七海月波という少女
七海月波。
川越北高校一年生で、姫川と同じクラス。白い髪は『くらげちゃん』という愛称を聞いた跡だとくらげの触手のようにも見える、ルビーの瞳をした強気な少女。
最も特筆すべき点は、やはりプロゴルファーを目指している、というところだろう。そんなとても大きな目標を、七海は臆することなく堂々と口にする。
そこには『なれたらいいな』なんて軽い気持ちはなく、七海が『絶対になってやる』と強く思っているのだと言うのがひしひしと伝わってくる。
さて、ではそんな中、『お前がプロに本当になれんの?』などと彼女の夢を疑問視するような発言をすればどうなるか。
前述したとおり七海は強気な性格をしているし、例えそうでなかったとしても結果は火を見るよりも明らかだろうが、しかし男には引くに引けない状況というやつもあるわけで、つまり俺は七海から明確に敵認定されたわけだが、はたして怒ったまま部室から去って行ってしまった七海をゴルフ同好会に入部させることは本当に出来るのだろうか。
本来の目的であったはずのそれは余計に困難になったようにも思えるが、実は意外なことに大きく進展していたのだった。いや、進展どころか、目的はほぼ達成されたと言っても過言ではないだろう。
結論から言ってしまえば、七海はゴルフ同好会に入部する。
ただし、そこにはまた別の問題も発生してしまっていることも付け加えて言っておこう。
宮野、姫川…………本当にごめん。
俺のせいで、ゴルフ同好会が廃部の危機になってしまうだなんて……。
○
七海を同好会に入部させるために、俺はどうすればいいか。俺に思いつくのは、宮野と姫川がやったように、入部した際のメリットを提示することだった。
すでに挙がったメリットでは、七海には通用しなかった。つまりそれ以外で、それ以上のメリットを考えなければいけないわけだが、そうなるともう、思いつくものと言ったらあれくらいしかない。
「なあ、七海」と話しかければ、相変わらず敵意満載の視線が向けられる。その視線に気づかないふりをして、俺は構わず言葉をつづけた。
「――『緑の甲子園』に出たくないか?」
「…………っ!」
ピクッ、と身体を反応させ、ルビーの瞳が揺らいだ。
緑の甲子園。
正式には、全国高等学校ゴルフ選手権大会。
高校ゴルフにおける最大の大会だ。
当然のことながら、全国から地区予選を勝ち上がった実力者が集う。
つまり――緑の甲子園は、プロになるための登竜門とも言える場所なのだ。
そんな場所に、プロを目指している七海が、行きたいと思わないはずがない。
「一人で練習したほうが有意義、か……そうだな、それも一理あるかもしれない。けど、一人じゃ出来ないこともあるだろ? 例えば……緑の甲子園に出場すること、とかな」
「…………出たければ、あんた達の部に入れって言いたいわけね」
憎々し気にそう言う七海だが、やはり緑の甲子園という誘惑には抗えないようで、さっきまでの敵意がだいぶ薄まっているように感じる。
「七海にとっても悪い話じゃないはずだぞ? 確かにお前は、一人でも効率のいい練習が出来るのかもしれないけど、どれだけ効率よく練習したところで、お前とゴルフ部に所属している他の選手とじゃ、明らかな差がある」
「くっ……」
悔しそうに顔を逸らす七海。どうやら自分に何が足りないのかは、きちんと自覚しているようだ。
七海に足りないのは、練習量でも実力でもない。そもそも七海がどれだけゴルフが上手いのかなんて知らないのだから、そこをとやかく言うつもりはない。
――試合数。
それが七海に足りない、ゴルフ部に所属している他の選手との明らかな差だ。
本番でコースを回るのと、練習でコースを回るのとでは、同じように見えて決定的に違いがあるのだ。他の選手を待つ時間、周囲からの視線、緊張感……あげればキリがない。
「部活に入れば、試合をする機会はいくらでもある。緑の甲子園だけじゃない、他に開催される高校ゴルフの大会とか、他校のゴルフ部との合同練習とか……それともお前は、そう言った実戦経験を積まないでプロになれると、本当に言いきれるのか?」
俺が切れる手札はすべて切った。これでダメなら、七海を入部させることはあきらめるしかない。
……七海は、だいぶ迷っている様子だ。まあ、それもそうだろうな。実践経験を積む機会は捨てがたいのは確かだが、七海が最初に指摘した、ゴルフ同好会の練習の質が低いということは解決していないのだから。
普段の練習か、偶の本番か。
どちらをとるのかは、結局のところは七海次第だ。
「ぐうぅ……あーもうっ! 分かったわよ! そこまで言うなら仕方なく入ってあげようじゃないの! 仕方なくよ仕方なくっ! あんたの口車に乗せられたわけじゃないから、勘違いすんじゃないわよ!」
「ほんとっ? くらげちゃん! やったぁ!」
「くらげ言うなッ!」
七海の言葉に、喜色満面で飛びつく姫川。七海もまた律義にツッコミを入れてはいるが、当の姫川は聞いているのかいないのか、湧き上がる安生を抑え込むようにギューっと身体を震わせて…………そして思いっきり爆発させた。
「くらげちゃんくらげちゃんくらげちゃん! ありがとうくらげちゃん! これで部になれるよ! 部だよ! やったやったやったぁ! くらげちゃんやったぁ!」
「ここぞとばかりに連呼するなぁぁあ!」
机に身を乗り出して飛びつこうとする姫川を、七海は寸でのところで必死にガードする。
そんな二人の攻防を眺めながら、俺は達成感と疲労感を感じながらそっと息を吐いた。




