんなことを言っても、今の宮野には届かないだろう。


 だから、俺は――――


「なあ、宮野……ゴルフ、楽しんでるか?」


「え? え、えぇっと……?」


 急な質問に、宮野はキョトンとした顔をする。


「あの、遠野君、どうして今それを……?」


「いや、宮野がとてもじゃないがゴルフを楽しんでいるようには見えなかったもんでな」


「そ、そんなの、当たり前だよ……た、楽しむ余裕なんか……」


 目を伏せ、小さい声で宮野は言う。


 そんな宮野に、俺はあえておどけたようん口調で話しかけた。


「おいおい、お前がそんなこと言ってどうする? ゴルフは楽しいんだって俺に教えてくれたのは、宮野じゃないか」


「あっ……」


「……なあ宮野。俺はな、お前に感謝してんだ。あの時宮野がゴルフ同好会に勧誘してくれたから、俺はまたこうしてゴルフを始めることが出来たし……それに、ゴルフはつらいだけの物じゃなく、楽しいものだって知ることが出来たんだから」


 宮野は、目を丸くして、そしてポツリとつぶやいた。


「じゃあ……遠野君は、ゴルフを楽しいって、今はそう思えてるの?」


「ああ。宮野と姫川、二人のおかげだ」


 宮野のおかげでゴルフをもう一度始められた。二人のおかげでゴルフを楽しいと思えるようになった。


 だから、今度は俺が、ゴルフは楽しいものだと教えていく番だ。


「宮野、失敗とか負けるとか、そんなくだらないことで悩むなよ。もったいないぜ? だってゴルフは楽しいんだからさ」


「う、うん……うん……! ……ねぇ、遠野君。もし負けても、もし七海さんのキャディさんになっても……また私達と一緒にゴルフしてくれますか?」


「当たり前だろ。こっちからお願いするぜ。……だから、宮野もゴルフ、楽しんでくれ」


「……うん!」


 もう、大丈夫。そう言っているような吹っ切れた顔で、宮野はエメラルドの瞳をきれいに輝かせながら、笑顔を見せてくれたのだった。



 ○



 七海の第二打目は、ギリギリながらも見事にグリーンに乗せるナイスショットとなった。確実に次かその次で決めてくるだろう。


 やはり俺達同好会チームが勝つには、この第二打目で、宮野がバンカーからチップインイーグルを決めるしかなくなったのだ。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」


 その宮野だが、クラブを構えて緊張で短い呼吸を繰り返していた。


 だが……もう宮野は心配いらない。もうさっきまでのミスを引きずってなんかいない。

 ただ、今この瞬間。この一打を楽しもうとしているんだ。


「ふぅ……よしっ」


 息を整え、表情を引き締める宮野。


 それを見て、俺はつい微笑みながらももう大丈夫だと頷いた。


 ……そんな俺を、左右からいじってくる二人がいる。


「遠野君もカッコいいこと言うねぇ~このこの~! しかしそうかぁ、遠野君がゴルフを楽しんでるのはボク達のおかげかぁ~。いやぁいいこと聞いちゃったなぁ~!」


「やめろ掘り返すな茶化すな! 脇腹つつくな!」


「よくも私がいる目の前であんなこと言えたわね琉希。言い度胸してるじゃないの」


「なんでお前に断りを入れなきゃいけないんだよ……ええい抓るな、頬を!」


 お前らちゃんと宮野の打つところ見てろよ。というか人が打とうとしてんのにはしゃごうとするな。


 宮野はそんな周囲の雑音を気にした様子はなく、既にクラブを振り上げていた。

 相変わらず、無駄な力が入ってない、きれいなフォームだ。


 ……うん、大丈夫だな。


《カシュっ!》


 舞い上がる砂と共に、ふわっと打ちあがるボール。


 ……完璧だな。高さも、角度も、力加減も……さすが、母さんにアプローチの天才と言われただけはある。


「お、お願いっ」


「いっけぇーっ!」


 ボールの行方に、宮野と姫川が願いを込める。


 頂点まで上がったボールはそのまま下に落ちていき、トッ、と音を立ててカップのすぐそばへと落ちる。そしてそのままゆっくりと転がり――



 ――カラァン。



「は……はい……った……?」


「入った……入った! 入ったよ葵! やったよやった葵やったぁああ!」


「わぷっ! あ、あいちゃん苦しいよぅ……」


「……まさか本当に決めるなんて……信じられないわね」


 歓声をあげながら、宮野に抱き着く姫川。宮野は苦しそうに声を出すが、その顔はとてもうれしそうに笑っていた。


 七海は予想外だという顔だが、しかし、これは紛れもない事実。


 見事宮野はバンカーを克服し、アプローチでそのままカップに入れるスーパーショット……チップインイーグルを決めたのだった。


「ま、待って! えっと、これでボク達のスコアはいくつ? くらげちゃんに勝ってるの負けてるの?」


「あ、そ、そうだった……私もスコアのこと忘れちゃってた……」


 まるですっかり勝負のことを忘れていた二人に苦笑いしながら、俺は数えていたスコアを教える。


「今のがイーグルだから、このホールでは-2。つまり三ホール合計スコアは+1だ」


「じゃあくらげちゃんは?」


「七海は前の二ホールまでで-1。ハンデを含めると+2だから……つまり、七海が次のパターで決めなかった場合、俺達の勝ちだ」


「うおぉぉお! ほんとに!? ぼ、ボク達が勝てるの!?」


「入らなかったらな」


 そう、このパットですべてが決まる。泣いても笑っても、これが最後の一打。


 七海は今まで見たことがないくらいに集中した顔つきでグリーンを読む。



 距離十メートル越えの超ロングパット。これを七海は、絶対に外さないという意思が伝わってくるほど集中し、そしてついにパターを構え――



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