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理想的指導者


「いいか? 軸をな、軸を意識するんだ。身体の中心にある軸がぶれないように身体を回転させるんだ」


「こ、こう?」


「そうそう。いいぞ、頭の位置も動かさないように気を付けろよ? ボールはしっかり見たままだぞ」


「こ、こうかっ」


「そうそうそう……よし、打て!」


「とりゃぁぁああ!」


《ガゴッ!》


「くぅっ、こんなはずでは……っ!」


「あのなぁ、だから何回も言ってんだろ、力が入りすぎだって」


 大きく左にそれていくボールを見送りながら、ため息交じりに言う。

 もともと運動神経がいいのか、割と呑み込みの速い姫川だが、どうも力んでしまうのを修正すのに苦労している。これさえ直ればだいぶ良くなるんだが……。


「おっかしいな~。これでも力は抜いてるつもりなんだよ?」


「飛ばそうと思うから無意識に力が入っちゃってるんだよ。それでフォームも崩れてるし……ほら見てみろ、宮野のスイングを。かなりきれいなフォームだ」


「おお、なるほど確かに美しい……」


「だろ? あれは無駄な力が入ってないからこそ、ああやって自然と流れるようなきれいなスイングをだな」


「……あ、あのっ! は、恥ずかしいです…………っ」


 コン、と姫川よりだいぶ控えめな音を奏でた宮野が赤くなりながらこっちを振り向いた。


 宮野は姫川とは逆で、センスに頼るのではなくコツコツと根気よく練習して実力を伸ばすタイプだ。そのため繰り返し練習した正しいフォームを身に着けることは出来ているが、思うように飛距離が伸びないでいた。


「おっと悪い宮野、練習の邪魔して。お手本のようなフォームだったからつい」


「う、ううん、それはいいんだけど……その、私もちょっと教えてもらっていいかな? どうしたらもっと飛ばせるのかなって……」


「と言われてもな……姫川にもいったが、変に飛ばそう打なんて思わない方がいいぞ? 打球もちゃんと狙った方向に真っすぐ飛んでるし……」


「あの、でも、五十ヤードも飛んでないんだけど……」


 そう言われて、さっき宮野が打った打球を思い出す。


 宮野と姫川に目標にしてもらっているのは、八十ヤード以内の距離ならある程度狙った場所に打てるようになることだ。


 しかし宮野の打球は、狙ってる八十ヤードを示す看板よりも手前の、五十ヤードを示す看板……よりもっと手前、三十ヤードほどの距離しか飛んでいなかった。


「……まあ、宮野の言いたいことも分かるけど……」


「だ、だよね? それで、どうやったらいいのかな」


 宮野の飛距離が出ない原因は、単純に筋力不足だと思われる。だから筋トレすれば解決するのだが……しかし、今回ばかりはそうも言ってられない。


 なにせ勝負は一週間後なのだ。筋肉はそんなすぐにつくものじゃない。


 だから筋トレ以外で、そしてすぐに効果が出る、そんな魔法のような解決策を考えなければいけないわけで……。


「遠野君遠野君! やっぱり上手くいかないよ~! そもそも身体の軸ってなにさ~!」


「ん? あ、ああ、ちょっと待ってな? 今考え事を……」


「あの、遠野君。もしかして、私の場合は力を入れた方がいいのかな?」


「え? い、いや宮野、そんなことはないから、フォームを崩すようなことはするなよ?」


「ねえ遠野君! そもそも自分のスイングがどういう感じなのかわからないから、ど子をどう直せばいいのかわからないんだけど」


「だから軸がぶれてるのが……って、その軸が何なのかわからないんだったか。分かった後でちゃんと教えるから――」


「あの、遠野君」


「ねえ遠野君!」


 い、忙しい……!


 二人の苦手な部分が違うと、同時に教えられないから時間がかかるな。大体俺だって人に教えるのが得意ってわけじゃないのに……。


 ……これは、まずいな。この調子だと勝負の日までに間に合わない。しかも、俺も自分の練習をしなくちゃいけないから、付きっ切りでずっと教えられるわけじゃない。とにかく、時間が……いや、指導者が足りない。


 くそっ、誰かいなかったか? 人に教えるのが得意で、時間に余裕があって指導に専念できる誰か……でも俺にそんな知り合いなんかいるわけ――――っ!


 ……そうだ、一人いる。


 一人だけだけど、条件にあてはまる理想的な人物がいるじゃないか。


「二人とも、よく聞いてくれ」


「え、何?」


「どうしたの?」


 質問攻めしてくる二人を押しとどめ、真剣なまなざしで語り掛ける。


「このままじゃ、俺達は七海に勝つことが出来ない。だから――」


 真剣なまなざし、真剣な声色……だが内心、少し気恥ずかしさで躊躇いながら、俺はその言葉を口にした。



「――二人とも、明日俺の家に来てくれ」



 ……この時の二人の反応は特に詳細を述べはしないが、まんまると見開かれたエメラルドとサファイアの瞳がひどく印象的だった、とだけ言っておこう。



 ○



「ここが遠野君の家……」


「お、おっきいね……」


 日曜日の昼下がり。家まで案内した宮野と姫川の最初の一言がそれだった。


「ゴルフの練習が出来るように庭が広いだけで、その分家はそんなに大きくないぞ?」


「十分立派でしょ! はぁー……プロってやっぱお金稼げるんだねぇ。くらげちゃんがプロになりたがる理由が分かった気がするよ」


「その誤解はあまりにも七海が報われないからやめなさい。あとお前、それ絶対本人には言ったりすんなよ?」


 ていうかプロを目指そうとしたのは俺も同じなんだけど。まさかそれも金が目的とか思ってないよな? 後できちんと言い聞かせておこう。


「そ、そう言えば遠野君。私たちが、その、と、遠野君のご自宅にご招待されたのは、ど、どうしてなのかな?」


 さわしなく右に左に視線を泳がせる宮野が上ずった声で聞いてくる。どうもやたら緊張してみたいだけど、そこまでのことか?


 招待した理由なんて、俺達の目的を考えれば分かることだと思うんだが……あーでも、元とはいえプロに会うんだし、緊張しても別に変じゃないのか。特に宮野って人見知りっぽいところあるし。


「どうしてってそりゃ、二人を俺の親……母さんに会せようと思ってだな」


「ご、ごご、ご両親にっ、ご、ご挨拶を!?」


「…………? うん、まあ、両親ではないけど」


 現在ゴルフ同好会が抱えている問題、指導者不足を解決する一手として俺が頼ったのが、元プロゴルファー遠野真希選手である。つまり母だ。


 あの人を食ったような性格の母親を二人に会せるのは気が進まないというか、割と苦肉の策で苦渋の決断だったけど、背に腹は代えられない。なにせ元プロだ。人に教えるという点ではこれ以上の適任はいないだろう。


「お、男の人の家……お、お母さんに挨拶……」


「あっはは、葵ってばそんなに緊張してかーわいー」


「な、なんであいちゃんは緊張してないの?」


「んー? ボクはむしろ楽しみだけどなぁ。だってほら、もしかしたらすーっごいレベルアップできるかもしれないじゃん! こんな機会めったにないよ!」


「……れ、レベルアップ……?」


「二人ともなに話してんだ? 時間がもったいないし、早く始めようぜ」


「はーい! ほら葵も! いやぁー、それにしてもまさかプロに教えてもらえるなんて思わなかったよ! 遠野君ママには感謝しなきゃだね!」


「元、な。今日は何もすることがなくて暇だったって、簡単にオッケーしてくれたよ」


「でも色んな人から羨ましがられそうだよね。プロゴルファーに練習を見てもらえるって」


 そんな会話をしながら、姫川を家の中へと案内する。その後方で、なぜか宮野は遠い目をしながらほっと息をついていた。



「……………………あっ、練習かぁ」


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