憧れた人たち
翌日の放課後。いつもの学校用の鞄とは別に、大きな荷物を背負った俺を部室で待っていたのは、ひどく意気消沈している宮野と姫川の姿であった。何があった。
「……あ、遠野君だー……」
「……やー、遠野君じゃないか。待ってたよぉ……」
「お、おう……なんだこれ、どういう状況?」
あまりのテンションの低さに若干引きながら聞いてみる。いくら探してもバイトが見つからない……というだけじゃなさそうだな。
「あ、あのね、遠野君……ちょっとこれを見て欲しいんだけど……」
宮野が差し出してきたのは、紺色のカバーの小さな手帳――生徒手帳だ。
開かれたページには学校の規則が書かれており、その中の一文を宮野は指さしていた。
「えーと? 『アルバイトは原則として認められない』――か」
「うん……この学校ってバイト禁止みたいなの……」
そう言って宮野はしょんぼりと表情を暗くさせる。
なるほど、それで二人とも元気がなかったわけか。バイトが出来ないんじゃ、クラブを買うお金も稼げないもんな。
……だとすると、持ってきたこれは無駄にならずに済みそうだ。
「うがー! なんて心の狭い学校なんだ! 別にバイトくらいいいじゃないか! これじゃあいつまでたってもクラブ買えないよ!」
「あいちゃん、学校の決まり何だからしょうがないよ……私も残念だけど……」
「あー、それなんだがな。二人ともちょっといいか?」
嘆く二人を前に、背中のバッグの重みを感じながら声をかける。
果たして、これを喜んで受け取ってくれるだろうか。
「実は二人に見てもらいたいものがあってだな……」
「見てもらいたいもの? ――ってあれ、遠野君、その背中の奴……」
「……キャディバッグ? でも遠野君のはここにあるし……二つ目?」
宮野と姫川は今初めて俺がキャディバッグを持っていることに気が付いたみたいで、目を丸くした。二人の言う通り、俺が持ってきたのはキャディバッグ。既に自分のキャディバッグがあるのにどうしてまた別に持ってきたのかと疑問に思っている様子だ。
だが、これは『俺の』ではない。
「これは、俺の母さんが昔……プロになるより前に使ってたクラブだ」
キャディバッグの中身は、古い型のレディースクラブだ。
――昨日、家に帰った俺は、またゴルフを始めたことを両親に話した。
一度勝手にやめて、そしてまた勝手に始めるという無責任さを咎められると思っていたが、意外にも父さんはあっさりと許してくれた。
母さんに至っては、俺がゴルフを始めようと思ったきっかけである宮野と姫川の話をすると、もう使わないからと昔のクラブをくれたほどだ。しかも『もう休憩は十分か?』って……どうも、俺がゴルフを本当にやめることはないと分かっていたみたいだ。
つくづく、俺はちっぽけなことで悩んでいたと思い知らされる。
「これを、二人に使って欲しい」
「……本当にいいの? 昔のでも、残しておいたってことは大事な物なんじゃないかい?」
「そ、そうだよ! 何だか悪いし……申し訳ないよ」
確かに、大事なものであることは間違いない。しかし、そんな大事なものであるからこそ、物置でしまいっぱなしにしているのではなく、この二人に使ってもらいたいのだ。
「使わないのに大事にしまっておくぐらいなら、大事に使ってくれる人に貰って欲しんだよ。というかむしろ、こっちの方が申し訳ないくらいだ。人のお古をあげるんだからな」
ゴルフクラブは最新家電のごとく次々と新しいものが開発される。
古いクラブより最新のクラブの方が優れているのは、言うまでもないことだ。
良い道具を使えば誰でも上手くなるなんて言うつもりはないが、しかし良い道具を使った方がいいスコアが出せるのは間違いではない。
「型は古いし、ワンセットしかないからこれ一つを二人で使ってもらうことになるし、何より二人が買おうとしてた、手になじむクラブじゃないかもしれないけど……それでもよければ、これを使ってやってくれ」
俺が初めて憧れたプロゴルファーから受け取ったクラブ。
それを次に憧れた初心者ゴルファーの二人に託す。
「うん……うんっ! ぜったい、ぜったい大事にするね!」
「ま、我が同好会のメンバーたる遠野君にそこまで言われちゃあ、部長であるボクが断るわけにはいかないよね! ……へへ、ありがとっ」
嬉しそうな顔で約束する宮野と、格好つけつつも我慢しきれずニヘラと頬を緩ませる姫川。
俺が差し出したクラブを受け取ると、二人はそれを大事そうに胸に抱えるのであった。
そんな二人を見て、俺はあの時と同じことを思う。
――この二人と一緒なら、俺もいつかゴルフが楽しいと思えるかもしれない。
「うぅ~……! なんかめっちゃゴルフしたくなってきたぁ! ねっ、ねっ! 今から行こうよ! 打ちっぱなしっ!」
「あっ、私も同じこと思ってた! 行こう行こう!」
「おいおい、あそこに行くのは気まずいんじゃなかったのか?」
はしゃぐ二人に、呆れたように言ってみる。
まあ、二人はもうそんなことは気にしてないんだろうな。
「何言ってるのさ遠野君! ボクは一刻も早くこのクラブを使いたくてたまらないんだよ!」
「うんうん。それに、いつまでも気にしてるわけにもいかないもんね」
「ほらっ、遠野君も早く準備して! そろそろボクの我慢は限界だよ!」
「分かった分かった。ちょっとくらい待ってくれって」
今にも走って行ってしまいそうな姫川を落ち着かせながら急いで準備を整える。
同好会に入部して四日目。あの日、ゴルフをやめた時以来の、久しぶりの練習だ。
腕は鈍っているだろうし、まず間違いなくあの頃よりも下手になっていることだろう。
……でも、きっと大丈夫だ。
下手でも楽しめるんだって、証明してくれた人がいるんだから。




