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絶対勝たせて見せるから


 二番ホールは二百五十ヤードのパー4のコースだ。一番ホールよりも距離はあるものの、コースがまっすぐでこちらも比較的簡単そうに見える……が、グリーンの手前にある一つの障害物が、このコースの難易度を跳ね上げていた。


 その障害物の正体、それはバンカー――しかもフェアウェイを横切るクロスバンカーだ。馬鹿正直に打てば、あのバンカーにつかまりかねない。


 回避するには、グリーンをオーバーするのを覚悟でバンカーを超すロングショットを打つか……または一度バンカー手前に打ち、打数をかけてでも丁寧に回避するかの二択だろう。


 どちらを選ぶのか、その判断が重要となってくる。


「――ンッ!」


 カッ、と鋭い音が七海のクラブから鳴る。七海は後者を選んでようで、バンカーの手前にボールを落とした。


 まさに堅実的。付け入る隙も与えない……そんなプレーだ。


 ……どうする、こっちはバンカー越えを狙うか? いや、まだそんな無理をする場面じゃない。今はこっちも手堅く行くべきだ。


 クラブを構え、狙いを定め、自分の打球をイメージ。いつも通りのルーティーンを済ませ、ゆっくりクラブを持ち上げて……



「――――ッ、ぐ!?」



 打った瞬間、嫌な予感が身体に走った。


 打球はイメージよりも高く上がる。雲一つない青空に吸い込まれるように、高く、高く。

 今日の天気は快晴。絶好のゴルフ日和。


 ただし……時折強い風が吹く。


「や、ばっ――!」


 伸びる。風に押されてイメージよりボールが伸びてしまう。そしてそのまま…………ボールはバンカーに落ちて行った。


「く……すまん、宮野……!」


「だ、大丈夫だよ! き、気にしないで!」


 くそっ! バカか俺は! 風が完全に頭から抜けてた! もう少し注意してから打つべきだった! いや、そもそももっと手前で落とそうとしてれば、風に乗ってもバンカーには入らなかったっていうのに……!


「まあまあ遠野君! そんなに心配しなくても、葵ならやれるって! なんたって葵にはあのアプローチのうまさがあるんだからさ!」


 姫川はそう言うが、俺はそんな楽観的には考えられなかった。


 あのバンカーは、グリーンの向かって地面がせりあがっており、グリーンを狙う打者から見ると壁のようになってしまっている。


 それの何がまずいって、宮野は一度もバンカーからのショットを練習していないのだ。


「運が悪かったわね、琉希。それとも私の運がいいのかしら? 偶然起きたことが、私に有利になるように働いたわけだし」


「……まだ、勝負は決まったわけじゃない」


「そんな苦しそうな顔で言われても説得力ないわよ。ま、悪いけど、どんなに有利になっても私は手を緩めたりしないわよ」


 そう言って、七海は二打目へと向かう。


《カッ――!》


 七海の打球は、正確にグリーンへと向かっていき、カップのそばで停止するナイスショットとなった。これで七海はバーディーチャンスだ。余計にプレッシャーをかけられた形になる。


「頑張れ葵! くらげちゃんにスーパーショットを見せてあげるんだ!」


「う、うん。すぅ……はぁ……い、行きます!」


「ま、待て宮の――」


 せめて、何か出来る限りのアドバイスを。そう思っていたが、止める間もなく宮野はクラブを振ってしまった。


 クラブを振って、ボールに当たって、砂が舞って……。


 一連の動作が終わり、舞った砂も落ち着いたころ、そこにあったのは――いまだバンカーに残ったままのボールと、顔を真っ青にした宮野の姿であった。



 ○



 バンカーには、クラブを地面につけて打ってはいけない、という決まりがある。だからクラブを浮かせなければいけないのだが、そうすると腕に余計な力が入ってしまい、普段のスイングが出来なくなってしまう。


 しかも今回のバンカーは、グリーン側の地面がせりあがり壁のようになっているため、通常よりもバールを高く浮かさないとバンカーから脱出することが出来ないのだ。


 それを初めてのバンカーでいきなり成功させろというのは……あまりにも無茶な要求でしかない。


「ご、ごめっ……ごめん、なさい……ごめんなさい……! わ、私……私……ふ、二人から任されてたのに……!」


「あ、葵……」


「宮野落ち着け。お前は何も悪くない!」


 こっちに戻ってきた宮野は表情が青ざめており、目に涙を浮かべてただ『ごめんなさい』と何度も繰り返していた。励ましも慰めも、全く届いていない様子だ。


 ……しかし、宮野は心配だが、それでプレーを中断させるわけにもいかない。ひとまず次の打者である姫川に何か指示を出さなくては……!


「く……姫川、無理はしなくていい。前は無理だ、傾斜のない後ろに打ってボールを戻せ。バンカーから抜けるのを優先する。いいか、打つときはボールの手前を思いっきり叩け」


「う、後ろに!? わ、分かった!」


 戸惑いつつもボールを打ちに向かう姫川を見送りつつ、宮野の様子を窺う。


 さっきよりはいくらか落ち着いているようにも見えるが、しかし顔色は悪いままで、先ほどのミスを大きく引きずっているのがはっきりと分かった。


「ご、ごめんなさい、遠野君……わ、私のせいで……このままじゃ、私が失敗したせいで負けちゃうかも……!」


「落ち着け、大丈夫だから。まだ負けと決まったわけじゃない。そもそも俺がバンカーに入れたのが悪いんだ。宮野のせいなんかじゃない」


「で、でも、せっかく遠野君もあいちゃんも期待してくれてたのに……そ、それなのに……」


 ――『葵ちゃん、あの子は天才だ』

 ――『だからこそ、ちゃんと注意しておきなさい。才能が大きいほど、挫折も大きい』


 母さんの言葉が思い出される。あの忠告は正しかったのだ。なぜ俺はもっと真剣に考えなかった。今になって後悔しても遅いというのに。


 ……このままでは、宮野は折れてしまう。最悪の場合……以前の俺のように、ゴルフをするのがただつらいだけになってしまうかもしれない。



 ――そんなの、絶対に認められない。



「大丈夫だ、宮野。俺が絶対、勝たせて見せるから」


「と、遠野君……」


 姫川がきっちりバンカーからボールを脱出させるのに成功したのを確認し、不安そうな宮野に見送られながら打撃に向かう。


 七海はこのホール、間違いなくバーディーを取るはずだ。それに対し、俺達はこれですでに四打目。つまりさらにスコアに差が開くことが決定している。


 このピンチを招いたのは、俺のミスが原因だ。


 それなのに、宮野は自分のせいだと責任を感じてしまっている。このまま負けてしまったら、宮野はきっと……立ち直れなくなる。


 このホールでの逆転は不可能だ。勝負は次の三番ホール。しかしこれ以上差を開かせないためにも、俺がこれ以上ミスをすることは許されない。



 ……手首は緩く、足は肩幅より少し狭く。狙いを定め、軌道をイメージして――



「――っ!」


 カシュッ、と短い音が鳴り、ボールは高く浮かび上がる。


 今度は、イメージ通り。風に流されることもなく、グリーンへと吸い込まれて行き……



 ――ドッ。



 見事にカップまで数ヤードという近さまでボールを届かせることに成功した。


 そのショットを見て、七海は感心したような表情を浮かべて話しかけてくる。


「……あんた、本当に才能がなかったの? とてもブランクのあるようなショットには見えなかったわよ」


「努力の成果だと言って欲しいな。これを才能の一言で片づけられちゃ、昔の俺が報われん」


「……そうね、確かに琉希の言う通り。才能に負けない、いい努力のショットだったわ」


「なんだ努力のショットって……ダサい名前だ」


「いちいちツッコまなくていいから! 素直に受け取っておきなさい! ……でもまあ、その実力は私のキャディとしてふさわしいと褒めてげるわ」


「……まるで勝ちを確信したかのような言い方だな。勝負は何が起こるのかわからないっていうのに」


「でも、勝負に奇跡は起こらないでしょ? それに勝った気分にもなるわよ……ほら」


 七海が指示した方を見ると、そこにはパターを打とうとしている宮野の姿があった。


 しかし、やはりまだ立ち直れていないようで、ここから見ているだけでも緊張しているのが手に取るようにわかるくらい、宮野は固くなってしまっている。


「これは……まずいな。宮野、気持ちを切り替えられてない」


「宮野さん……姫川もだけど、経験のなさが仇になったわね」


 ……不安は的中した。ほんの2、3メートルのパット。なんともない、簡単なはずのパットだったが、宮野はそれを外してしまう。


 ミスを引きずり、また次のミスを呼ぶ……そんな悪循環に陥ってしまっていた。


 その後、七海はきっちりパターを入れ、しっかりバーディーを決める。こっちの同好会チームは、姫川がパターを決めたものの、合計で六打……つまり、ダブルボギーを記録することとなった。



 この時点で、スコアは同好会チームが合計+3に対し、七海は-1……ハンデを含めたとしても、同好会チームは1の差で負けてしまっているのであった。


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