足りないんだよ!
めでたく、と言っていいものか、それとも図々しくもと言うべきか……まあ何はともあれ、俺がゴルフ同好会へと入部して、早いことに三日が過ぎた。
部室の入り口わきに置かれた自分のキャディバッグを見ると、なんだか『ああ、俺も同好会の一員なんだな』と実感できて、ちょっと感慨深い。
ずっと物置の奥にしまい込んでいたせいで、取り出した時には埃をかぶってしまっていたが、捨てないでおいてよかった。
でもまあ、ゴルフはやめたとか言っていたくせに、こうして道具はちゃんと残してあるんだから、口では何と言おうが本当は未練タラタラだったのだと思うと、少しおかしくて笑えて来るな。
……ところで入部してから三日もたつのに、せっかくのマイゴルフクラブを使う機会がいまだにやって来ないのはいったいどういうことなんだ?
「なぁおい、聞いてるのか姫川。お前に言ってんだよ」
部長だろ、お前。
「ふぁい? 何が?」
咎めるような視線を向ければ、呑気な顔でお菓子をほおばっていた姫川が、小首をかしげながら気の抜けた声を出した。
「何が、じゃなくてだな。ここんとこ同好会がしたことと言ったら、お菓子を食べたりだらだら喋ったり、そんなんばっかりだろうが。いつになったら練習するんだよ」
「あーうん、練習ね。れんしゅー、れんしゅー……うーんとねー」
右に揺れたと思ったら左に揺れて、そしてそのまま横に――隣に座る宮野へと、姫川はしなだれるようにもたれかかった。
「え、ちょっ……あ、あいちゃん?」
「んん~、相変わらずいい匂い~……ふひっ」
「おいこら、そこの危ない奴。話をなかったことにするな」
「分かってる分かってる、わぁーってるってぇ。あー……でもほら、練習するにしてもスペースがないわけだしさ、やりたくても出来ないわけよ」
「……この前行った打ちっぱなしがあるだろ」
「いやいや、忘れたの? 遠野君」
「わ、私もあそこはちょっと……」
ダメもとで提案してみたが、予想通り芳しくない反応だ。……この反応も、仕方ないといえば仕方ないか。
というのも、以前行った時に些細なトラブルが……いや、トラブルだと語弊があるな。全面的にこっちが悪いんだし。
とにかく何があったのかと言えば、帰ろうとした際に従業員の人から騒ぎすぎだと注意を受けたのだ。
少ないとはいえ他にお客さんもいたわけだし、内容はどうあれ、うるさくしていたのは事実なのだから言い訳のしようがない。素直に謝罪と反省をしたわけだが、そんな場所に昨日の今日でまた行けるほど、俺達は面の皮が厚くはないのだ。さすがに気まずい。
……あ、そうだ。
「なぁ、だったらさ、練習用のゴルフケージを買わないか?」
「ゴルフケージ……? あの、遠野君。それってなぁに?」
「ネットが張ってあって、ショットの練習が出来るやつだ。まあ一人用サイズの打ちっぱなしみたいなもんだな」
「へぇ、確かにそれがあれば学校でも練習できるね! あ、でも、やっぱりそういうのって高いのかなぁ……」
「まあそうだな。いいのを買おうとすると大体三万くらいはするし、高いのだともっと値段も上がって、八万とか九万とか……」
「は、はち……さ、さすがにそれは買えないよね。でもゴルフケージかぁ……ねぇ、あいちゃんっ。ゴルフケージだって、ゴルフケージっ!」
そわそわする宮野が、なんかクリスマスにサンタが来るのを楽しみにしている子供のように見える。
微笑ましい姿だけど、ゴルフケージでここまでテンションをあげる女子高生っていうのもだいぶ珍しい気がする。まあケージの有用性を理解してくれたならそれでいっか。
「ふむ……なるほど、ゴルフケージか。確かにそれがあれば便利だろうね。一人当たり一万円くらい出せば、一つは買えるんだろうし」
「うんうんっ、そうだよ! 買えるよっ!」
姫川も、腕を組んで冷静そうに考えを述べる。こっちも脈ありな様子で、宮野は嬉しそうに姫川の言葉を後押ししてる。
「それにそーゆーいかにもゴルフ部っぽいアイテムは欲しいなーって思ってたし」
「うんうんっ、そうだよ! 欲しいよっ!」
「ボクと葵が脱初心者するためにも、周りの練習環境を整える必要もある」
「うんうんっ、そうだよ! 絶対必要だよ!」
「――でもま、やっぱ買うのは無理かな」
「そうだよっ、無理だよ! ――ってええぇ!? む、無理なのあいちゃん!?」
突然の裏切り行為に、宮野はお手本のようなリアクションで驚きの声をあげた。
その原因となった本人はと言えば、静かに腕を組んだまま、なぜか顔を俯かせフルフルと身体を震わせている。
「で、どうして無理なんだ?」
「…………ぃんだよ」
「あ? なんだって?」
ぼそりと何かを呟いたみたいだが、声が小さくて内容までは聞き取れなかった。
「もう一回言ってくれ。もっとはっきりと、大きな声で」
「ぐっ……だ、だからぁ――」
一瞬悔しそうに顔を歪めた姫川は、ためらいながらも口を開き、
「足りないんだよ! お金がッ!!」
言われたとおりにはっきりとした大きな声で、そしてやけっぱちと言わんばかりの叫び声だった。
「……あー、その……うん」
「足りないんだよ! お金が!」
「いや聞こえてるから。二回も言わなくていいから」
「足りないんだよぉ!」
「分かったから! だからもういいって!」
机に突っ伏し同じことを何度も叫ぶ姫川を慌てて止める。放っておいたらいつまでこの慟哭が続くか分かったもんじゃない。
「うっうっ……あ、葵ぃ~遠野君がいじめてくるんだよぉ~!」
「え、えーっと……よ、よしよし? でもあいちゃん、前からちょっとずつお金を溜めてるって言ってなかったっけ? それでも足りないの?」
「なに? そうなのか?」
一万円というのは俺達高校生にとっては大金だが、決して支払えない金額というわけでもない。貯金をしているというのなら問題なさそうなものだが……。
「そりゃ、全く足りないわけじゃないんだけどね? というかぶっちゃけ、一万円以上貯金はあるから、出せるっちゃ出せるんだよ」
「ん? なら別によくないか? 足りてるんだろ?」
「いやーそれがさ、ボクにも色々と欲しいものがあってだね。そーゆーのを買うお金を考えると、ゴルフケージを買うお金が足りないのさ」
「欲しいもの、ねぇ……」
それを我慢してゴルフケージを買うのに金を使ってくれって言うのは……ダメだよな。姫川が貯金してきた金をどう使うかは姫川の自由だし。でもなぁ……やっぱどこか納得しづらいというか諦めきれないというか……。
「うぁあー……こんな時、同好会じゃなくて部だったら、そのゴルフケージも部費で買えていただろうに……」
「それを言っても仕方ないだろ……ちなみに、お前が欲しいものっていうのはなんなんだ?」
物によってはケージを買うように説得できるんじゃないかと、往生際の悪いことを考えながら聞いてみる。すると姫川は、意外な答えを口にした。
「いやさ、前に遠野君が言ってたじゃん? ゴルフクラブにはレディースクラブがあるって。それを買おっかなって思ってるんだよ、ほら、やっぱクラブは自分の手に合うのがいいと思うし。ボクが持ってるのはどれもちょっと重いし長いからさ」
「お、おぉ……そうだったのか」
……姫川には悪いが、結構真剣にゴルフを考えてるんだなってちょっと感心した。ちゃんと上手くなろうとしてるんだなって。これではケージを買うために我慢してくれなんて言えないじゃないか。
「あ、それなら私も買った方がいいのかな……うぅ、お金足りるかなぁ」
「念のため言っておくけど、クラブを変えただけで簡単に上手くなるわけじゃないから、無理してまで絶対に買わなきゃいけないなんてことはないぞ?」
普通のクラブとレディースクラブの違いは、重さ、長さ、そしてシャフト(グリップとヘッドの間の棒状の部分)の柔らかさである。
だから一応、五番アイアンを使う代わりにそれより少し軽く短い七番アイアンを使うなどすれば、レディースクラブを買わなくても代用は出来るのだ。しかしそれはあくまでも代用に過ぎない為、全部が全部それで解決するというわけでもない。
「うーん……でも、やっぱり私も買いたいな。あいちゃんの言う通り、自分の手に合ったクラブがいいって思うし」
「ま、確かにその通りだな」
「あっ、ならさ! 買うときは一緒に見に行こうね、葵!」
「うんっ、あいちゃん!」
「もちろん遠野君も、ね! 選ぶときに遠野君がいてくれた方が心強いもん!」
「レディースは詳しくないからあまり期待されても困るんだが……それでもいいなら」
……今日帰ったら一応調べておくか。おそらく普通のクラブとそんなに変わらないとは思うけど、一応ね。
ゴルフ関係で誰かから頼りにされるのも今までなかったことだし、悪い気はしない……というか、正直結構嬉しかったからその期待に応えたい。
「しかしあれだな。なんにせよ、結局金が足りないって問題に行き当たるな」
「そ、そうだよね。私もそんなにお金があるわけじゃないし……」
「パパかおじいちゃんにおねだりするって手もあるにはあるけどねぇ。何でもかんでも買ってもらうわけにもいかないし……そして何より! ボク的には、初めての買うクラブは自分で買ってみたいって思っちゃったり!」
いいことを言うじゃないか姫川。全部買い揃えてもらった俺には耳の痛い言葉だ。
……ああそうだ、またゴルフを始めたって、親にちゃんと言わなきゃだな。勝手にゴルフをやめたことに思うところはあったはずだろうし、それをまた始めるんだから、けじめくらいきちんとつけなければ。
「でもあいちゃん、お金がないのにどうやって買うの?」
「ふっふっふ……可愛いだけじゃなく頭もいいボクは、それについてもバッチシ考えてあるのだよ! お金がないなら増やせばいい! というわけで、みんなでバイトしよー!」
そう言って、早速スマホを使ってバイトを探し始めるノリノリな姫川。それとは対照的に、宮野はあまり浮かない顔だ。
「バイトかぁ……私、人見知りだし、緊張するなぁ……」
「だいじょぶだいじょぶ! 狙うはすぐにお金がもらえる単発バイト! つまり一日だけだからさ!」
「う、うん……が、頑張る!」
ギュッとこぶしを握り、覚悟を決める宮野。
俺もスマホで『バイト 単発 日払い』で調べてみたが、しかし出て来るのは倉庫での作業や引越しの手伝いなど、宮野には明らかに向いていない力仕事ばかりだ。
「……なかなか良さそうなのは見つからないな」
「うーん、こうなるともう、ボクが読者モデルかユーチューバーになるしかないか……」
「最終手段すぎるだろそれは」
ちょっと見てみたい気もするが、金が足りない現状を解決する方法としては堅実的とは言えない。だからそう不満そうな顔をするな、姫川。
それからも色々と探してみたものの、結局『これだ!』と思えるバイトは見つからないまま同好会はその日の活動を終えるのであった。




