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猛特訓、スタートだよ!


『ゴルフを好きな人同士で、一緒にゴルフを楽しもう!』


 ――それが、我らが川越北高校ゴルフ同好会の活動理念である。まあ、あるとしたらこんな感じかなー、って俺が勝手につけただけなんだけど。


 とにかくそれくらい和やかな雰囲気の、言ってしまえば緩い部活であるゴルフ同好会は、現在廃部の危機という窮地に直面している。もはや和やかさなんてかけらもない。


 しかもこうなった原因は俺が余計なことを言ったせいなのだから、巻き添えにしてしまった宮野と姫川には心苦しい気持ちでいっぱいだ。


 ……で、二人に頭を下げたわけだが、どういうわけか宮野も姫川も全くと言っていいほど気にした様子はなかったし、どころか同好会がなくなるかもしれないピンチだと言うのに焦りもせず、あっけらかんとした様子だった。


「だって、もし負けたとしてもまた新しく同好会を作ればいいだけだし」


 理由を聞くと、姫川はなんともないようにそう答えた。


「新しく作るって……そう簡単なことでもないだろ。申請が通らなかったらどうするんだ?」


「その時はその時かな。そりゃ、同好会を部に昇格させるのは一つの目標ではあったけど、別にそれがボクの中で一番だったわけじゃないし。それに部活に入ってないとゴルフをしちゃいけない、なんて決まりもないもん。ね、葵!」


「う、うん。もちろん同好会がなくなったら残念けど、でも、私はみんなとゴルフをするだけで、それで十分だから……同好会じゃなくなっても、またこうして三人で集まって、一緒にゴルフが出来たらなって。と、遠野君は、それじゃダメ、かな……?」


「いや……そうだな。俺もそう思う」


 ……本当に、この二人には敵わないな。


 やっぱりこの同好会に入ってよかったと改めて思う。だからこそ、この場所をなくしたくないって思う。


「むしろボクの方が不思議だなー。だって、遠野君は勝つつもりなんでしょ?」


「む……なんだ、俺が勝ちたいと思うのは変か? いやしかしだな? ゴルフに限らずとも、スポーツってのはやっぱ試合に勝った時の喜びがだな……」


「あー違う違う、そうじゃなくて。くらげちゃんに勝とうって言うのに、こんな悠長なことしてていいのかなーって」


「悠長って……どこがだ?」


「だから、打ちっぱなしに来てる今この状況のぉ……ことっ!」


 そう言いながら、打席で構えていた姫川は思いっきりクラブを振り抜いた。


 姫川が言った通り、俺達は打ちっぱなしに練習をしに来ていた。……ちゃんと練習しているのに、姫川は何を悠長だなんて言ってるんだ?


「せっかく土曜日で時間があるんだからさ、コースを回ったりした方がいいんじゃないの?」


「ああ、なるほどそう言う……それなら安心しろ。現時点ではコースに行くより、打ちっぱなしに来たほうが練習になる」


「あの、遠野君。それはどうしてなの?」


 俺の言葉に、宮野がキョトンとした顔で聞いてきた。


「二人とも最初に見た時よりはだいぶマシになったけど、それでもまだ基本が出来上がったとは言えないだろ?」


「う、うん。確かに、まだまだって思う」


「えー! ボクはそんなことないと思うけどなぁ」


「お前、実際にたった今ぼてぼてのゴロを転がしたばっかだろうが」


「さ、さーて、練習練習っと……」


 呆れた目を向ければ、姫川はこそこそと打席に戻っていった。


「ったく……まあだから、回るのに時間がかかるコースに行くよりも、とにかく数を打てる打ちっぱなしの方が、基本を練習するのにちょうどいいんだよ」


「な、なるほど……じゃあ、頑張って練習しないとだね!」


「おう、頑張れ。なんたって今回俺達は三人でのフォーサム形式だ。全員が力を合わせて頑張らなきゃいけないからな」


 しかし、七海もやってくれやがる。

 まさかフォーボールじゃなくてフォーサムを指定するとは……。


「んーっとさ、今さらなんだけど、ふぉーさむ? ……って何?」


「フォーサムってのは、試合の形式のことだ」


 個人種目という認識が強いゴルフにも、団体戦というものは存在する。それが、二人一組のチーム同士で競い合うダブルスだ。今回は特例として俺達は三人一組だけど。


 で、フォーサムとフォーボールは、そのダブルスにおけるゲーム形式のことである。本当は二対二に分かれてプレーするのをフォーサムというので、三対一をフォーサムと呼ぶのは正しくないのだが……それについては置いておくとしよう。


 まずフォーボールだが、これはチームのメンバーそれぞれが打ったボールのうち、結果がいいものを選んで進むことが出来る形式だ。


 一方のフォーサムだが、この形式だと、一つのボールをチームで交互に打ってプレーを進行していくことになる。自分がミスをしたら、チームに迷惑をかけてしまう……そんな緊張が常に付きまとうのだ。


「――――というわけだ。分かったか?」


「ほぇー……あれ? だったらフォーボールって奴の方がよくない? フォーサムじゃボク達不利じゃない?」


 俺の説明を聞いて、姫川はハッと気づいたようにそう言った。


 そう、フォーサム形式は俺達にとって不利だ。フォーボールならだれか一人でも七海を上回ればよかったのだが、今回の場合だと全員で七海に勝つ必要がある。


 それに、七海は実力的に格上。ミスをしても勝てるほど、甘い相手のはずがない。


 つまり俺達同好会チームは『ミスをしてはいけない』というプレッシャーの中でプレーをしなくてはいけないのだ。このプレッシャーは、まだ経験の浅い宮野と姫川にはかなり大きい負担になってしまう。


 だからどうにかフォーボールでの試合にしようと食い下がったのだが……


「『あんた達がゴルフは一人よりみんなと一緒の方がいいって主張するなら、それを証明して見せなさい』……だってさ」


「ほほう、くらげちゃんも言うねぇ。それを聞いちゃぁ、こっちも受けて立つしかないね!」


「で、でもあいちゃん、七海さんはプロを目指すくらいゴルフが上手なんだよ? わ、私達が勝てるのかなぁ……」


「もー、葵ってば弱気になりすぎだよっ! こっちにだってプロを目指してたことのある遠野君がいるんだし、可能性は十分あるさ! ねっ、遠野君!」


 期待するような視線で姫川がこっちを見てくるが、俺はそのサファイアの瞳からそっと目を逸らした。


「あー……いや、そのな? 三ホールの合計スコアで勝負を決めるんだけど、それで一応、七海の最終スコアに+3するってハンデはもらえたんだが……正直に言って、それでも勝つのは厳しい」


「ちょ、っと! 遠野君が勝つのを諦めてどうすんのさ! ボク達の主戦力なのに!」


「お、落ち着け! 別に勝てないとは言ってない! ただ厳しいってだけで!」


「ほとんど同じだよ!」


 慌てて詰め寄ってくる姫川を必死に宥め賺すが、効果は薄いようだ。


「でも、ハンデがあっても厳しいってことは、それだけ七海さんと私達は実力差があるってことだよね?」


「あ、ああ……七海がどれほどの腕前なのかは分からないけど、かなり自信がある感じだったからな。主戦力と頼ってくれるのは嬉しいが、その俺が七海より上だとは思えない」


 しかも、俺はつい最近まで、一年近くゴルフから離れていた。俺がサボっている間も七海は真面目に練習をしていただろうし、この一年という差はかなり大きい。


「俺達が普通に練習したところで、それで上がる勝率なんて微々たるものだ」


 七海との対決は一週間後。たったそれだけの時間で、七海との実力差が覆ることはない。


 ……しかし、それは個人での話だ。


「だから、普通の練習はしない」


「普通じゃない練習……つまり特殊訓練ってことだね! なんてカッコいい響き……!」


「あいちゃん好きだよね、そう言うの。えっとそれで、それはどんな練習なの?」


 テンションをあげる姫川の隣で、宮野が詳細を聞いてくる。


「もちろん、二人がよかったらなんだが……練習するものを限定して、それに集中してもらおうと思う」


 別に特殊訓練って言うほどの特別な何かをするわけではない。少し賭けの要素はあるが、ようは全部を満遍なく練習するのではなく、一つや二つに特化して効率よく練習をしようってだけだ。


 個人で七海に勝てないのなら、三人で勝てばいい。それぞれが七海と競い合える武器を一つでも持てれば、十分勝負になる。


「私は全然大丈夫だけど……何を集中して練習するの?」


「はいはい! ボク、ドライバーがいい!」


「悪いがドライバーじゃない――いやごめんって。本当に悪いと思ってるから。だからそんながっかりしないでくれ……ごほん! えー、では改めて」


 あからさまにテンションを下げた姫川に謝りつつ、気を取り直して何に限定して練習するのかを発表する。



「二人に練習してもらうもの、それは――――アプローチだ」



「アプローチ……」


「それってあれだよね? 近い距離からボールをグリーンに乗せるやつ」


「そうだ。まず俺がティーショットを打って、宮野と姫川でグリーンに乗せ、最後にパターを決める……これで四打だ。この四打が、勝つための最低ラインになる」


 三ホール対決だし、恐らくパ―4を超えるコースはないはず。七海がバーディー(-1)を出したとしても、ハンデの+3を考慮すれば十分に勝算はある。


「余裕があればパターの練習もするけど、とにかくまずはアプローチだ。……二人とも、任せていいか?」


「は、はいっ! が、頑張りますっ!」


「うんうん、ボク達にドーンと任せたまえよ!」


 威勢のいい返事が返ってくる。二人ともやる気十分のようだ。


「さぁって、そうと決まればぐずぐずしてらんないよね! 早速始めるとしよっか!」


 姫川は持っていたクラブをかざすと、高らかに言い放った。



「アプローチの猛特訓、スタートだよ!」


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