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特化した才能


「やあやあいらっしゃい。君たちが琉希の言ってたゴルフ部の子たちだね? 愚息と仲良くしてくれて本当に感謝しているよ。今日はぜひゆっくりしていってくれ」


「は、はいっ、ありがとうございます! あ、その、み、宮野葵ですっ!」


「姫川愛奈です! よろしくお願いします!」


「葵ちゃんに愛奈ちゃんか。うん、よろしく」


「……あの、練習しに来たって言ったよな? なんでゆっくりお茶しようとしてんの?」


 宮野と姫川をソファに座らせ、二人の前にコーヒーを差し出した母に一言入れる。いやもてなすのはいいんだけどさ。


「何をそんな固いことを言っているんだか。母として、せっかく遊びに来てくれた息子の友達をもてなしたいと思うのは当然だろう? いやしかし、部活で一緒にゴルフをしている子がいるとは聞いていたけれど、それがまさかこんなに可愛い子たちだとは思わなかったよ。青春を謳歌しているようで何よりだ。……ところで、どっちが彼女なんだい? 両方かな?」


「まずどっちも彼女じゃないし、何より人をさも二股して当然の人間であるかのような発言をするな! 二人にも失礼だろ!」


「そうだ、私としたことがお茶請けを用意していなかったね。クッキーでいいかい?」


「人の話を聞けぇ!」


 くそ、だから嫌だったんだ。宮野と姫川をこの人に会わせるの。二人に矛先が向かないのはよかったものの、その分いつも以上に俺で遊んでやがる。


「な、なんかすごいね、あいちゃん……」


「あの遠野君をこうも手玉に取るとは、さすが遠野君のママって感じだね」


「お前らなぁ……感心してないで少しは俺の味方をしてくれよ。こんなおしゃべりをするためにここまで来たんじゃないんだからさ」


 会話に花を咲かせるのも結構だが、それはまた次の機会にしていただきたいものだ。本来の目的を忘れてしまわれては困る。


「あぅ……そ、そうだよね、そうだったよね。ご、ごめんなさい」


「あ、いやその、そんな謝る必要はないんだぞ? 別に悪いと言ってるわけじゃなくてだな」


「おっと、そういやそ―だった。すっかり忘れてたよ」


「お前は少しくらい反省するそぶりを見せろ」


 しゅん、と落ち込む宮野に思わず下手に出つつ、その横でまったく悪びれる様子もない姫川にクレームを入れる。あれだけ楽しみにしてたっぽいのに何で忘れてんだよ。


「……というわけでだ。母さん、昨日言った通り、この二人に練習をつけて欲しい」


「ふむ、確かに聞き及んでいるよ。上級者相手に試合で勝ちたいと……そのために自ら上手くなりたい、と。このことに間違いはないかな、葵ちゃんに愛奈ちゃん」


 そう言って試すような視線を二人に向ける母。でも実際に何かを試しているわけじゃないのを俺は知っている。あれ、ただカッコよさげだからやってるだけで何の意味もないんだよね。そう言う子供っぽいとこあるんだよな、この母。


「はい! ボク、上手くなりたいんです! 叶うならプロ級に! よろしくお願いします!」


 高望みが過ぎるぞ姫川。何年ここに通うつもりだ。


「わ、私も、足を引っ張るのは嫌なので……よ、よろしくお願いします!」


 宮野はいたって普通に、真面目な他の味方をする。さすがだ宮野、母さんと姫川という俺の天敵ともいえる性格の二人が出会ってしまった以上、もう頼れるのはお前だけだ。


 さて、そんな天敵の一人である母さんはと言えば、揃って頭を下げる二人を前にして満足そうにうなずいていた。


「ああ、もちろんよろしくお願いされるとも。君たちが望むなら、アマチュアどころか下手なプロなら蹴散らせるくらいの強者に育ててあげようじゃないか」


「いや、俺達そこまで望んでないんだわ」


 ツッコミどころはあるものの、何はともあれ、力強い返事をいただけたのだった。



 ○



 宮野と姫川から『とてもおっきい』と称された我が家だが、それはその時返した言葉通り、ゴルフの練習が出来るようにと広く設計された庭があるが故である。

 といっても、打ち込み用のゲージが一つ、そしてパター練習用の小さなグリーンが一つあるだけだが。


 そして現在、ゲージは宮野が使用しており、足りない飛距離を補うために母さんが指導に当たっている。


 一方残された俺と姫川はというと、邪魔にならないように少し離れた場所にて、姫川のフォームを修正している真っ最中である。


「姫川はクラブを振り上げる時に、どうしても身体も一緒に浮き上がっちゃってるんだよな。そうじゃなくて、軸で回転すんだよ」


「こ、こうかい?」


「あーダメだ。また身体ごと持ち上げてる」


「……思ったんだけどさ、どうして身体が持ち上がっちゃいけないの?」


「身体が浮くと、頭の位置も浮くだろ? で、当然視線も浮く。そうすると、最初に決めてたクラブの軌道が大きくずれるんだよ。姫川に空振りやダフリが多いのはそれが原因だ」


「ふむふむ……じゃあそれが治れば、もっと飛ばせるようになるってことか!」


「ま、今よりは確実にな」


「おおぉっ! よぅっし、やるぞぉお!」


 始めの方はただ素振りの繰り返しという、とことん地味な練習に少々不満げな様子の姫川だったが、今やってることにどんな意味があるのかを説明すれば、途端にやる気に満ち溢れた表情を見せた。


 あとはこのやる気に見合った結果を出すだけだが……そこは、いかに俺が上手に教えられるか、と言ったところだな。


「よっ、ほっ! どう遠野君、出来てる?」


「うーん、まだちょっとなぁ……もっとこう、軸を意識してだな」


「だからその軸ってなんなのさ!」


 何と言われても、軸は軸だとしか言いようがない。しかし、まさか自分がこうも教えるのが下手だったとは……。


「だからこう……姫川のスイングがこうで……で軸を使ったスイングがこう……こうだ」


 実際にゆっくりのスイングを見せて違いを教えるが、しかし姫川には伝わっていないようで相変わらず頭に疑問符を浮かべたままだ。


 うぅむ……仕方ない。


「こう? ……こう?」


「そうじゃなくて、もっとこう、腰をキュッと――」


 と、姫川の腰を掴む。


「ああんっ」


「変な声を出すんじゃねえ!」


「き、君が変なとこ触るからだろう!? 女の子の柔肌に触れといてその言い方はなんだ!」


「う……た、確かに断りもなく悪かった。だがその悪意のある言い回しはやめてくれ!」


 下心で触ったわけじゃない。本当だ。実際プロでも、何も知らない人から見たら勘違いされるような近距離でコーチが指導することがあるんだ。本当だ。


「分かった、じゃあ実際に触って教えるのと、クラブで突っついて教えるの、好きな方を選んでくれ」


「何その二択!? 何もしないって言う選択肢はないの!?」


「そうも言ってられない進歩の遅さだからなぁ……それに、あれを見ろ」


 と言って、ゴルフゲージの方を指差す。


 そこには、母さんに後ろから抱きしめられるような形でクラブを振っている宮野の姿があった。

 あれも正しいフォームを身に着けるためのれっきとして練習である。


「あれをやられるのと、腰だけに触れられるの、どっちがいい?」


「…………こ……腰、だけで……」


 宮野から目を逸らし、気まずそうに答える姫川。覚悟は決まったようだ。


「ぼ、ボクだって上手くなるために練習してるんだからね! は、恥ずかしがってばかりもいられないのさ!」


「よし、良く言ったぞ姫川。それじゃあ…………さ、触るぞ?」


「お、おっすッ! バッチコイッ!」


 改めて、姫川の腰に手を伸ばす。出来るだけ不快感を与えないよう気を付けながら、恐る恐る腰を掴んで――


「ああんっ」


 うーん、前途多難だなこりゃ。



 ○



「琉希、そっちの調子はどう――――おやおや、どうしたんだい。そんなに疲れた顔して」


 ニヤニヤとからかうように聞いてくるが、それにツッコめるような元気は俺には残ってなかった。いやもうほんと、こんな精神的に疲れる練習は初めてだ。しばらく動きたくない。


 だがまあそのかいもあって、姫川のスイングを矯正することはほとんど完了したと言ってもいいだろう。正直ここまでやって何の成果もなかったら、姫川に申し訳なさすぎるから本当によかった。


「とりあえず、こっちは当初の目標は達成したよ。むしろそっちこそ調子はどうなんだ? さすがにまだ時間はかかると思うけど……」


「うん? こっちはもうとっくに終わっているよ?」


「…………はぁ!?」


 終わったって……しかもとっくに!? この短時間で飛距離を伸ばしたって言うのか!?


「い、いったいどんな手品を使ったんだ……」


「手品も何も、簡単なことじゃないか。まあ変に真面目というか、頭が固いところがあるからね、琉希は。真面目に飛距離を伸ばそうとするなら、私でもこの短時間では無理だ」


 では一体どんな手段を用いたのか。この所業を簡単だと言ってしまえる、その秘策はなんなのか。


「なに、今回の目的は、葵ちゃんの最大飛距離を伸ばすことではないだろう? ただ、三十ヤードを五十ヤード八十ヤードに伸ばすだけだ。だったら単純に、飛ばないクラブから飛ぶクラブに変えればいいだけじゃないか」


「え? あ………ああぁ! うわっ、そっかその手があったか!」


 アプローチはウェッジで打つものだ、と言う思考にとらわれすぎてた。そうだよ、言われてみれば確かにウェッジにこだわる必要なんてないじゃないか。


「じゃあ何? 今、宮野が使ってるクラブってもしかして……」


「アイアンだよ。それも私の代名詞である『七番アイアン』さ」


 七番アイアンでのアプロ―チ……なるほど、俺には思いつくはずもない、ゴルフを知っている人ほど『ありえない』と思う方法だな。だが、まさにこの人らしい方法だ。


「……しかし、とんでもない子を見つけてきたね、君は」


「ん? どういう意味?」


 宮野と姫川がお互いの練習成果を楽しそうに報告しあっている光景を、母さんが微笑ましそうに眺めながら言ってくる。


「おや? 気づいてなかったのかい? てっきり知っていたからアプローチの練習だけをさせているのかと思ったけど」


「だから、何を言ってんのか分かんないって」


 とんでもない子ってどういう意味だ。宮野に何かあったのか?


「正直、才能というものに苦しんだ琉希にこんなことを言うのは気が引けるけど、それでも君たちのことを思えば、嘘をつくわけにもいかないからね。…………それに、琉希にはきちんとあの子を見ておいてあげて欲しい」


「いや、だからどういう――」



「葵ちゃん。あの子は天才だ。それも、アプローチのただ一点に特化したね」



「…………っ!」


 母の言葉に思わず声が詰まる。


「だからこそ、ちゃんと注意しておきなさい。才能が大きいほど、挫折も大きい」


 そう言う母の目には、心配するような、気遣うような色が見て取れた。それは宮野に対してだけでなく、俺に対して向けて物でもあるのだろう。


 何せ俺は、一度才能の壁に苦しみ心を負った人間なのだから。


「……母さん、一つ頼みがある」


「ふふ……ああ、なんでも言いなさい」


 宮野には俺にはない才能がある。その事実を知った俺からの、一つの頼み。


 それは――


「『七海星香ちゃんへ』って入れたサインを書いてほしいんだけど」


「ああ、もちろ――え? さ、サイン?」


 呆気にとられた顔で、俺の予想外の頼みに目を丸くする母の姿があった。……うん、初めてこの人の意表が付けたな。


「え? あれ? それだけ? それだけでいいの? 天才に負けないくらい上手くしてくれとか、そう言うの頼むんじゃないの?」


「なんだ、そんなの。別にいいだろ」


 宮野に才能があるって? そんなの、喜ばしい以外に何があるって言うんだ。


 才能があるとかないとか、そう言うの俺はもう気にしてなんかいないんだから。


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