くらげちゃん
打ちっぱなしに行って、打ち方とかフォームを少し教えて、帰り際にサインの念押しをされて……で、次の日。
今日は金曜日だ。明日から休日なわけだが、ゴルフ同好会は土日も活動するのだろうか。後で部長に確認しておこう。
さて、そんな部長たる姫川だが、さっきから部室のあっちこっちで何か探し物をしているようだ。元物置のこの部室には段ボールやロッカーが大量にあるため、なかなかてこずっている様子である。
「うーん、なかなか見つからないものだねぇ……お? おおっ? もしやこれかな? ……これだ! あったあった! やっと見つけたぁ!」
「あいちゃん、さっきから何を探してたの?」
「ふっふっふ~。これだよこれ! ジャジャーン!」
ドサッと机の上に置かれたのは、一つの段ボール。一見何の変哲もない段ボールだが、よく見ると『ゴルフ部』と掠れた文字がマジックペンで書かれていた。
「打ちっぱなしのおねーさんが昔はゴルフ部があったって言ってたからさ。もしかしたらその時の道具が残ってたりしないかなぁ~って思って探してみたのさ!」
「へぇ、やるなぁ」
「でしょでしょ? もっと褒めていいんだからね!」
「さすがあいちゃん!」
「ん~! もっと褒めて!」
小さな段ボールだし、机に置いた時の音も軽かったから、もしかして中身は当時のゴルフ部の部誌とかか?
だとしたら、かなりありがたいんだけどな。ゴルフ部ならではの練習方法とか載ってるかもだし。
「それじゃー早速ごかいちょー!」
ビリビリビリィ、と雑にガムテープをはがして封を開ける姫川。そのままウキウキとした顔で中を覗き込んでいたが、中身を確認するなり不思議そうな表情に顔を変えた。
「うんん? なんだろ、これ……芝?」
中に入っていたのは、姫川の言う通り芝――正確には丸められた人工芝のマットだった。
あれは……パターマットだな。部誌じゃなかったか……。
「あいちゃん、それってあれじゃないかな。ほら、えぇっと……名前は確か……ぱ、パターの練習するやつ!」
「あっ、あれかぁ! あの……なんだったっけな……なんとかかんとか……ぱ、パターの練習するやつ!」
「パターマットな」
パターの練習するやつなのは間違いないけれども。
「そうそれ! 便利だよねー、部屋の中で練習が出来ちゃうんだもん」
「そう言えば、私達パターの練習ってしたことないね」
「それならちょうどよかったな。なんたって『パット・イズ・マネー』って格言があるくらいだ。練習しておいて損はないぞ」
俺、あの格言結構好きなんだよね。あと『耳でパットせよ』とか。
とにかく、それくらいゴルフにおいてパターは重要ってことだ。なんたってゴルフはカップにボールが入らなきゃ終わらないのだから。
実は俺自身がパターに少し苦手意識があって、コースを回った時もパターでミスをして悪いスコアを出してしまうことがよくあった。あそこでミスらなければ……そんな苦い経験もあって、パターがいかに大切かと語れば、
「へぇー、そんな言葉があるんだ」
「ちゃんと練習しなきゃだね」
「ふん! 今どきそんな考え、もう古いわよ!」
と、そんな三者三様の反応が返って来た…………三人?
あれ? ここにいるのはいつも通り、俺以外に宮野と姫川だけだし、だから返事も二つだけのはず。だとしたら、あと一つはいったい誰が……?
「そんな迷信を信じてるなんて、あんた達まだまだね!」
またしても聞こえて来た正体不明の声。
「遠野君、あれ!」
宮野が部室のドアを指差す。慌てて顔を向けると、ドアのすりガラスにはぼやけた人影が透けて見えていた。どうやら、外に聞き耳を立てている不埒な輩がいるようだ。
「だ、誰だ!」
「誰だ、ですって? 知らないのなら覚えておきなさい! 私の名前は、七海つき――《ガチャン》……あ、あれ? ちょ、ちょっと?」
ガチャン、ガチャン、ガチャン。
むなしい音が部室に流れる。外からは必死にドアノブを回す音が聞こえてくるが、残念ながら一向に開く気配はない。
……鍵、かかってるもんね。そりゃ開かないよね。
「ちょ、ちょっと開けなさいよ! 鍵かけるなんて卑怯よ! あ、あけ……開けてよぉ!」
「……ねぇ、どうしよっか、あれ」
「う、うーん……無視しちゃかわいそうだし、開けた方がいいんじゃないかな……?」
「……はぁ。仕方ないか」
本当はめんどくさそうだし関わりたくないのだが、あのまま部室の前にいられても迷惑だしな。手短に用件を聞いてさっさとお帰り頂くとしよう。
そう考え、渋々ながら鍵を開ける。そうして開かれたドアの向こうにいたのは、まだ真新しい制服に身を包んだ女子生徒。
これまた俺達と同じ一年生だろうか、と思っていると、後ろから『あっ』と何かに気づいたらしい姫川の声が聞こえて来た。
「くらげちゃんだ!」
「くらげ言うなッ!」
ショートカットの白い髪にルビーのような赤い瞳をした少女は、力いっぱいにそう叫んだのだった。




