そんなのもったいない
「ゴルフ、ねぇ……」
『実は私、友達とゴルフの部活を作ろうと思ってて――』というのが宮野の談。
こう言ったら宮野には悪いかもしれないが、かなり意外だ。正直運動が得意そうには見えないし、入りたい部活と言うのも文化系の部活なんだろうなと勝手に思っていた。それがまさかの運動部、それも高校の部活の中でも割とマイナーのゴルフ部だったとは。
……それにしても、だ。
俺に『ゴルフに興味があるか』なんて聞いてくるとは……まさかとは思うが、宮野は知っていたのだろうか。
「もしかしなくても、それって勧誘ってことだよな? ……どうして俺を勧誘するのか、聞いてもいいか? 手当たり次第に誰彼構わず勧誘してるってわけでもないんだろ?」
あの上級生たちのように、部員を確保するためなら手当たり次第に声をかけるのは別に普通のことだ。しかし、宮野が見知らぬ誰かに話しかけられるタイプには到底思えない。
いやまあたったいま人は見かけによらないって思い知ったばかりだけれど、それはそれとして。
つまりは何らかの理由があって俺を勧誘しようと思ったのだろう、というのが俺の予想。ただ単にお礼を言うついでに、と言うのもあり得るけれど。
「う、うん。えっとね、その鞄なんだけど……」
「鞄……? これがどうかしたのか?」
宮野が遠慮がちに指さしたのは、俺が背負っていた鞄。いったいこれがどう関係しているのかと、そう尋ねる意味も込めて鞄を肩から下ろし宮野に見えるよう片手に持つ。
「あっ! やっぱり、これ」
これ、と宮野が示したのは、ファスナーの手引き部分に付けてある、キーホルダーだった。
……そう言えば付けたままだったの、完全に忘れてたな。
「こ、これってゴルフボール……だよね? このキーホルダーを見て、もしかしてゴルフやったことあるのかなって」
どうかな? と聞いてくる宮野は、もし違ったらどうしよう、と不安になっているのが見て取れた。
……そんな顔されると否定しづらいな。
「はぁ……そうだよ」
「そう、ってことは、じゃあ……」
「ああ、確かにゴルフ経験者だよ。俺は」
「や、やっぱり!」
途端に表情を明るくさせる宮野。はたして俺が経験者であることの何がそんなに嬉しいのだろうか。
しかしそうか、キーホルダーか……まさかこんなのでゴルフをやってたことがばれるだなんて思ってもなかったけど、つまり宮野は俺がゴルフ経験者だったことをあらかじめ知っていたわけではなかったってことか。
……でも、それなら宮野はあのことは知らないんだな。
もう、俺はゴルフをやめたってことは。
「あ、あの! そ、それなら、もしよかったらなんですけど! い、一緒にゴル――」
「もうやってないけどな」
「――え?」
「だから、もうゴルフはやめたんだよ。悪いけど、勧誘なら他をあたってくれ」
目の前でポカンと呆けた顔を見せる宮野を気にも留めず、そのまま背を向けて歩き出す。
……断るにしても、少し態度が冷たすぎただろうか。いや、どうせもう関わることはないだろうし、別にそこまで気にする必要も――
「ま、待って!」
不意に、後ろから引っ張られる感覚がして足を止める。
目を向ければ、やはりというかなんというか。
そこには俺の制服の袖をつまみ、強い意志が込められたエメラルドの瞳を向けてくる宮野の姿があった。
「い、一緒に来てください! ゴルフ部に!」
「いや……話聞いてた? もうゴルフはやめたんだって――」
「だ、ダメです!」
「……はぁ?」
ダメってなんだよ。
なんで俺が今日会ったばかりでしかない宮野にそんなこと言われなくてはいけないんだ。
……そんな文句を言おうとして、しかし続けて投げかけられた言葉に、口から出かけていた文句は引っ込むこととなる。
「もうやめたとか、そんなの……だ、だってもったいないです! ご、ゴルフは楽しいんですから!」
本気だ――直感でそう思った。
ゴルフは楽しいって、やめるのはもったいないって、本気の本気でそう思っているんだと、必死に訴えかけるように叫ぶ宮野を見て、はっきり分かった。
……そう言えば、俺も楽しかったからゴルフをやり始めたんだっけ。
それがいつしか、上手くなることだけが目的になって、自分の中の理想との差に苦しんで、夢を持っても壁にぶつかって、夢は夢でしかないと現実を知って――
――――俺がゴルフを楽しめなくなったのは、いつからだったっけ。
「……………………今日だけだ」
「あ、え、はい?」
「今日だけ! ……今日一回だけなら、そのゴルフ部とやらに行ってもいい」
「――っ! う、うん! それでもぜんぜん! ぜんぜんオッケーだから!」
一瞬驚いたような顔をして、そしてすぐ嬉しそうな表情を浮かべた宮野は、興奮した様子で俺の手を握って走り出す。
「それじゃあ行こうっ! 遠野君!」
「お、おう――分かったからそんな急ぐなって!」
「善は急げ、です!」
俺を引っ張る宮野は、今日一番にエメラルドを輝かせていた。
○
連れてこられたのは、様々な部活が根城を構える部室棟。
その一階、一番端にある部室の前まで俺を案内した宮野は、それはもう恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
「そ、その……こ、ここが部室……です」
「……だから急ぐなって言ったんだ」
あの時はテンションが昂っていて無意識だったのだろう。
ここに来る途中で落ち着きを取り戻した宮野は、男の手を握っている、という自分の状況を正確に理解した結果、瞬く間に顔が真っ赤になり慌てて繋いでいた手を離したのだった。
「ううぅ……ご、ごめんね? その、お、お見苦しいところをお見せしてしまい……」
「いや……まあなんと言うか、されるがままだった俺も悪かったからさ。だからほら、気にすんなって。それより、部活を見せてくれるんだろ?」
「う、うん! ……そ、その、ありがとう」
まだ少し照れくさそうにしているものの、にへら、と小さく微笑む宮野。そして部室のドアに手をのばし、
「それじゃあ遠野君、ようこそゴルフぶ――」
「あーおーいぃぃぃぃいいいいーーーー!!」
「ふぇ? キャァッ!?」
「は? ――ぐぁっ!?」
――部室の中から飛来した金色のミサイルが直撃し、俺は勢いよく押し倒された。