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噂の『あの子』


「――ごっほん! み、みっともないとこを見せちゃったわね。改めて、私は七海――」


「ボクと同じクラスの子でね。くらげちゃんっていうんだ」


「違うわよ! くらげって言うなって何度も言ってるでしょうが!」


 話が進まねぇ……。


 ひとまず謎の来訪者くらげちゃん(仮)を部室に招き入れ、現在は長机を挟みゴルフ同好会とくらげちゃん(仮)の三対一に分かれて座っている、という状況である。


 ……まあ構図的には三対一でも、実際は姫川がちょっかいをかけてはくらげちゃん(仮)がそれにかみつく、という一対一の状況なんだけど。くらげちゃん(仮)が誰かを知らない俺と宮野は、さっきからずっと置いてけぼりだ。


「もう一回だけ言ってあげるけど、次はないわよ!? いいわね!? ……こほん、それじゃあ改めて。私は七海ななみ月波つきは。そっちの二人も、くらげちゃんなんて呼んだら怒るんだからね!」


 ななみつきは……七海、月……あ、そっか。


「なるほど、それで海月くらげ……」


「だ、か、らぁ! くらげって言うなぁッ!」


 地団太を踏みながら怒る七海だが、つられて揺れる白い髪が話を聞いた後だと触手のように見える。……絶対に怒られるな。黙っとこう。


「ねえねえ、遠野君」


 頭に浮かんだイメージをそっと胸の内にしまっていると、不意にくいくいと袖を引かれる感覚。そっちを見ると、宮野が俺の制服をつまんでこちらを見上げていた。


「ど、どうした?」


「えっとね? 『七海さん』って名前、どこかで聞いたような気がして……それも最近なんだけど。遠野君はどう?」


「そう言われてもなぁ。七海とは初対面だし……待てよ」


 七海、七海……確かにどこかで聞いたような気も……いやどちらかと言えば、聞いたというより強引に聞かされたような――――あっ。



 ――『ぜひっ! 七海星香ちゃんへって入れてください!』



「思い出した。打ちっぱなしの店員さんじゃないか?」


「あ、そっか! 受け付けのお姉さん!」


 そう言えばどことなく顔も似ているような気も……ていうかてっきり忘れてたわ、サインのこと。


「お姉ちゃんがやけに勧めるからちょっとは期待してあげてたけど、まさか人の名前を間違えるような失礼な部だとは思わなかったわ!」


「なにおう!? ボク達はまだ部じゃなくて同好会だぞぅ!」


「知らないわよ! ていうかだったらなんなのよ!」


 お姉ちゃん、というのはあの店員さんで間違いないだろう。この同好会を誰かに勧める人なんて、それ以外に考えられないし。


「あの……な、七海さん」


「……何よ。ていうか誰よ」


「み、宮野葵、です」


 恐る恐る話しかけた宮野に対し、七海はあまり好意的ではない態度だ。多分姫川のせい。

 おい姫川、お前のせいで俺と宮野まで敵視されてるぞ。


「宮野さんね。……それで?」


「あ、いえ、えっと……な、七海さんも、ゴルフやってるんだよね?」


「当たり前じゃない。じゃなきゃこんなとこ来ないわよ」


「んなっ!? こ、こんなとことは失礼な!」


 心外だと言わんばかりの姫川だが、それに対して七海はどこ吹く風と言った様子で、どこか勝ち誇った顔で自慢げに喋る。


「でも、あんた達と一緒にしないでよね。お遊びでゴルフをやってるあんた達とは違って、私は本気でゴルフをやってるんだから!」


「あの、その、それで……な、七海さん、よければゴルフ同好会に入らないかなって」


「いや今の会話からよく勧誘しようと思ったわね!? どう考えてもそういう流れじゃなかったでしょ!?」


「おっ、それいいじゃん! 入っちゃいなよくらげちゃん!」


「あんたはちゃんと人の話を聞いてたのか姫川ァ!」


 うん、ごめん宮野に姫川。俺も無理だと思う。七海の味方をするわけじゃないけど、ほんとよく勧誘しようと思ったな。……相変わらず、懐が深いというか空気を読まないというか。


 ……しかし、『本気でゴルフをやってる』か。どこかで聞いたようなセリフだな。


「ちぇー、くらげちゃんが入ってくれれば部員が四人になるのにぃ……」


「……まあ、それについてはひとまず置いといてだな…………七海。さっきの、俺達が遊びだって言うのは、一体どういう意味だ?」


 不貞腐れる姫川は一旦放置し、七海にそう聞いてみると、冷たい視線を伴ったルビーの瞳がこちらに向けられた。


 ……心なしか、さっきの一連の流れで敵意や警戒心が強まったような気がする。


「あんたも名前くらい言いなさいよ」


「遠野だ」


「ふぅん、遠野――遠野? ……まあいいわ。さっき『パット・イズ・マネー』だなんて言ってたのはあんたね」


「そうだけど……そういえばお前も色々言ってたな。古いとか迷信とか」


「あら、事実じゃない。今はむしろショット・イズ・マネー……ヒッティングこそ重視される時代よ」


「……ゴルフはボールをカップに入れるゲームだ。カップに入れるためのクラブはパターだけなのに、お前はそれをおろそかにするのか?」


「んと……ああ、ジャック・バーグね。別にパターを軽視してるわけじゃないわよ。……でもそうね、それじゃあ『どんなバカでも、二度目のパットは入れることが出来る』なんてどうかしら?」


「確か……スコットランドのことわざだったか? バカじゃなきゃ一打目で入るのに、一打損してるな」


「へぇ。面白い返しじゃない。ま、それは私もそう思うけど。ゴルフは一打たりとも無駄にしちゃいけないのよ。……プロを目指す者も、それは一緒」


「プロを? ……まさか、お前」


 会話の中に混ぜられた、強い決意が込められた一言。

 思い浮かんだまさかという疑問に、七海は肯定するようににやりと笑って言った。


「そう、私はプロを目指してるのよ! そのために本気でゴルフをやってるんだから!」


 ああもう、本当にどこかで聞いたような……身に覚えのありすぎるセリフだ。


 いや本当に、どおりでさっきから意見は会わないくせに話が弾むわけだ。初対面なのにやけに波長が合うというか、会話がしやすいと感じる理由が分かった。


 ……こいつ、俺と似てるんだ。それも、プロを目指してた頃の俺と。


「あのさ、そう言えば前から聞こうと思ってたんだけど、プロのゴルフ選手ってどうやってなるの?」


 七海の発言に妙な親近感を覚えていると、ふと思い出したように姫川がそんなことを聞いてくる。隣では宮野も同じことが気になっていたようで、こくこくと頷いてこっちを見ていた。


「プロになるには日本プロゴルフ協会に認定される必要があるんだ。んで、その方法は二つ。一つはツアートーナメントで優勝してプロ宣言することで、もう一つはプロテストを受けて合格すること。どっちにしろ、かなりの難関だけどな」


「そう! 難関なの! そして、それに挑もうとしている私…………フッ、あんた達をお遊びだと言った理由、これで分かったかしら?」


 ここで一つ疑問が生まれる。なんで七海がこの高校にいるんだ、という疑問。


 プロゴルファーを目指すなら、普通はゴルフの強豪校に行くはず。なかにはプロになるために海外にゴルフ留学する人もいるくらいだ。学生のうちからプロを目指すなら、進学先選びも重要になってくる。


「……なのにお前、なんでゴルフ部のない高校に入ってんだよ……」


 指摘すれば、七海は気まずそうに目を逸らした。


「う……う、うるさいわね、色々あんのよ……」


「もしかして受験に失敗したとか……いやさすがに――」


「――うぇっ!?」


 さすがにないか、と言おうとしたところで、七海が露骨な反応を見せる。


 ……まさか、図星か?


「七海……さてはお前……」


「わ、わー! わー!」


 七海は慌てた様子で、誤魔化すように大きな声を出して俺の声を遮ってきた。

 ……よっぽど知られたくないみたいだけど、その反応じゃ白状してるようなもんだぞ。


「でもさー、それならやっぱ入部した方がいいじゃん! ゴルフの部活なんだよ? ゴルフの練習が出来る部活なんだよ?」


「わ、私もそう思うなー……な、なんて。だ、だって、ゴルフは一人より、みんながいたほうが楽しいと思うし……」


 やはり、同好会から部に昇格するチャンスとあってはそう簡単にはあきらめきれないのか、姫川と宮野は入部するメリットをあげながら、もう一度七海を勧誘する。


 しかし、七海は二人の誘い文句を鼻で笑った。


「みんながいた方が楽しいって……はっ、何を言うのかと思えばそんなこと。あのねぇ、私はプロになるためにゴルフをやってんの。楽しむためじゃないの。それにこんなお遊びゴルフ部で練習するより、一人で練習したほうがよっぽど有意義よ」


「ぐっ……」


「うぅ……」


 言葉を詰まらせる二人。自分たちのゴルフの腕がまだまだだと自覚している二人にとって、『一緒に練習しても意味がない』と言われては言い返すこともできないのだろう。


 ……正直に言ってしまえば、この七海の発言を、昔同じようにプロになるために練習していた俺は完全には否定しきれない。練習環境すらろくに整っていないこのゴルフ同好会で練習するよりも、もっと効率のいい方法はいくらでもある。


 だから、七海の言っていることは間違ってはいない。


 …………間違っては、いない。



 ――――けど。



 けれど、宮野と姫川は、俺がまたゴルフを始めるきっかけをくれた二人だ。


 たとえ間違ったことは言ってなかったとしても、二人がこんな小バカにするようなこと言われてんのに、おとなしく黙ってられるか。


「お前がプロに、か……本当になれたらいいけどな」


「……は? 何が言いたいのよ」


 小さく、だが確実に聞こえるくらいの声で呟く。そうすれば案の定、敵意を含んだルビーの瞳が、こっちを鋭くにらみつけてきた。


 ……感情的になってはいけない。七海の態度に思うところはあるが、ただ上手くなるためだけなら、七海の言うことも事実であることを受け止めろ。


 受け止めて、その上で七海に一言言ってやれ。


 決して七海を敵だとか、排斥しようだとか考えてはいけない。だって、宮野と姫川は、七海をゴルフ同好会に――一緒にゴルフしようって、そう勧誘してるんだから。なら俺も、ゴルフ同好会の一員としてその意思に従うべきだろう。


 俺がすべきなのは、七海を言い負かすことじゃない。


 ――七海を同好会に入部させる、それが俺のすべきことだ。



 ……自分で言っといてあれだけど、かなり難易度高くない? 本当に出来んのか、俺……。


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